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作業療法士がタレントになってグラビアをやってみた経緯と、今後について語るの回
前回、前々回と、私の過去について振り返らせて貰った。
もうそろそろ未来についても書いてみたいと思ったので、グラビアをやるに至った経緯、そして今後の展望という、私以外にとっては相当どうでも良いことについて記したいと思う。
だけど、きっと、前回と前々回のnoteを読んで下さった心優しい皆さまは、最後まで読んでくれると思っている。
ありがとうございます(笑)
「未来について書く」と言っているのに、いきなり過去の話をしたいと思う。
私はスクールカーストで言うところの2軍だった。
周囲に馴染むことも苦手だったし、その必要性も感じていなかった。
そして、
「すごい美人ではないけど、なんかちょうど良くて、俺にも手が届きそう」
という程度のルックスに、ちょうどすっぽりとハマる女だと自分では思っていた。
そのちょうど良さを使って、なんとなく適当なポジションを確保して、フラフラと流れに乗って生きてきた。
高校三年生の夏、芸能界のキラキラした雰囲気や、そこに立つ自分の姿を想像してなんとなく憧れ、アルバイトを休んでホリプロスカウトキャラバンのオーディションを受けた。
もちろん「ちょうど良い」程度の私が勝ち進むはずもなく、どこのタイミングでダメだったのか、その年の優勝者が誰で、今は有名になっているのかも分からないが、とにかく不合格だった。
他の参加者が歌を歌ったり夢を語ったりしている中、自己アピールタイムで「寒い日におでんをオススメするコンビニ店員のモノマネ」という、今思えば、スカウトキャラバンではおそらく「無し」だと思われる自己アピールをしたことだけは覚えている。
そんなこんなで、一回オーディションを受けただけですぐに諦めた芸能界であったが、沖縄に移住し、たまたまコザの街で一人飲んだくれているときに声をかけていただいたショートムービーへの出演をきっかけに、なんとなく憧れていた芸能界に足を踏み入れることとなった。
タレントになるからには何かしらの目標を立てようと思い、
① アゲアゲ飯に出たい。
② 琉球トラウマナイトに出たい。
③ CMに出たい。
④ お喋りする配信がやりたい。
⑤ 飲み歩き企画でテレビに出たい。
⑥ラジオ番組がやりたい
⑦グラビアがやりたい。
という目標を掲げた。
ちょい役でも何でも良いから、姿を見せられたら達成。というルールだった。
運良く叶った目標も多くあるが、その話は一旦置いておいて、
今回はテーマに沿って「グラビアがやりたい」について書いていきたいと思う。
先述の通り、私は北川景子のようにズバ抜けたルックスを持っていたり、街を歩く誰もが振り返るようなスタイルを持っていたりする訳ではない。
しかし、冒頭に述べたように、学生時代から「クラスで2番目」くらいの、ちょうど声が掛けやすいポジションだと感じていた。
私自身もそのキャラクターに居心地の悪さは感じていなかったし、得することも多かったので、そのポジションに身を委ねて生きた来た。
しかし、年齢を重ねるにつれて、そのようなキャラクターがいつまでも通用しないであろうことへの焦りや、対異性の場合、例えこちらが仕事や人格で実力を付けても、性的な対象から脱却出来ないという弊害の狭間で葛藤が始まることとなる。
「若さ」を基準にした「美しさ」という価値観は、残酷なことにいつか必ず失われてしまう。
どんな絶世の美女にも、「若々しい美しさ」からの脱却を迫られる時期が必ず来るのだ。
「なんかちょうどいい」というポジションに甘えきっていた私は、「若さ」というスパイスを以て(もって)しか成立しないと感じている自分の価値と、
その「若さ」が失われた時、自分にどんな存在価値が生み出せるのか?
という漠然とした不安をずっと抱えていた。
成人を迎えた頃から、作業療法士の資格を取ってみたり、大学院に通ってみたりしたが、自分が思うような価値を生み出せているとは感じていなかった。
なので、芸能界に入るときに思ったのである。
グラビアをやろう。と。
私は現在、「#ちひろグラビア」というものを、TwitterやInstagramでシリーズ化している。
なぜ「若々しい美しさ」と「グラビア」に通ずるところがあるのか理解に苦しむと思う。
誤解を招く可能性があるので、あくまで私の主観であることを初めに断っておくが、私の中で、グラビアは、
「消費される若さの象徴」
というイメージがあった。
露出することで目立とうとしているとか、チヤホヤされようとしているとか、そういった目で見られることもあるが、私の中ではこのグラビアの目的が明確にある。
【若さと自己中心性からの脱却】である。
今持ちうるだけの見た目の輝きを写真に収めることで、一種の「外見の美しさ」という呪縛に囚われることに終止符を打ち、次のステージに進みたいと考えたのである。
では、次のステージとは何か?
