見出し画像

ベルリン演劇の講義12(最終回)

慶應義塾大学久保田万太郎記念講座 現代芸術1
第12回授業(7月18日)

1、前回のフィードバック

レポートをありがとうございました。その中から3点(noteでは引用なし)をピックアップして話していきます。

<1>
こうやって授業で話したことを、さらに考えるきっかけにしてくださったというのは、とても嬉しいです! 
「文化の盗用」は、現代で芸術批評を行う際に非常に重要なキーワードです。日本は近代化の際に、西洋諸国の影響で生活様式や言葉など、様々な文化を大きく変えざるをえませんでしたが、同時に他国を植民地支配した歴史もあります。世界史は目を覆うような戦争と略奪の繰り返しなのですが、起こってしまったことはもう変えられないわけです。だから、美術史の有名な芸術に「文化の盗用がある」と指摘することは決してネガティブなことではないのです。「今、私たちは新たに歴史を捉え直すための転換点にいる。もう評価が固まってしまっているものに対しても、さらなるリサーチが必要だ」っていう考え方ができるようになったのって、とっても明るい変化じゃないでしょうか。

<2>
フェミニズムもまた、壮大な目標です。2番目に掲載したレポートは、拙作「小鳥女房」への感想として、プライベートなことと結びつけて深く考えてくれて、本当に胸にじんと来ました。プライベートなことでアドバイスできる度量は私には全然ないんだけれど、一つのヒントとして「連帯」について話したいと思います。

昨年、VolksbühneでHélène Cixous(エレーヌ・シクスー)という作家・フェミニズム思想家の講演を聞く機会があったのですが、めちゃくちゃチャーミングな方でした。彼女はパリ第8大学に女性学センターを創設した、ものすごいインテリですが、「人類の不平等の歴史は長い。培われてしまった古い思想を覆し、フェミニズムが完全に達成されるまでには、あと2万年(!!)はかかるだろう」と言っていました。そして、「フェミニズムの達成に必要なのは、何よりも連帯(Solidarität)である」と。ただインテリの物のわかった人の間で論じ合うだけでなく、男女問わず、あらゆる人とコミュニケーションを取りながら、「連帯」していく必要があると。また、彼女はダジャレも言っていました!「フェミニズムと環境保護(Klimaschutz)は相性がいいんです。クリトリスとKlima(気候)似てるでしょう?」と。ドイツ語がよくわからず、友達に通訳してもらっていた私にもこのダジャレはわかり、ズッコケました。エレーヌ・シクスー氏は83歳だそうですが、赤のシックな装いで壇上に立ち、ドイツ語通訳の女性と常にキャッキャと冗談を言い合っていました。世界的なフェミニズム思想家ですが、むしろチャーミングすぎてどうしようって印象の方でした。

日本のgender gapは苛烈だし、個別の面では早急に、具体的に、解決すべき問題がたくさんあります。医大の入試の不平等だとか、電車の痴漢だとか、性暴力に関する刑法の改正だとか、日本社会がずっと覆い隠してきた問題が、最近堰を切ったように紛糾しています。もう一刻も早くってトピックがたくさんある。しかしながら、様々な問題が全て解決され、完全なる男女平等を目指すとなると、この著名なフェミニズム思想家が「2万年かかる」と言っているぐらいだから、残念だけど私たちの生きている間には全然無理かも。

環境問題アクティビストのグレタ・トゥンベリ氏が「How dare you! (よくもそんなことを)」と発言した、有名な国連での演説を聞いた人はいるでしょうか。「(大人であるあなたたちは)地球が滅亡の危機にあることは、ずっと前から知ってたはずなのに、『永遠に続く経済成長』なんて、子供でもありえないとわかるような、嘘のおとぎ話を信じてこんな状況になるまで放っておいて、挙げ句の果てに本当なら学校に行ってるはずの年齢の私たちに期待して、『若者世代の動きに注目』だなんて、よくもそんなことを!」と言いました。
https://www.youtube.com/watch?v=ZbPGOhRjWHY 
地球温暖化は相当進んでて、決定的な破滅を回避するには、あと数年、なんて意見もあるらしい。日本で、どうもグレタは一人だけ目立ってる活動家というイメージがある気がするけど、実態は違って、ヨーロッパには、グレタに賛同して活動を始めた10代20代の若者たち、環境保護活動家の有名スターがいっぱいいます。環境保護デモは一つの社会現象です。ベルリンでも、若者中心に大きなデモがしょっちゅうあります。グレタが「よくも」って怒っていたのは、自分のためじゃなくて、同世代の若者たちの思いを代弁してのことでした。

私の世代は、子供の頃から「ドラえもん」とか読んでて、環境保護の大切さをよく知ってたはずだけど「連帯」するという発想が全然なかった。フェミニズムに関しても、自分では今までフェミニズム「っぽい」演劇を作ったり本を書いたりしましたが、大して影響力もなく...無力だなあと常に思ってますが、やっぱり一人でできることには限界があります。何万年という人類の長い歴史の中でできあがってしまった不平等や差別を、自分一人の人生や結婚やパートナーとの関係の中で解決しようとしたって、そりゃ無理がある。「だから世代やジェンダーや人種、立場を超えて連帯することが大切。2万年かかってもいいから、やりましょう」みたいなことをエレーヌ・シクスーは講演で言っていました。第9回講義の時にも、Black Lives Matterと絡めて少し「連帯」の話をしたけれども、立場の違う人同士で話し合うことが大切だと思います。学術研究者ではなく、この先どんな仕事に就いたとしても、こうやってレポートに書いてくれたみたいな、心が動いた瞬間を覚えておけば、何かしら必要な人との繋がりが生まれたり、社会に影響を及ぼすアクションもできるかもしれません。可能性は無限にあると思います。

