ただ全肯定して欲しいときもある
女性に”恋人に求める条件”を聞くと、殿堂入りしてくるのはだいたい「優しい人」だ。
もちろん彼女らがイチオシする「優しい」という要素は建前であり、大前提に「清潔で、高身長で、気が合ってね、、出来れば年収が良くて」と掘れば掘るほど底なしに理想の男性像について熱く語る。かくいう自分も、「優しい人」が好きだ。
ここまでの細かな前提条件を抑え、殿堂入りを果たし続ける「優しい人」とはいったいどんな人なのだろう。欲しいものを買ってくれるお財布緩めのボンボンか、ショッピングデートで文句も言わず荷物を運んでくれる運び屋か、はたまた彼女の友達とも友好関係を築いてくれる社交家か。最近では彼女の料理をSNSで自慢するのも評価が高いらしい。
私にとって「優しい」とは、相手の気持ちを尊重した上で、長期的な目で相手にとってより良いことを考えてくれる事。そんな優しさを求め、私は長い間、恋人はちゃんと自分を叱れる人であって欲しいと思っていた。自分の軸を持っていて、ダメなものはダメと言い、一緒に過ごす中でお互いが成長できる関係性に憧れた。
でも、そんなロジックベースの理想は今日一瞬にして覆された。
朝起きて、支度をしているとインターンのために面接をしていた会社からメールが届いた。
流し目で読んだ選考結果は、不合格。
信じられずコンタクトをつけ、もう一度読んだ。
一次面接の手応えが良く、結果を受け取る前から二次の準備を進めていただけにショック。一瞬で朝のルンルンがドヨーンに変わり、一通のメールだけなのに存在が否定されたような悲しさと寂しさを味わう。何が落ち度だったのかもわからず、気持ちの整理がつかず、彼に
「行きたかったインターン落ちちゃった〜ショック!」とLINE。心配させないように軽い調子で。
次があるよとか、残念だったねとか、次は一緒に対策しようぜとか、そんなことを言ってくるんだろなと思いながら(笑)。こんな返事でも励まされ、今日をポジティブに生きれるような、気が紛れるような気がしたから。
「そんなのこっちから願い下げだよな」「○○の凄さに気づけないなんて馬鹿な会社だ!」と彼。
なんかすごいほっとして、ちょっとにやけた。
だって、必死に面接受けてるのにこっちから願い下げってなによ😂でもね、歯を食いしばって努力して認められるような人になろうとする前に、それ以上何も聞かずに今の状態を肯定してくれる事が素直に嬉しかった。
今までは、弱音を吐く私に喝を入れ一緒に頑張ってくれる人を欲していた。勿論今まで通り、未来に希望を持ち、前に進むマインドを持つことは大切なことだと思う。でもその理想の状態に近づく過程で、今の自分自身を否定することって本当に必要だろうか。
彼の言葉は私が私のままで価値があると、存在を肯定してくれた。それは確かに私の心を暖かく包み、もう一度前に進む勇気さえ沸かせた。
人は生まれる場所も、育ちも、思春期の環境も、それらによって形成される価値観も異なって、色んな体験をいろんな人がして、それぞれ違う感情を持ってユニークな形をしている。同じ人間なんて誰1人いない。そうして過去から色んな要素によって形成された「私」の評価が名前も知らない面接官の趣向で、変わってしまうのはよく考えたらナンセンスだ。彼の返信は小さな笑いと共にそんなことに気づかせてくれた。
私にとっての「優しさ」のなかに、
しんどい時、理不尽な全肯定を浴びせてくる
を追加した。
自分を木に例えれば、幹の自己評価は変えずに、否定された枝葉をより伸ばす、増やす、の調整をしていけば良いんだな。そんな気づきの記録でした。
彼にありがとう。
では、またね。
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