見出し画像

二兎を追い二兎を得る者(「両利きの経営」ブックレビュー)

「VUCA」という言葉が度々登場する現代の複雑な経済環境では、既存の事業モデルを前提とした事業活動の継続的な成功は困難になりつつあります。そのような中で「両利きの経営」と題された本書は、(コア・コンピタンスを含む)成熟事業と新規事業との両輪がいかに困難であり、また重要であることを説くものです。

もしかすると、「両利きの経営」という言葉を初めて聞く方のほうが多いかもしれません。(私も本書タイトルが初見でした)
「両利きの経営」は、今最新のイノベーション研究として最も多くの経営学者が取り上げる経営論であり、本書は世界で初めて体系的に解説された書籍です。

成熟した事業の一般的な成功要因は「インクリメンタルな改善と顧客への細心の注意、厳密な実行」ですが、それとは対照的に、新規事業の成功要因は「スピードと柔軟性、ミスへの耐性」だと言われます。
「両利きの経営」の“両利き”とは、反対の属性を持つこの二つの要因をイノベーション実現のために企業の身の内に抱えることを意味します。

本書の特徴

「両利きの経営」論を解説する本書の特徴は、以下の5点です。

①学術的にも経営の現場にも精通する二人の著者が書いたものであること
②世界的企業を中心とした良質な事例を多く掲載していること
③(両利き経営以外の)経営学における重要な理論が掲載されていること
両利き経営を実現するための最大の課題を「リーダーシップ」だと結論付けたこと

特に④について、本書では組織を「両利き経営」に変えるリーダー(経営層)の振る舞いとはどのようなものであるかについて着目して考察されており、その意味では本書は経営論の本でありながら、具体性を交えたリーダーシップを説いた本でもあるといえます。

本書に登場する重要な経営理論・フレームワーク

まず、「両利き経営」を含む本書に登場する主な経営理論・フレームワークを紹介します。

■両利きの経営
世界のイノベーション研究で今最も重要な経営理論。「両利き」とは、「探索」と「深化」の両方の活動がバランス良く高い次元で実行されていることを指す。人の認知には絶対的な限界があるが、イノベーションにおいてはその認知を何らかの方法で壊さなければならない。そのために自身(自社)の認知の範囲を超えることが「探索」であり、「探索」を元に集めた“種”の中から可能性を見極め深掘りし磨きこむ行為が「深化」。「探索」は不確実性が高くコストがかかるものだが、バランスをとるように「深化」によって安定した収益を確保し、二兎を追いながら両者を高いレベルで行うことが「両利きの経営」を意味する。

■ダイナミック・ケイパビリティ
環境変化が激しい中でも、企業が恒常的に変化して対応し続ける能力のこと。VUCA時代ではマーケットの状況が刻一刻と変わるため、企業は状況に合わせて動的(ダイナミック)にリソースの再構築と組み合わせ続ける能力が求められる。

■イノベーションストリーム
イノベーションを「市場(既存市場⇔新規市場)」と「組織能力(既存の組織能力⇔新しい組織能力)」の二軸で分類するフレームワーク。(4マスの中では当然“新規市場勝つ新しい組織能力”が最も難易度が高い)

「両利きの経営」を実践している企業ほどパフォーマンスが高くなることは経営学の実証研究により既に示されていますが、成功を突き詰めれば突き詰める程に企業の指向性は「深化」に偏りがちです。(いわゆる“サクセストラップ”)

なぜなら、「探索」は現状の自分たちに疑いを持って臨むことであるため、かつての成功を盲目に捉え「自分たちのやっていることは正しい」と認知したまま自身の認知の外に出ることは難しいからです。

「イノベーションのジレンマ」と「両利きの経営」

日本でもベストセラーとなった「イノベーションのジレンマ」(クレイトン・クリステンセン著)を読まれた方は多いと思います。同書では、企業が「深化」と「探索」を同時に行うことは不可能としており、著者は「新しい破壊的事業を単純にスピンアウトすること」をその解としました。

