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知りたい私は、潜る。

私はかなり幼い頃から記憶がある。
断片的ではあるけれど、風景と感情がセットとなって、記憶に残っている。

乾いた砂埃が、風に舞っていたグラウンド。
1歳に満たない幼い私はベビーカーに乗せられ、
父の草野球の応援に、母と来ていた。
チームメイトの友人の母娘も来ていた。
私と同じ歳ほどの小さな女の子。
ベビーカーに乗ったその女の子にかけ寄った母。
顔を近づけ、かわいいねと笑顔で喋りかけていた。
わたしのママなのに…
私は黙ってやきもちを妬いた。

お風呂あがり、鏡の前に映る裸の自分を見て、
おすまししていた、1歳の私。
泊まりに来ていた親戚のお姉さんが、
あら、かわいいねぇ、と褒めてくれて、ちょっぴりモデル気分でポーズをとった。

2歳のある日は、父の釣りについて行った。
自営業の父は、休日はほとんどなく、
昼間家にいないことが多かった。
父と二人きりということがほとんどなかったせいか、父と出かけること自体、
照れくさい気持ちがあった。
母がお弁当を持たせてくれて、車を見送ってくれたことも、
母がいない心細さも覚えている。

駐車場で父が、トイレに行ってくるから持ってて、と
体の何倍もある長さの釣竿を持たされた。
こんな小さな子どもが長い釣竿持ってるなんて変に思われるじゃない、
恥ずかしいーお願いだから誰も通らないで、なんて思っていた。

赤ちゃん、ごく幼い歳だと何も考えてなさそうに見えるけど、
自分のことを思い出してみると、意外としっかり「思い」がある。

頭の中がクリア、意識がはっきりしている、自分の思いがはっきりとある、
そういう魂だと言われたことがある。

小学校〜高校、学生時代には、目立ちたくないと思って生きてきた。
いかに目立たず、当たり障りなくいられるか。
自分の意志はあってないようなものだった。
そんな中、唯一自然に続けてきたのが音楽だった。
音楽を続けてきたことは、思いが明確であることの一つかもしれない。

はっきりと思いがあることは、もっと知りたくなることにもなる。

この知りたい欲求は、昔から顔をのぞかせてきた。
なんで金魚はパクパクしてるの?
母に勧められ、こども電話相談室に電話したこともある。
海や空はなんで青いの?
勇気を出して学校の先生に聞いたこともあった。
植物、宇宙、童話。
漫画やドラマの続きや母の電話の内容から、
ミソ(=肝心なポイント)ってどういうこと?てことまで。
(味噌?お味噌汁の味噌しかしらなった私は
  鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった)

私のなんで?どうして?知りたい!は続いた。

知りたい…! わぁ…!

わからない、未知、不思議。
それを覗き見た後に来る、なんとも言えない爽快感、解放感。
知ることで新しい世界が広がる、喜び。

そんな経験を繰り返しながら育ち、
いつしか、もっと深く、潜ってみたくなった。

大人になった今、知りたいのは自分のこと。
一番近くて、一番遠い。
知っているようで、知らない「わたし」

でも、どこかで、すべて知っている気もしているんだけど。

音楽を通じて、文章や人を通じて、自分を知る。
深く。
本質をみたい。もっと知りたい。
まだ見ぬ知らない自分に、幾度となく出会ってきた。
これからもきっと、出会えるに違いない。

知りたいわたしは、これからも潜るんだろう。

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