高槻1

★澤村御影『准教授・高槻彰良の推察 民俗学かく語りき』(角川文庫)

怪事件を収集する民俗学の准教授と、噓を聞き分ける耳を持つ大学生の、凸凹コンビによる民俗学ミステリシリーズ第1巻です。

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大学生・深町尚哉は、噓を聞き分ける耳の持ち主。周りの人間とは無難な関係を築きつつ、線を引き、踏み出さないようにして過ごしています。
『民俗学Ⅱ』のレポートで子供時代の不思議な体験を書いた尚哉は、担当の准教授・高槻彰良に興味を持たれ、怪事件調査の助手にされてしまうのですが……。

この作品に興味を抱く大きなきっかけとなったのは、尚哉の「噓を聞き分ける耳」。具体的には噓の部分が声の歪みとして知覚されるわけですが、これが文章を読んでいても明確に分かるようになっている。
初めてそういう場面に出くわしたとき、眩暈で視界がぐにゃりとするような、なんとも奇怪な感覚がありました。噓が連続する場面では、いっそうの不愉快さに掻き乱される。けれども尚哉が味わってきた苦しみは、こんなものではなかったはず。

尚哉の耳と関係しているのは、子供時代の体験。十歳のとき、祖母の住む田舎で迷い込んだ、不思議な祭り。そこで尚哉は、三つの飴から一つだけ選ぶように言われます。
リンゴ飴は、歩けなくなる。
アンズ飴は、言葉を失う。
べっこう飴は、――になる。
当時の尚哉が『他の二つに比べればずっとましだ』と思い、「噓を聞き分ける耳」という形で現れた、「――」に入る言葉は何なのか。
それが彼自身の経験とともに明かされてゆく場面は、胸が詰まる思いで。ずっと抱え隠してきた尚哉がそこに至るには、高槻の存在が間違いなく大きかった。

長身で端正な顔立ち、優しげな雰囲気のイケメン准教授。テレビ番組にも出る有名人で、学生人気も高い。一度読んだことは覚えてしまえるほどに記憶力がいい一方、初めての土地では必ず迷子になる。鳥全般への恐怖症持ち。興味引かれるものに対して子供のように目を輝かせる一面は、時に行き過ぎて周囲を困惑させることも。
そんな高槻に尚哉もつい、「あんた」呼ばわりで叱りつけたりします。常識担当として、暴走を止めにかかる。けれども、子供のようにはしゃぐ常識知らずの姿をさらす反面、落ち着いた研究者の顔も見せる高槻に、よくわからない人だという印象も抱く。
そして、しばしば夜空のような、深く昏い藍色に染まって見える高槻の瞳に、目が離せなくなる。

何より高槻の透明感ある声は、尚哉には心地よいもの。相手を楽しませようと話を盛る類の噓ですら無く、安心できると思えてしまう。尚哉を気持ち悪いと思わないことも、その能力を欲していることも、彼を傍に置いておきたいことも、真正直な声で伝えてくる。
とはいえ尚哉も簡単には他人との線を越えるつもりはないし、能力のことも誤魔化しています。でも話したい気持ちに駆られたり、線を越えない範囲で付き合ってもいいと思えたりする。
助手として調査を手伝い、高槻と関わってゆく中で、変化してゆく尚哉の心境。やがては高槻の事情を、にこにこと笑っている彼の本当の姿を知りたいと望みさえする。その過程に強く魅せられました。

民俗学という題材も、高槻と尚哉の凸凹コンビにも、最初から最後まで惹きつけられ楽しまされた作品でした。
このまま2巻、3巻と読み進めていこうと思います。

★他巻の感想はこちら
『准教授・高槻彰良の推察2 怪異は狭間に宿る』
『准教授・高槻彰良の推察3 呪いと祝いの語りごと』