「リアル」に隠された物語。絵画が語る19世紀バルセロナ
ゆるっと知る絵画 vol.3: ジュアン・プラネッリャ《織工の娘》
動くほどにリアル
美術館に並んだ作品を観ていると、「今、動いた……!」と錯覚するような作品に出会ったことはありませんか?
キャンバスという2次元の枠を越え、実際に存在するかのような感覚。
そのあまりの精密さに圧倒されてしまった作品が、ジュアン・プラネッリャ《織工の娘》です。
ぼうっと浮かび上がる巨大な織り機。鈍く光る骨組みと歯車。そして、それを操作しているボロボロの服を着た少女。
少女の柔らかな髪と手、どこまでも無骨で無機質な機械が丁寧に描かれています。
バタバタと動く機械の音や、少女の息づかいが聞こえてくるほど、静かな迫力のある作品です。
では、この絵は一体、何を表現しているのでしょうか。
ここまでのリアリティとなると、作者はかなりの時間をかけて観察したはず。
何がそれほどまでに作者の心を掴んだのでしょうか?
19世紀、スペインの労働環境
作者のジュアン・プラネッリャは、1849年にスペインのバルセロナに生まれました。残っている資料の少なさからも謎が多い人物ですが、労働者をテーマにした作品をいくつか残しています。
プラネッリャが生きた19世紀のスペインは、産業化が始まったばかりの時代。急速に発展した社会は、大量の労働者を必要としました。その結果、児童や女性の長時間・低賃金の劣悪な労働環境が社会問題となりました(注1)。
《織工の娘》は、そのような環境で働く少女を描いています。
自分の背丈よりも巨大な織り機を動かす少女。
その横顔から読み取れる表情は、あまりありません。
画面奥には、彼女を監視しているかのような男が立っており、この絵に隠された物語を表現しているようです。
プラネッリャには、工場所有者のパトロンがいたとされています(注2)。プラネッリャが見た労働現場のリアルが、この作品に凝縮されていると言えるでしょう。
つまり、「可哀想だよね」ってこと?
「なるほど、プラネッリャは少女の置かれた酷い環境に嘆いて、一生懸命にこの絵を描いたのか……」
ここまで読んでいただいた方なら、そう思うかもしれません。
しかし、もう一つ見過ごせない点があります。
この作品は2版あり、今はもう現存していない初版の額縁には、プラネッリャ自身が引用した聖書の言葉が残されていたようです(注3)。
この言葉はどのような意図で残されたのでしょうか?
答え合わせは作品の前で
その答えはぜひ、実際の作品の前で考えてみてください。
筆者は2019年の『奇蹟の芸術都市バルセロナ展』で観賞しましたが、個人蔵のため、常設している場所はないようです。
リアリティの奥に隠された19世紀バルセロナの物語。プラネッリャの見た情景を、もう一度観賞できるように願っています。
参考文献
注1 岡部史信. (2009). スペイン初期主要労働立法整備過程における産業労働裁判所創設までの歩み. 創価法学, 38(3), 1–43.
注2 Juan C. Bejarano Veiga. (2014). “La Niña Obrera” (The Working Girl), by Juan Planella y Rodríguez A Depiction of the Industrial Revolution in Catalonia. Datatèxtil, 30, 36–42.
注3 同上書
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?