さっちゃん、元気ですか?
小学生の頃、音楽の教科書に坂本九の「上を向いて歩こう」が載っていた。授業で歌った日の帰り道、いつも一緒に帰っていた“さっちゃん”という友達がこんなことを言っていた。
「涙がこぼれないように上を向くって、あれ、おかしいと思わへん?だって、
上を向いたら、目の端っこから涙がタラーって流れるもん。そしたらね、皆んなに泣いてるって、バレるやん?涙がこぼれそうになったら、すぐ下向くねん。下向いたら、涙が丸になって、ポタッて地面に落ちて、頬っぺにもどこにも涙がつかへんねん。だから、泣いたこと、誰にもバレへん。だから、下を向ーいて♬って歌った方が良いと思うねん。」
♬下を向ーいて歩こぉぉよー
涙がーこぼれーないよぉぉにー♬
2人でふざけて歌いながら歩いた帰り道。
その1年後、
さっちゃんのお母さんが亡くなった。
癌だったそうだ。何年も闘病生活を続けていたらしい。
いつもおちゃらけて笑っていた彼女の背景にそんなことがあったなんて、信じられなかった。気付いてあげられなかった。
お葬式で彼女は泣いていなかった。
わんわん泣くお父さんとお姉ちゃんの隣で、目線を上に向けて、体を左右にゆらゆら揺らしていたさっちゃん。
さっちゃんだけ、まるでそこにいないみたいだった。
同じクラスの男の子同士がケンカを始めた時、さっちゃんがふざけて冗談を言った。怒っていたはずの男の子が吹き出して、それを見た相手の子も笑って、険悪な雰囲気が一気に和んだのを思い出した。
さっちゃんは、家の中でもそんな役を引き受けていたのではないだろうかと想像する。
元気がない家族皆んなに笑ってもらおうと、頑張っていたのではないだろうか。本当は自分だって悲しいのに、自分まで悲しんでいてはいけないと、悲しみを押し殺して。
本当に悲しい時、人は悲しみをなしにしてしまう。心を麻痺させて、感じなくしてしまうのだ。でも、そんな事を続けていたら心が壊れてしまう。
さっちゃんは、何度下を向いていたのだろう。
下を向いて涙がポタポタと地面に落ちた時の丸い形を何度見たのだろう。誰にも気づかれないように。
お葬式の後、すぐにさっちゃんはお父さんの実家がある九州に引っ越してしまった。
さっちゃん、涙が出そうになっても、下を向かなくていいから。悲しい時は悲しんでいいから。泣いていいから。
誰かに泣いてる顔見られてもいいから。悲しかったね、悲しいねって言ってくれる人がいるから。
今、さっちゃんのそばにそんな人がいますように。
さっちゃん、元気ですか?
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