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かつて秋田県南には県央以上にアツい同人ムーヴメントが存在していた

今は見る影もない荒れ地となった秋田県の同人市場ですが、実は約10数年前の私が中学・高校生だった頃、秋田県南には県央にも勝るほどのアツい同人ムーヴメントが存在していました。その中心地は湯沢市。なぜ私がそれを知っているのか?それは私がドンピシャの時期に学校の美術部を根城に同人活動を行っていたからです。

私の中で一番古い同人イベントの記憶は、中学1年生の時に本屋で立ち読みしたアニメ雑誌「アニメディア」のイベント情報欄にて同市で開催予定の同人誌即売会の概要が掲載されているのを見つけたことです。その時の驚きは大変なものでした。全国誌に秋田県の、それも近隣の街で行われるイベントが載るとは。さらに近隣で同人誌即売会が行われているということ自体も衝撃的でした。当時はまたインターネットが普及しておらず、イベント情報を得るのも、また同人誌の通販すらも商業誌の読者投稿ページに設けられた小さなスペースに掲載される投稿情報に頼っていた状態。そんな中、こんな貴重な情報を無駄にはできないと早速同じ美術部の腐女子仲間(※当時は腐女子という言葉もまだなかった時代)を誘って遊びに行ってみました。
まあフタを開ければ地元民の手作り感炸裂な小規模なイベントで出展サークルも20組程度だったのですが、それでも当時の我々にはそんな小規模のイベントですら大変に刺激的でした。自分達の住む地域にサークルを立ち上げて同人誌を発行するだけのバイタリティを持つ人々が20組も存在し、中には自分達と同じ中学生もいれば高校生もおり、一方で子育てと仕事をしながら(秋田県では主婦という身分が許されない)絵を描きグッズを作っている大人もいる。こうした人々を一度に目の当たりにし、次に思うことは何か?

自分達もやらない?

ということで腐女子仲間とトントン拍子に話が転がり、「次のイベントにサークル参加しよう!」ということになりました。なお、このイベントに行って初めて知ったのですが、実は湯沢市では以前より数ヶ月ごとに同じ会場で同人誌即売会が行われていたとのこと。前述のように当時はインターネットが無かったから、こうしたイベント情報は実際にイベントに出向いてチラシを貰ってくるよりほか手段がありませんでした。つくづくリアルな繋がりしか無い不便な時代だったんですよね。

こちらが当時同人誌即売会の会場としてよく使用されていた施設。今ではリノベーションされ名称が当時とちょっと変わっています。

当時の同人誌作りと言えばもっぱらコピー誌でした。そもそも当時の秋田県にはオフセット印刷してくれる同人印刷所なんて一社も無かったし(この時点で既に他県に相当遅れを取っていた)、中学生には他県ぼ印刷所に入稿し数十冊の在庫を抱える金も度胸も無かったからです。せいぜいコピーで10冊前後作って様子を見る程度で、あとはコツコツグッズを作るとか。そのコピー誌すら「2人で作るのは大変だからもっと他の人を混ぜよう」という話になり、最終的に腐女子仲間の「ムチャクチャ絵の上手い小学校の後輩がいるから誘おう」という案をそのまま受け入れ、小学生を巻き込んで同人誌を作るということをやらかしました。今ではとても考えられないおおらかな時代でした。

1年後、学年は進み前述の「ムチャクチャ絵の上手い小学校の後輩」も中学に上がり、当然のごとく美術部に入部。今も昔も美術部はオタクの魔窟と化す部活です。さらに幸いなことに美術部の先輩達まで揃いも揃って全員オタクだったため、湯沢しで同人誌即売会が開催されている情報に触発され彼らもサークル活動を本格始動させてしまいました。こうなるともはや美術部という名の漫研で、部活中にマンガやアニメ雑誌を回し読みする(美術部だと”資料”という名目で所持可能)、原稿を描く、本の構成を考えるなんてことは当たり前となり、その環境に触発されて本来オタクでもなんでもなかった一般人の部員までがオタク趣味に目覚めた挙句に腐敗が進み、さらに新たなサークルを作るという好循環(?)が生まれました。後に他の地域のサークルの人々に聞いたところ、他校の美術部も似たりよったりな状況だったそうで、当時の学校の美術部は言わば「同人ムーヴメントのインキュベーター」の役割を果たしていたのでしょう。これは高校に進学しても変わらず、むしろ高校の美術部は様々な市町村からオタクが集結し狂気と妄想と画力を競い合う場となり、それに一般人の部員までが巻き込まれなし崩し的にオタクとなる魔窟と化していました。

