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ベルリン演劇の講義2

慶應義塾大学 久保田万太郎記念講座 現代芸術1 第2回授業
(2020年5月11日)

'Grundgesetz' Maxim Gorki Theaterのビデオを見る課題のレポートを、ありがとうございました。どのレポートも大変素晴らしかったので、いただいた全てを別紙1(noteではリンクなし)にまとめました。(毎日少しずつ、楽しみに読みました。ありがとう〜!)ドイツ語がわからなくて困った方が多かったようですが、前回説明した通り、台詞はほぼ全て「ドイツ基本法」の引用です。ビデオのセリフをめっちゃ頑張って聞き取って、脚本の全訳(noteではリンクなし)を作ったのでご覧ください!

1、課題のフィードバック
●鑑賞のポイント1:演出家のバックグラウンド
「なぜ指揮者がいるのか?」という違和感を投げかけてくれた人が多かった。じつは演出のMartaGórnicka(https://www.gorki.de/en/company/marta-gornicka)は、ポーランド出身で、ワルシャワの「ショパン音楽学校」を卒業し、女性の合唱グループを設立した経歴がある音楽家。だからレポートNo.29や36の方の、「この舞台はミュージカル?」という指摘は正しいと思う!この舞台の副題は「MartaGórnickaによる合唱ストレステスト」。これはドイツ基本法を「合唱」にした舞台芸術でもある。(ストレステスト=機械やシステムに負荷をかけて耐久性を調べるテストのこと。)
*ポーランドは、ドイツと隣り合わせで関係の深い国。ナチスドイツによって1939年に侵攻され、第二次大戦中はユダヤ系でなくてもポーランド人であることを理由に多くの民間人が逮捕殺害された。有名なアウシュビッツ強制収容所があるのもポーランド。大戦後は共産主義圏に入るが、1989年に「ポーランド共和国」となり民主化が進められる。

●鑑賞のポイント2:演出のあるなしを見抜く(故意なのか、そうでないのか)
俳優の衣装や動き方がバラバラなので、多様性を重視しているのではないか、という意見もあった。だが、例えば最初のシーンでは、5人ぐらいの俳優がピンク・黄色・緑・青の鮮やかな衣装で横に並ぶ。レインボーカラーはアメリカ起源で、LGBTの象徴とされるが、広義の多様性をも表す。ここは演出が入っているだろう。(特にドイツにはホロコーストという負の歴史があるために、演劇においても、少しでもファシズムを連想させるような演出にはデリケートになる傾向があると思う。またベルリンはミックスカルチャーの街なので、人々の普段着どころか、髪の色も喋ってる言葉もバラバラ。その上で、衣装の色を揃える、同時に喋る、または口々に喋る、という演出には意図があるかも。)

●鑑賞のポイント3:舞台はイマジネーションの世界を描くもの
ドイツは自由な国なんじゃないか、という印象を持ってくれた受講者も多かったようだが、舞台上の世界というのは、あくまでイマジネーションの産物。パフォーマーが舞台上で自由を表現することと、ドイツ社会が実際に自由であることには、もちろん差異がある。
東西諸国の格差、移民問題や宗教の問題(トルコ系移民が多い話は前回したが、イスラム教徒が多い社会。)などなど...。最近だと例えば、2019年末にはドイツのHalleという都市で、ユダヤ教礼拝所の襲撃事件(https://www.bbc.com/japanese/50010058)があった。また、No.24の学生がレポートに書いてくれているが、ホルンバッハというホームセンターのCMは、アジア人女性の描き方が差別的であるとして激しい議論を巻き起こした。そんな状況で、トルコ系の芸術監督とポーランド出身の演出家が、国や州の公的予算(=税金)で舞台を上演する。しかも統一記念日というドイツ国民にとっての晴れの日に。そんなベルリンの演劇やアートへの向き合い方は、やはり革新的かつ倫理的であると私は思う。皆さんはどう感じましたか?