だから、私の演劇を見て日本の女性の未来にさらに悲観的になってしまったかもしれないけど(ごめんなさいねー!)、人類の歴史の不条理を一人で背負うことはできないんで、いろんな立場の人と出会って話をしてみてください。そして信頼できる仲間を作って、自分のできること、やりたいと思ったことをやろう。世の中、綺麗事で済まないことばっかりでやんなっちゃうけど、変えなきゃいけない部分を変えるには、立場の違う者たちの「連帯」が必要だと私は思います。だから「小鳥女房」のラストは、派手な闘争とかじゃなくて、すでに別れた夫婦が、別にやり直す気もないけど、手を繋ぐアクションにしたのかもなーと、書いてくださったレポートを読んで、自分で改めて発見しました。

<3>
映像を楽しんでくれた感がよく伝わって、アートが好きな方なんだろうなあと確信しました!「自分だけにしか聞こえない、聞こえちゃいけないものが聞こえているような感覚に陥りそう。」って表現もいいですね。おっしゃる通り、どこにいても耳元でライブで音楽が聞けるというのは特別な体験で、不思議な感覚になりました。
私は、このBauhaus100周年の演劇のラストのシーンが大好きなんですけれども、最後にSchorsch Kamerunさんが音楽に載せて何を喋っているかをドイツ人の友達に聞いたら、なんと、国会の政治家たちの答弁をそのまま歌っているらしい。Bauhaus100周年記念に、美術や演劇の様々なイベントに助成金が降りて、この演劇もかなりの額を貰っているみたいですが、その前年か何かの国会の予算会議で、「Bauhaus100周年記念の各種イベントに幾ら出すか」という議論があって、その抜粋なんだそうです。ダンスの振り付けは先週紹介したOsker Schlemmerへのオマージュだと思います。すごいこと考えるよね。ますます好きになりました。

とにかく芸術に触れる際には、作品を好きな気持ち、楽しむ気持ちが何より大事だなって思います。自分の経験から言うと、大学生の今の時期に好きだったものって、その後の人生に大きな影響を与えます。
20年も前、私がまだ慶應の学生だった頃、劇作家の如月小春さんが週に一コマの演劇論の授業をやっていて、それを取っていたんです。今の私みたいにくだくだしく説明せず、ただビデオを見せてくれるだけで、感想もそんなに書かせなかった気がするけど、多分この授業より面白かったと思う(笑)。
記憶にある如月小春さんの表情は、穏やかだけどなぜかいつも憂いがあって真剣で、今思うになんとなく、私たちの未来(つまり今の時代)を心配されてたんじゃないかと想像します。
ある回で、如月さんがベケットの「ロッカバイ」という、老婆が揺り椅子に乗っているだけの演劇のビデオを見せてくれて、衝撃を受けました。ベケットは不条理演劇の創始者で、演劇史に名を残した巨匠で、名前は聞いたことあったけど、今みたいにYouTubeで簡単にビデオがみられた時代じゃなかったので映像資料は貴重でした。それで「海外の現代舞台芸術って半端ないな、想像を超えたものがあるな」と思って、それで自分でも色々探して見るようになり、その後、演劇の演出もするようになりました。

↓当時見たビデオと同じかはわからないけど、ベケットの「ロッカバイ」
https://www.youtube.com/watch?v=66iZF6SnnDU

そんな経験があったので、今回この授業を持たせてもらえたのは非常に光栄でした。如月小春さんは、私が卒業して数年後に急逝されてしまったんです。だから私が彼女から何か貰ったように、私も学生の皆様に引き継げているものがあるだろうかと自問自答しながら、毎回この授業をやりました。

2、質問等
あんまり皆さんとお話ができてないので、できたら、この授業全体に関しての質問等してくれたら嬉しいです。普通に近況とかでもいいです。オンラインなのでどの授業も課題を出すから、家でずっと机に向かってばっかりで超大変だと聞いたけど大丈夫でしょうか?よかったら様子を教えてください。

<課題>
忙しいと思うので、今回無理してまた課題を出す必要はありません。「先週、時間なくて出せなかったけど、ビデオを見たので出したい!」という人はぜひ出してください。そのほかの人は、もう学期末の課題の方に取り掛かって、提出してください。聴いて(読んで)くださって、ありがとうございました!

第9回課題
1、「Das Bauhaus - ein rettendes Requiem」
Regie: Schorsch Kamerun、Berlin Volksbühne、2019年6月20- 22日
https://www.youtube.com/watch?v=9cN5ypn-ALM

2、「小鳥女房」
(noteではリンクなし。詳細:www.swanny.jp
作・演出 千木良悠子、渋谷ユーロライブ、2017年11月
出演 山田キヌヲ、小林麻子、岡部尚、田中偉登

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?