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アブダビ通信(2009~2010)

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「短歌往来」2010年1月号から8月号にかけて連載したエッセイ全8回です。
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#アブダビ

この海のように~アブダビ通信①~

この海のように~アブダビ通信①~

 美しい街である。
 初めてこの街を歩いた日本人の友人は、街全体が日本の千葉にある某巨大遊園地のようだ、と驚き、ため息をついた。

 「コーニッシュ」と呼ばれる海沿いの道路は約八キロに渡って美しく舗装され、ナツメヤシやジャスミンの木が整然と植えられて、青々と茂っている。これらの樹木や草花には二十四時間規則正しくスプリンクラーで水が撒かれ(これがこのアラビア半島という砂漠地帯でどのような意味をもつか

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「ドバイ・ショック」の真ん中で~アブダビ通信②~

「ドバイ・ショック」の真ん中で~アブダビ通信②~

 「台風の目」の中がびっくりするほど静かなように、その渦中にいるとあまり実感がわかないものなのかもしれない。
 2009年11月25日、アブダビの弟分であるドバイ政府が、政府系の持株会社「ドバイ・ワールド」の債務返済繰り延べを要請すると発表。「ドバイ・ショック」の始まりである。
 「ドバイ・ワールド」というのは、日本でも半ば呆れ気味に報道されていた、海を椰子の木の形に埋め立ててつくった「パーム・ア

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それは、神様の望まれたもの~アブダビ通信③~

それは、神様の望まれたもの~アブダビ通信③~

 交差点で信号を待っていると、足元の石畳にぽつぽつと音を立てながら灰色の斑点が増えてゆき、乾いて埃っぽい空気が静かに湿りを帯び始めた。遠くからやや苛立った車のクラクションの音が聴こえる。反対側の交差点で、誰かが雨から避難しようと急に走って道路を渡ろうとしたために、車が急ブレーキをかけたのだ。
 一年の大半は蒸し風呂の中のように暑いアブダビだが、11月も半ばを過ぎるとだんだん気温と湿度が下がり、やが

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神の忠実なる僕~アブダビ通信④~

神の忠実なる僕~アブダビ通信④~

 アブダーラの詳しい生い立ちや毎日の生活について、私はほとんど知らない。彼は、私が勤めているアブダビの公立小学校に長いこと住み込みで働いている用務員さんである。
 私がアブダーラについてわずかに知っているのは、彼がインド人であること、イスラム教徒であること(註:2001年国勢調査によると、インドの人口の13.4%はイスラム教徒。2011年現在では14.2%)、そして、学校で誰よりもよく働くひとであ

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らぁすあぁるはいま~アブダビ通信⑤~

らぁすあぁるはいま~アブダビ通信⑤~

 一緒にラス・アル・ハイマに行きましょう、と、勤務している小学校の校長であるサルマ女史が週末の帰り際に声をかけてくれたのは、ちょうど今(註:2010年3月)から二年前のことである。
 アブダビで暮らし始めて半年が経っていた。アラブの、というよりも世界中の様々な文化や言語が飛び交う街での生活は毎日新しい刺激や発見に満ちていて想像していた以上に楽しかったが、半年経って不覚にも高熱を伴う風邪をひき、一日

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「アバーヤ」を着たい!~アブダビ通信⑥~

「アバーヤ」を着たい!~アブダビ通信⑥~

 袖を広げるとそれはまるで、羽化をしたばかりのアオスジアゲハが、ゆっくりと羽を広げているかのように見えた。光沢のある、しっとりと肌触りのよいシルクの黒。肩から袖口にかけて大きな、しかし軽やかな襞が幾重にもついた黒い薄布がふわりと被せられており、足元まで伸びている。その襞は鮮やかなエメラルドグリーンで繊細に縁どられているのだった。このエメラルドグリーンの縁どりにはさりげなく銀色のラメが入っていて、手

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