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素材がつなぐ人と人の絆     ガラスびんの一生を見つめるプロフェッショナルを訪ねて

●はじめに
「ママみて!いっぱいびんが積んであるよ!」
兵庫県西宮市。阪急今津線の車窓から見えるガラスびんの山。様々な色のカレット(ガラス片)が何層にも重なって出来たびんの山はダイナミックアートと化して見る人を驚かせてくれます。ひときわ目立つグリーンのカレットは、日光に照らされて更に美しい輝きを放っています。筆者と阪急電鉄愛好家の息子にとって、沿線上に突如現れるこの景色が、いつしかもう一つの楽しみとなっていたのでした。

「一体何を作っているのだろう。」
「ガラスはどこから来たのだろう。」
「どんな人たちが働いているのだろう。」

そんな親子の疑問と好奇心が、ガラスという素材への憧れへと導いてくれたのでした。

●謎解き探検!会社の門を叩く。
ここは、ガラスびんのリサイクル加工の専業メーカー
株式会社 山一商会です。創業は大正5(1916)年、西宮では明治40(1907)年から辰馬本家酒造が清酒「白鹿」のびん詰めを販売したほか、
大正3(1914)年にはガラスびんメーカーの日本山村硝子株式会社の前身である山村製壜所が誕生しました。地元では、早くからガラスびんの利用が始まるとともに、当時は高価であったガラスびんの製造から利用、再利用(リユース)に至るリサイクルの仕組みができあがっていたのでした。
 現在では、ガラスびんが多様化している上、容器包装リサイクル法の施行を背景に、山一商会では回収されたびんを白(透明)、茶、その他の3色に分けた後、砕いてカレット(ガラス片)として加工し、びんメーカーに出荷しています。回収エリアは関西一円をはじめ、山陰や四国地方、さらには首都圏の一部と、広域で対応が可能となっています。

●山一商会 櫻田健太社長との出会い
 カレット(ガラス片)を求めて

西宮市の甲子園浜に出向くと、沢山のビーチグラスが砂浜に落ちています。角がとれて丸みを帯びた可愛いビーチグラスは子ども達に大人気の素材なのです。フォトフレームやアクセサリーづくり、また陶芸の材料にもなります。

「夏休みの工作の材料集めだよ!」

春から夏にかけてグラスを拾い集める微笑ましい親子の姿が見られました。
ところが、この数年ビーチグラスを大量に拾い集めてはネットで売買する人たちが増え、入手が困難になってしまったのです。中にはお椀一盛りで高く取り引きされるショップもあり、子ども達にとって身近で手頃な素材ではなくなってしまったのです。
グラスを喜んで拾い集める子ども達の声が響かない浜辺はとても静かです。

筆者が勤める地域のアトリエでも、陶芸に使うビーチグラスの入手に頭を抱えていました。(ガラスを流し込んで窯で焼く技法がある。)そのような状況の中で山一商会の製造するカレット(ガラス片)を思い出したのでした。

「地域のアトリエで子ども達と創作活動をしている者です。いつも会社の前を通る時、美しい素材だなとガラスびんを見ていました。こちらのカレットを少し分けていただくことはできますでしょうか。」

筆者の突然の電話に快く対応してくださり、早速カレットを分けていただけることになりました。
当日、櫻田さんが出迎えてくださり、カレットがどのようなものか説明を受けました。筆者が当初探し求めていたビーチグラスとは少し形状がが異なりますが、ガラスびんがカレットに生成されるまでに程よく丸みを帯びており、子ども達の手に触れても危険ではない素材に生まれ変わっていることを確認出来たのでした。この時初めて念願のガラスの山、働く人達の姿を間近で見ました。

◉カレットの豆知識
ガラスびんの約80%がカレットから製造
家庭から出たびんは不燃物ゴミとして西宮浜の西部総合ごみ処理センターに運ばれ、そこから市の資源化センターにて異物除去が行われます。
その工程を経て山一商会に運ばれてきたびんはここで更に多くの人の目や手に触れて、カレットに生まれ変わります。カレットによるガラスびん製造が推奨されるのは、天然資源からの製造時に比べて、CO2の排出量とエネルギー使用量の両方が削減できるとされているからなのだそうです。また、リサイクル工程で排出されるごみが少量で、再資源率が高いことも推奨される理由の一つです。現在、ガラスびんの約80%がカレットから製造されているといいます。