【知識と愛情をもって人を幸せにする】ということだ。
タレントの仕事を始めるまで、私の人間関係はほとんど医療業界の人たちだった。
しかし、FECに所属させていただき、IT業界に片足を踏み入れ、様々な人を見る中で、自身の価値観も大きく変わったように思う。
同じ事務所の護得久栄昇先生は、普段から抜群のオーラの安定感があるし、何より、物事への捉え方がとても優しい。
パーラナイサーラナイのあきらさんは、私が困っていると必ず呟くようなアドバイスで助けてくれるし、FECのみんなが輝いているときの顔はとても嬉しそうで、人への愛情を感じる。
毎週配信をご一緒させていただいている大兼のぞみさんは、周囲の空気をよく掴んでいて、流すものと捉えるもののバランスが絶妙だ。自分のことばかり考えて話す私を、一歩引いたところから静かに見てくれている。
待つことにとても長けている方だと思っている。
ゴムゴムの実をサプリにしているとしか思えない手足の長さを誇る、ミススプラナショナル日本代表の仲本百合香ちゃんは、スポーツを愛する気持ちが徹底していて、全てのことに一生懸命に取り組んでいるし、強さをまとった繊細な感受性で物事を捉えている。
町田千歩ちゃんは、みんなに愛される才能と気遣いがある。
ニッキーさんは自分のキャリアを自分で掴んでいく強さがあるし、
ぎぼっくすさんは、場を和ますのがとても上手で、とても純粋に人のことを見ている。
他にも、ここには書き切れない、沖縄の芸能界で出会った全ての方々のキャラクターや情熱や才能は、私が今まで生きてきた人生で触れる機会がなかったものであり、この出会いから学んだことは計り知れない。
そして、現在タレント業と同時に足を踏み入れているITの世界では、社長や同僚に人生が大きく変わる大切なことを教えて貰った。
言葉にするのはとても恥ずかしいが、一言で言うと、「愛」を学んだと思っている。
私がどんなに拗ねて、今のままで良い、何も要らないとゴネても、私が通常では会えないような様々な人たちに会わせ、信頼し、本来であれば学生のうちに習得しておくべきである、人生を豊かに生きるために大切なことを、いい大人の私に、理解するまで根気強く、繰り返し伝えてくれた。
芸能やIT、どの分野でも、最前線で活躍する方達が大切にしていたものは、
小手先のテクニックや、人を陥れて自分が一歩前に出ることではなく、
「人を愛する」というとてもシンプルなものだった。
私がこの1年で出会った全ての人たちは、その背中を通して、
「想いや態度、知識、言葉、与えても減らないポジティブなものはどんどん与えなさい」と教えてくれた。
また、私は以前、大学院に通いながら作業療法士養成校の教員をしていたのだが、
泣きながら会いに来る当時の生徒が、対話を通して元気になって帰って行く。
悲しみに暮れて会いに来た大学院の友人が、一緒に時間を過ごして元気になって帰って行く。
そんな、人に貰うばかりではなく、勇気づける経験が、私の心も豊かにしてくれた。
そんなこんなで、皮肉なことに、
タレント活動という一種の「人気者になる」ことを目指して活動を始めたことで、
私の人生の次の目標は、チヤホヤされたり、人気者になったりすることではなく、
【人の助けになることをする】であると気付かされた。
今後、タレント活動を通して周囲を少しでも明るい気持ちにすることが出来るなら継続したいし、そうでないなら自分が求められる他の道に進んでも全く構わないと思っている。
ただ、FECに入ってからの1年間を通して間違いなく言えることは、
私にとってのタレント活動は、「注目される」という目的ではなく、「人を笑顔にする」という手段に変わった。
ということだ。
そしてグラビア撮影は、私が自分のことだけを考えて生きることに終止符を打つ、最後の舞台となった。
カオナシがカルマを吐き出すような私の表現活動にお付き合い下さった心優しい方々は、その素敵な人間性で、きっと末代まで繁栄することでしょう😂
心から感謝申し上げます。
まだシリーズはあと少し続きますし、機会があればまたやるかもしれません(笑)
しかしその時は、今回とはまた違った魅力を見せられるのではないかと思っている。
人生は困難の連続のように感じていたが、見方を変えれば、世界はいつも自分に優しいし、困ったときに周りを見渡すと、必ず助けようとする手が伸びている。
その手を見過ごさないように、澄んだ瞳を持ち続けられるよう努力していきたいと感じている。
今後、どのような人生になるか想像もつかないが、1年前の今頃、自分がタレントになっているとは想像もつかなかったように、
1年後の今、私はきっと、今からは想像も出来ない未来で、思い切り泣いたり笑ったりして、人間を愛している。
それだけは確かだ。
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