2、ベルリンの壁崩壊とドイツ統一
ざっくりと戦後からドイツ統一までの歴史を...。

*1945年5月8日:ナチス・ドイツ降伏。ドイツはアメリカ・イギリス・フランス・ソ連の4カ国に分割占領される。
*1949年5月23日:(西ドイツでの)基本法公布記念日冷戦の深刻化により、ドイツは東西に分裂。1949年5月、西側管理地域に西ドイツ(ドイツ連邦共和国=Bundesrepublik Deutschland)が成立し、基本法が公布される。)10月にソ連管理地域に東ドイツ(ドイツ民主共和国=Deutsche Demokratische Republik)が成立。
*1961年8月13日ベルリンの壁建設: 約300万人が東ベルリンから西ベルリンに逃亡。東ドイツ政府、ベルリンの壁建設。ベルリンは、西の資本主義体制、東の社会主義体制を象徴する場所に。
*1989年11月9日壁崩壊: ソ連のペレストロイカに端を欲する東欧各地での革命の勃発、ベルリンの壁崩壊。有名な話だが、この日の夜の記者会見でシャボフスキーという東ドイツの高官が「旅行許可の規制緩和」に関するメモを読み間違えた。規制緩和は翌日からのはずだったが、記者の質問に対し、「ベルリンの壁を含めてどこからでも、直ちに遅滞なく」と言ってしまう。ベルリンの壁周辺に西からも東からも何千人、何万人もが押しかけ、何も知らせを受け取っていない各地の国境警備隊を尻目に、各地でゲートが解放されていった。西ベルリン市民は、東ベルリン市民の手を取って壁の上に引き上げ、乗り越えさせた。(初めは抱き合って統一を喜び合ったが、二つの国が一つになったわけだから、だんだん不具合が生じてきた。東西の経済格差や教育、社会構造の違いによる溝は、現在も埋まってはいない。)
*1990年10月3日: ドイツの再統一。統一とは言えど、東ドイツの各州が西ドイツに編入される形となった。旧西ドイツの憲法(ドイツ連邦共和国基本法)が、ドイツ全土で機能することに。(ベルリンの旧東側の地域はめまぐるしい発展を遂げている。ブランデンブルク門前は街の中心地に。)
*1992年: 欧州連合条約調印。翌年、欧州連合(EU)発足。

<動画>ベルリンの壁についての日本語字幕付き解説アニメーション、興味のあるのみどうぞ。The rise and fall of the Berlin wall (Ted-ed)
https://www.youtube.com/watch?v=A9fQPzZ1-hg


<動画>ベルリンの壁崩壊。この二つはどちらも2分ぐらいで短いので、是非ご覧ください。https://footage-berlin.com/der-mauerfall-9-november-1989/
(英語ナレーション。メモを読み間違えたシャボフスキーの記者会見も)
https://www.youtube.com/watch?v=iiGgfBvALcI(壁崩壊の象徴的な場所となったブランデンブルク門前。西ベルリン人が東の人を引き上げている)


3、ドイツ基本法と基本的人権
前回のGrundgesetzgirlの感想ですが、憲法がスーパーヒーローだというたとえ話にリアリティを感じられなかったという人が多かった。でも、近代憲法に必ず盛り込まれている「基本的人権」という原理については、すでに学んでいると思います。17-18世紀ヨーロッパの絶対王政の時代を経て、フランスやイギリスで革命が起こり、王様が処刑されたりされなかったりして、議会や選挙が始まり、民主主義が生まれ......という中で作られていったのが「人権」や「憲法」というシステム。国民が権力者を制限する機能を備えているのが、近代憲法の特徴ですが、それは世界史の大きな流れの中で徐々に確立されたものなのです。ざっくり言ってしまえば、憲法があるから、私たちは今から殿様に言われるがままに重い年貢を払ったり、切腹させられたりする社会に、タイムマシンに乗ったみたいに戻らないでいられるのだ...と私は理解してます。今の社会システムは、過去の大勢の人々の犠牲の上に長い歴史をかけて積み上げられてきたものだとも言えます。