●地域に根差した環境学習
15年にわたる出前授業の取り組み

「ガラスびんの一生、というテーマで僕は子ども達にお話をしているんです。」

取材を進めていくうちに、櫻田さんの子どもたちへ向ける眼差しが見えてきました。
山一商会が大切にしている取り組みの一つが、西宮市内の小学校への出前授業です。消費者のリサイクルに対する理解を深めてもらうことを意図して始まったこの環境学習は、15年にわたり西宮の子ども達の主体的な学びを支えています。子ども達はガラスびんのサンプルを手に取りながらリサイクルの仕組みを知り、社員さんが手作りされた分別の模擬装置で実際に異物除去作業を体験していきます。
ガラスの色彩や形を目で見て、手で触れて、仕事を体感することができるのです。

子ども達のあらゆる感覚を引き出し、授業を創意工夫されている様子が櫻田さんのお話しから伝わってきました。それは、まるで授業の題材を練る教師の姿に重なります。

◉ガラスびんの豆知識
『リサイクルの優等生』として高い再現率を誇るガラスびん。中でも、一升びんやビールびんなどは現在でもリユースが普及しており、環境負荷の低減に貢献できる容器です。また、ガラスびんは気密性が高く保存性に富んでいます。

●ガラスの新たな可能性
ガラスの魅力をリサイクルの観点や、子ども達の環境学習に焦点を当てて紹介してまいりました。

筆者は今回の取材で、ガラスの新たな可能性を追求する櫻田さんの想いを確かに受け取り、あるビジョンを抱きました。

ガラスという素材を図工美術の現場にたくしてほしい。

陶芸の材料はもちろん、丸みを帯びたガラス片は、
並べたり、積んだり、光に照らしてみても面白いでしょう。今後は子ども達の造形活動にも活かせるかもしれません。同時に素材から鑑賞活動に展開することもできるでしょう。
造形素材がアーティストの手に届くまでの旅路を知る中で子ども達は多くのことを発見するでしょう。

〈写真①ガラスアーティスト吉田延泰さんのアトリエ『がらす庵』にて撮影 2021.8〉

〈写真②③トルコのイスタンブールの街中にて撮影。
壁に埋め込まれた鮮やかな陶器 2011.8〉

 例えば、私たちが今日手に取る道具や、ご飯を入れる器、今朝選んだ洋服、これらのモノが生み出されるまでに関わった人たちの感性や価値観に触れ、「私もつくってみたいな。」と思うきっかけになるかもしれません。そして、この「つくってみたいな。」という想いは図工美術教育が目指すところに繋がっていると考えます。

図工美術が目指すところとは、私たちが「つくってはつくりかえることができる存在」であると気づくこと。一人でつくる。二人でつくる。みんなでつくる。この行為の中で「私は私。」というアイデンティティが満たされていきます。その過程を経てやっと、
他者の価値観を認めることが出来、思いやりの心が育まれていきます。さらに、色や形というビジュアルをもって人生をデザインしていく力も図工美術でこそ培われていく力なのです。

つくってはつくり変えることのできる私たちの一生は、「ガラスびんの一生」とどこか似ています。

小さなガラス片が出来上がるその過程で、多くの人の目や手に触れ、幾度となく環境を変え、場所を変え、その度に研磨され、もう一度美しいガラスびんへと生まれ変わる。

研磨されるガラスが私たちに投げかけるメッセージは、〝人生の荒波に揉まれ、逆境を通りぬけた人が放つ輝き〟でしょうか。あるいは〝何度も何度も温かな人たちの手に触れ、角がとれた朗らかな人柄。〟でしょうか。

ガラスびんの新たな可能性を追求する旅はまだ始まったばかりです。今日、様々な気づきを与えてくださった山一商会の櫻田健太社長をはじめ、社員の皆様に心から感謝を申し上げます。

        大人の図工塾管理人 米光智恵

【参考文献】
•ガラスびんリサイクル促進協議会広報誌
              〈2017年度版〉
•西宮商工会議所報Report(れぽると)11
                〈No,755〉

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