見出し画像

つるばみいろの思い出

つるばみいろ美しきかな秋の子の手をこぼれたる橡のいろ

「短歌往来」2016年1月号

 どんぐり、と一口に言ってもその大きさや色、形は様々だが、子どもの頃の私が特に好きだったのはクヌギの実だ。コナラやシラカシといった細長い形のどんぐりよりも一回り大きくてまんまるな実は、見つけた時の喜びが一際大きい。かき分けた落葉の中で、その一つひとつがどれもぴかぴかに光って見えた。よく「帽子」と呼ばれる殻斗(かくと)も立派である。これはクヌギっていう木のどんぐりだよ、と教えてくれたのは両親だったか、それとも担任の先生だったろうか。

 くぬぎ、くぬぎ、と呟きながら、友だちや妹と競争するようにして拾い集めた。そうしてどんぐりが両手にあふれるほどになると、ハンカチに包んで宝物のように家に持ち帰るのである。持ち帰ったどんぐりは大抵丁寧に拭いて泥や砂を落とし、手のひらで転がしながらいつまでもつややかな色と手触りを楽しんでいた。爪楊枝や竹ひごをさして独楽や「やじろべえ」を作ってみたりもしたけれど、あの美しい実の表面に穴をあけたり油性マジックで「やじろべえ」の顔を描いたりするのは、なんとももったいないように思えたのである。そんなクヌギの実も日が経つにつれだんだん色が薄くなり、つやがなくなってくる。乾いた表面にひびが入り、時には穴があいて気味の悪い虫が出てきたりもする。溜息をつきながらたくさんのどんぐりを庭の隅に棄てると、それを待っていたかのように冬の冷たい風が吹いた。

 「橡(つるばみ)」とはこのクヌギの実の古名である。そして「橡色」は、古の人々がクヌギの実やその殻斗を煮出して衣類を染めた色のことをいう。煮出し方によって色合いが異なるが、もともとは身分の低い庶民の衣服や喪服に使われた色だそうで、本来はクヌギの実のつややかな色そのものではない。けれど、「つるばみいろ」というやや硬質な響きから私が思い浮かべるのは、どうしても幼いころに夢中になって集めた、あの色なのだ。

「つるばみ」は子どもたちにとって、そして私にとって、毎年秋にだけ会うことができる、小さくて美しくて、優しい友だちである。秋の公園や遊歩道で「つるばみ」を見つけると、私は今でも心がときめくのだ。

みんゆう随想 福島民友新聞 2016年10月13日

☆この歌、『花の渦』を編むときに落としてました。こういう歌もあるよということで。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?