●百科事典マイペディア(平凡社)の「基本的人権」の項目
人が生まれながらにしてもち、国家権力によっても侵されることのない基本的な諸権利。基本権または単に人権とも。ブルジョア革命の過程で近代自然法思想に基づく自然権が、国家制度として確立されたもので、近代憲法の不可欠の原理である。英国の権利章典(1689年)、アメリカ独立宣言(1776年)、フランス革命の人権宣言(1789年)などはその古典的表現(以下略)で、宗教・良心・思想・学問・言論・出版・身体・集会・結社・居住・移転・職業選択の自由、財産・住居の不可侵、通信の秘密や、さらに法定手続の保障や不法な逮捕・抑留・拘禁からの自由など、国家権力からの自由(自由権)を内容とするものであった。民主主義の発展に伴い参政権が加えられ、また資本主義の発展により社会的・経済的不平等が拡大するにつれ、特に第1次大戦以後は、人間たるに値する生活を国家に要求する権利や労働者の団結権・団体行動権、さらに教育権などの生存権的基本権または社会的基本権が加えられた(生存権)。

<動画> Grundgesetz/Die Sendung mit der Maus 26.05.2019
子供番組「だいすき! マウス」の憲法記念日に放映された、もう一つの動画。がんばって字幕の翻訳(別紙2)を作ったので、読みながらどうぞ!https://www.facebook.com/watch/?v=887094911841829

今回のレポートで皆さん書いてくれた通り、日本の多くの子供が憲法について学ぶのは、小学校高学年の公民の授業のようです。でもこの「だいすき!マウス」は、小学校に上がる前の幼い子供達も見る、大人気番組。幼い時から「あなたは生まれながらにして大切な宝物(=人間の尊厳を有する)。そのことは、全部の法律の中で一番重要な決まりである『憲法』に書いてある」「生きてるだけで、シールドで守られているorスーパーヒーローの女の子が助けてくれる」と「基本的人権」の概念を教えてもらえる社会に育ったら、どんな感じだったでしょうね(個人的には、ドイツの人は概ね自己肯定感が超強い印象....)。「一人一人が生まれながらにして大切な宝物」。大人も子供に教えやすいし、誇らしいですよね。「あなたが愛せない人も同様に宝物」ともなると、なかなか複雑な話になってきますが。

3、もう一度、'Grundgesetz'

<第2回授業の課題>
'Grundgesetz' Maxim Gorki Theater
演出:Marta Górnicka 
https://www.youtube.com/watch?v=Xlnj129F8O4
(noteではトレーラーのみ)

知識を踏まえ、別紙2の翻訳を見ながら、もう一度'Grundgesetz'を見てください。そしてもう一度、自分なりの視点から、気づいたこと、発見したことを書いて、授業支援システムの「レポート」欄から送ってください。書ける人は「劇評」という意識でぜひ書いてみてください!

●大学の課題なので、動画から演出意図やテーマを読み取って解釈しようとしてくれた方が多かった。テーマや演出意図は大事だが、じつはベルリン演劇は結構ハイコンテクストなものが多いので、公式webサイトやパンフレットを見ればテーマが書いてある。興味のある方はこちらをどうぞ。https://www.gorki.de/de/grundgesetz
(公式Webサイトの作品解説。右上で英語に変換できます)
https://www.facebook.com/watch/?v=228109414940790
(この作品がコロナ禍で無料配信された際の演出家からのメッセージ。英語)

でも、言葉でテーマを説明されて、なるほど納得!して終わりならば、わざわざ舞台を見る必要はありませんよね。自分が何を感じ、どこに興味を持つのか。そして感想を文章化する上で、どのような考察の道筋をたどるのか、といったことに注意を傾けてみてください。(私もまだドイツ語全然できないので、前情報なしに舞台を見に行って、わけがわからずに帰ってくることも多いです。わからないままに感動したり、つまらなくて腹が立ったり。気になった点があると後で調べます...。)

****
<終わりに>

学期末のレポートでは、1人1本の「劇評・舞台批評」を書いてもらおうと思っています(リアルな舞台を見せられないので、ビデオ評になってしまいますが)。授業で見た資料のみから書くか、他にも自由に選択できるようにするかは未定です。今回の「Grundgesetz」を題材に今から書き始めてもらっても構いません。
一日中家にいて、ストレスが溜まっている人も多いかと思います。毎回の課題提出の有無で減点することは考えていないので、プレッシャーに感じるようなら無理せずに。自らの興味の赴く方向に従って、課題を行うこと。もちろんzoom授業も、Wifi環境の良くない人は受けなくて良いです。毎回のPDF教材を読んで、課題を出せるときに出してください。


次回からはまた全然違う動画を見ます、お楽しみに〜!

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