確かに、企業という一つのカゴの中で成熟事業でも新規事業でも競争することは調整の面からも非効率です。それは、成熟事業(深化)で必要とされる調整と新規事業(探索)で必要とされる調整は正反対といえる程に異なるためです。

しかし、本書では「破壊的イノベーションのスピンアウト」だけでは解になり得ないと主張します。

成熟事業を多く抱える企業では、頻繁に新規事業のコストパフォーマンスに対して懐疑的な目が向けられます。それは日本でも海外でも変わりません。その懐疑的な目への対応策として、本書で成功事例として取り上げられた企業事例では、成熟事業と新規事業で意図的に調整の方法を大きく変えている点が特筆されます。

新規事業成功のための「調整」

本書が取り上げる企業事例では、新規事業を成功させるために以下の「調整」が意図的に実践されています。

・経営層による成熟事業と新規事業の両方が必要であることを唱える戦略的意図の明示
全社的な共通アイデンティティの提示(ビジョンや価値観)
・成熟事業チーム&新規事業チームにおける共通の成長目標の設置
・経営層による社員への新たな取り組みへの積極的な奨励
・新たな取り組みに対する各社員の積極性や行動に応じた評価と配置転換
・経営層の支持に基づく新規事業チームによる社内リソースの活用
・経営層による(反対勢力からの)新規事業チームの保護

特に共通して考察できる点として、経営層が社内外に向けてその意向を明確に提示し、陰に陽に新規事業チームを牽引することが挙げられます。(仮に新規事業開発に関わる方でなくとも、その重要性が通じるところはあると思います)

企業事例から学ぶ教訓

以下は、成功した企業事例から学べる新規事業運営における教訓を「3つの利点」と「1つの懸念点」にまとめたものです。

■3つの利点
・社内リソースの活用が他社との競争優位に繋がること(社内リソース:技術的資産やブランド、既存顧客など)
・経営層による継続的な支援が有効であること
・既存組織からの物理的な隔離が健全な事業の成長に資すること
■1つの懸念点
・成功事例の要因が(プロセスではなく)属人的努力に由来する部分が大きいこと

唯一の懸念点として属人性の高さが挙げられた通り、現状「両利きの経営」における成功要因のすべてをプロセスに求めることは難しいとされています。そのためプロセスによる定義立ても必要ですが、経営層には最適なメンバーを最適なポジションに据えられるかどうかといった人を見る目も同時に求められるといえます。

「両利きの経営」実現に向けて経営層に求められる3つの行動

「両利きの経営」を実現するために本書が経営層に求める行動は以下の3点です。

新規事業が競争優位に立つための根拠・理由の提示
経営層による新規事業に対する支援と保護(必要リソースの確保や事業間の摩擦の解消など)
成熟事業からの“切り離し”による調整(人材や構造、文化など)

特に社内外に多くのステークスホルダーが存在する場合、(②と③だけでなく)①においても臨機応変かつ継続的なアクションを要するものと考えられます。

まとめ

本書を読んで、(「両利きの経営」実現を含め)組織の変革において最も重要な要因は、経営層の決断力とマネジメント層の実行力だと感じました。本業であるITコンサルにおいても時折直面しますが、いかに外部のリソースを活用しようとも優れたプロセスを定義立てしようとも、成功の如何は人の問題に集約されることを良くも悪くも痛感します。

このnoteを読んでくださったあなたも既に実感済みかもしれませんが、人と関わる以上、永遠について回る問題の一つは「調整」だと考えます。本書はタイトルに“経営”を冠する本ですが、仮に自身が経営層でなくとも、しかるべき立場でしかるべき判断を下す場面、またその判断の実現においてつつがなく調整を図る、または調整を要請する時のために、本書は役に立てると思います。

------------------------------------------------------------------------
Twitterもやってます~


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?