なお、私の中学2年〜高校生の頃に湯沢市の同人誌即売会イベントの開催状況は変化してきます。それまでは1組の主催者が数ヶ月おきに細々とイベントを開催していたのですが、イベント主催者自体が増えて異なる種類の同人誌即売会が複数開催されるようになりました。それは時が経つに連れて加速していき、私が高校3年生になる頃には毎月何かしらの同人イベントが開催されるほどに。とは言えクソ田舎過ぎてイベント会場に適した場所が無く、いつも上記の同じ施設での開催だったのですが。
やがてこのムーヴメントは近隣地域にも飛び火し、「今度横手市でも同人誌即売会が開催されるから出てみよう!」「○○で委託オンリーの同人誌即売会があるから行ってみよう!」とまさに県南全域で同人イベント百花撩乱状態になっていきました。もちろん同時期の秋田市でも同人誌即売会が、それも企業主催ではるかに大規模なイベントが定期的に開催されていましたが、その頻度自体は県南よりも少なかったそうです。実際、「秋田市よりも県南の方がたくさんイベントがあるし売上もある」とわざわざ秋田市から県南に遠征してくるサークルも複数ありました。秋田県は面積が広いため、県南民にとって県北は未知の世界でどうだったかは分かりませんが、当時の秋田県の県央と県南の状況は…

県央:
企業主催で規模が大きく運営もしっかりしているがたまにしか開催されない

県南:
個人主催で規模が小さく運営も手探りで設営作業すら出展サークル自らが協力してやる手作りレベルだが開催回数が多い

という2つの同人イベント市場が存在していました。おそらく秋田市でも個人の小規模なイベントは行われていたとは思いますが、それでも県央から来たサークルさん達は「県南ってなんでこんなに盛り上がっているんですか?」と不思議がっていたので、当時の秋田県南の同人コミュニティの盛り上がり方は異常だったのでしょう。

…しかし現在の秋田県にはそのアツさが1ミリも残っていません。現在、秋田県内では県南はおろか県央でも同人イベントが開催されていないのです。私は高校卒業後に進学のため東京に上京して以来ほとんど実家に帰っていなかったのでその間秋田県の同人コミュニティに何があったのかは分かりません。秋田新幹線の開通で盛岡や仙台などもっと大きな同人マーケットのある他県の都市へ行きやすくなった、貧困が蔓延し同人誌やグッズを買う金も作る金も無くなったなどいくつかの理由は想像できます。しかし私が想像する最も深刻と思われる理由は「少子化」です。

秋田県は日本一早く少子高齢化が進んでいる自治体です。昔、私の住む町には小学校が4つありそれぞれを卒業した生徒が1つの中学校に集められました。そして高校受験で地域全体の生徒のシャッフルが行われ、それら節目節目で異なる背景を持ったオタク同士の交流が発生し、それがムーヴメントを産む土台となっていました。しかし現在、少子化により町内の3つの小学校が廃校になり1つの小学校を卒業した子供がそのまま中学に上がるという事実上の小中一貫校状態になっています。そこには新たな交流も刺激もなく、ただ小学校時の人間関係が続くだけです。高校も統合による廃校、科やクラス数の削減、女子校の共学化などの施策しても定員超えが難しく、一校あたりの生徒数は減る一方です。秋田県では毎年どこかの市町村で学校が消えています。このような状況ではムーヴメントを起こすどころかそのインキュベーターとなる学校の部活すら運営するのは困難でしょう。どんなコミュニティでも新たな血が入ってこなくなれば必ず滅びます。子供・若者がいないということはコミュニティ全体の死を意味するのだと思います。

ちなみに私はまさに当時の秋田県南の同人コミュニティの中心的存在だった湯沢市のブラック体質極まりない進学校に通っていたのですが、高校3年の頃に美術部の部長に就任し、顧問の先生に原稿の消しゴムかけとベタ塗りをさせ、その先生がこれまたオタクでクトゥルフ神話もののTRPGを持参し部活中にプレイしてSAN値をダダ下げ、その傍ら部室のテレビとビデオデッキを使用してゴジラ映画を鑑賞し、当時高校の近所にあった模型店で買ったホビージャパンを読みながらこれまた同店で買ったガンプラを作るというオタク無法地帯にしたのでした。


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