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夏の友だち

オニヤンマぶううんと我を追い越して我に戻り来確かむるごと  

齋藤芳生『湖水の南』

 高校を卒業してから、生まれ育った福島市を数年間離れては戻り、ということを何度か繰り返している。首都圏で暮らした時には新幹線でしょっちゅう帰省することができることもあってあまり感じなかったのだが、アラブ首長国連邦で三年間暮らした後に帰国した時には、家族や友人をはじめとするたくさんの懐かしい人たちとの再会を心底嬉しいと思った。積もる話はお互いに山ほどある。お米も、畑で採れたばかりの玉蜀黍もトマトも胡瓜も、そしてよい香りのする大きな桃も、久しぶりに口にする何もかもが美味しい。子どもの頃から歩き慣れている道には日本の、福島の、夏の花々が色鮮やかに咲き誇っている。

 懐かしい道を歩いていて再会したのは、人だけではなかった。稲の穂が伸びて花がつき始めた田んぼのあぜ道をずんずん歩いてゆくと、驚いた蛙が足もとで跳ねる。山中を震わせて鳴くセミたちの声。鬼百合の花の蜜を吸おうとはたたいているキアゲハ。強い日差しを受けてメタリックな輝きを放つドウガネブイブイ。そして、まるでパトロールでもしているかのように――そうだ、何となくドローンにも似ている――後ろから私を追い越して飛んで行ったかと思うと身を翻して戻ってくる、オニヤンマ。

 トンボの仲間でもオニヤンマはいわゆる「レアキャラ」の部類に入るだろう。子どもの頃、夏休みになると妹と一緒に虫捕り網を持っていろいろな昆虫を捕まえたが、なかなか捕まえることができなかった。そもそもオニヤンマは他の小さなトンボのように群れでたくさん飛んでいないし、子どもが虫捕り網を構えて立っている目の前の草にのんびりととまって休む、などということをしないのだ。ましてや、人差し指を空へ向けてじっとしていたらそこにとまってくれる、などということは絶対にない。あの立派な翅や胴の太さとも相まって、捕まえることができた時には何とも言えない高揚感があった。

 アラブ首長国連邦という砂漠の国での長い生活を終えて帰国した時、私はオニヤンマとも再会したのだ。オニヤンマだけではない。セミもトンボもチョウもカエルも、夏の間にだけ会うことのできる大切な友だちだったのである。

福島民友新聞「みんゆう随想」2017年7月29日

☆オニヤンマを模したバッジやワッペンをつけていると、蚊がよってこない、とか。

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