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人生を成功⇔失敗の二元論で考えざるをえないなら最後の最後に決めようよ

ふっとした時に不安に襲われることってありますよね。このnoteを見てくれたあなたもそうかもしれません。
そういう時つい考えてしまうんです。「自分の人生失敗してるんじゃないか」、「今から何がんばってもダメなんじゃないか」って。自分自身を振り返って、そんなことないよと言いたくて書いたnoteです。

後悔したことがない人なんていない

人生で判断を誤ったことがない人はいないと思います。挫折した経験がない人もいないと思います。そしてそうやって一人一人が抱えているもの以上に、世の中は不安にあふれている気がします。暗い顔をして街行く人のなんと多いことか。

不安の理由の一つに「他人との比較が容易になったこと」があると思っています。キャリアやスキル、ライフスタイル…スマートフォンを開けばいくらでも何かしら自分より優れた人が見つけられます。ある種のきらびやかさと一緒に。すると自分という存在をある意味“正しく”推し量ることができてしまう。これはある人にとってはポジティブな要素である反面、ある人にとっては残酷なことでもあると思うんです。

どんな不安も払拭できない

とはいえ普段は何ともないかもしれません。ただ何かの拍子にふっと気持ちが落ちた時、エンジンがプスンと止まってしまった時、「自分の人生失敗してるんじゃないか」、「今から何がんばってもダメなんじゃないか」という負のスパイラルが頭の中をぐるぐる回るんです。
そしてたちが悪いのは、どんな不安も根拠をもって否定しようがないんですよね。すべては不確定な可能性の話になってしまうので。

それなら一番最後に決めようよ

なので私が伝えたいのは、「人生に失敗しているかどうか」や「今やろうとしていることが無駄かどうか」を決めるのは、人生の一番最後でもいいんじゃないのかな、ということです。

過去を後悔したり未来に不安を持つこと、仕方ないです。どんなベクトルであれ気持ちの方向性も強さも全部ひっくるめて個性です。
でも何がもったいないって、「今」を棄損することが一番もったいない。過去は変えられないし未来は不確定だけど、「今」だけは大事に生きられる。

他人にどう見られているかが気になってしまう人にとっても、「自分がどういう人間でどう生きたか」、「成功だったのか失敗だったのか」は人生の一番最後に、またはその後にでも好きに決めてもらったらいいと思います。(あとは野となれです笑)

後悔なんて自慢できるほどある

ささやかに私事ですが、ありがたいことに私は人から肯定的に見られることが多いです。キャリア(現職はITコンサル)や交友関係、ライフスタイル等々。

とはいえその肯定的なコメントは、私のある一面だけを見てのコメントだとも思っています。
人生でどれだけ誤った判断をしてきたか、そしてそのリカバリに(仕方なく)結構な労力を費やしてきたかは、自分が一番よく知っています。(キャリアは異業界&異職種からの転職ですし、プライベートも一通りは経験しました)

でも「失敗」かどうかは今決めることじゃない

私の人生遍歴は誇れるものではないと自負しています。とはいえ時たま仕事で前職の経験が活きたり、知り合いから重ための相談事を持ちかけられることを考えると、私個人の所感はどうあれ、これはこれで人の役に立っているのかもしれません。なので不確定要素にあふれている今の時代だからこそ、「成功」も「失敗」も自分含め誰かが決められるものではないのだと思います。

あなたが思う「失敗」や「挫折」は、あなたやある人から見たらその通りかもしれません。でも、どこかの誰かにとっては成功と見なされるかもしれないし羨まれるものかもしれない

All is well that ends well

なので成功も失敗も、ダメかどうかも、一番最後に考えたらいいと思うんです。それで最後に笑えたなら、もう人生全部成功でいいと思います

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