読書:にのまえあきら『無貌の君へ、白紙の僕より』(4/29読了)

見ること、描くことが形作ってゆく彼らに惹かれた。
復讐を手伝ってくれませんか――人前で目を開けられないさやかの望みは、人物画を完成させること。被写体を頼まれたのはかつて共に絵画を学び、今は筆を置く優希だった。

六年越しに再会し、一から関係を築く優希とさやか。打ち解けてゆく一方、絵のほうは芳しくなくて。
それだけ、深く深く心に根差す傷があるんです。見ること、描くことを阻む要因が。
心が目を逸らしているといっていい。

物語が進むにつれ、彼らに二人三脚の印象を抱いたんです。しんどさのある。

『僕のために/私のために、描いて』。
呪いでその場に縫い留められている相手を、より強い呪いで自身へ縛って、肩を組んで、足を踏み出させるようなもの。でもそれは確かな一歩で、それぞれに新たな景色を見せるんです。
また、相手が何を見ているか、どう映し出したかがもたらすものもある。

無貌と白紙、まっさらなイメージの言葉だけれど……。
きっと、何度も描いては違うと消した結果なのだろうと思います。だから跡は残っていて、見ようとすれば見えるし、なぞって浮かび上がらせることも、より良い線を描くこともできるはず。

過去を跡とするなら、なかったことにはできないだろう。
けれど決して変えられないものではなく、これまでと違う意味を見出すことも、これを活かして新たに描き出すこともできるのではないか。
そう思わせてくれる物語だったんです。

何かが見えていない違和感が積み重なった先、ふいに焦点が結ばれて視界が鮮明になる瞬間も忘れがたい作品でした。

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