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らぁすあぁるはいま~アブダビ通信⑤~

 一緒にラス・アル・ハイマに行きましょう、と、勤務している小学校の校長であるサルマ女史が週末の帰り際に声をかけてくれたのは、ちょうど今(註:2010年3月)から二年前のことである。
 アブダビで暮らし始めて半年が経っていた。アラブの、というよりも世界中の様々な文化や言語が飛び交う街での生活は毎日新しい刺激や発見に満ちていて想像していた以上に楽しかったが、半年経って不覚にも高熱を伴う風邪をひき、一日学校を休んだ。幸いすぐに治って学校に戻ったのだが、戻ってみるとどうも見える景色がそれまでと違う。外に出ると、ビルの建設現場の出稼ぎ労働者たちがアラブ首長国連邦の女性の衣装である黒い「アバーヤ」を着ている私をじろじろと見るし、学校に行けば子どもたちは知っている限りのアラビア語や教えたばかりの日本語で、静かにしなさい、聴きなさい、席に着きなさい、と何度怒鳴っても大騒ぎで教室を走り回り、中には私のおかしなアラビア語の発音をあからさまに嗤う無礼者もいる。それでも同僚たちの仕事ぶりは学校の中だけ時間が止まったかのようにのんびりしていて、アラビア語で繰り広げられる休憩時間のおしゃべりは相変わらず笑いが絶えず楽しそうだが、楽しそうだということ以外私にはさっぱりわからない。来たばかりの頃のように何の話をしているの、といちいち訊ねるのも何だか申し訳ないような気分になって、三月だからもうすぐ日本は桜が咲くなあ、などとぼんやり考え始めると、渡されたカップに残る甘いミルクティーはどんどん冷めてゆく。数日前まであんなに楽しかったのに、どうなっているんだろう、これは。まるで悪い魔法か何かにかかったみたいじゃないか――。
 そんな時にサルマ女史から聴いた、らぁすあぁるはぁいま、という何やら呪文のようなその響きに少々面食らい、それはどこですか、と訊ねる私に、サルマ女史はもう一度きれいな巻き舌でらぁすあぁるはいま、と言ってみせてから、
「私の家の別邸があるのだけれど、とてもきれいなところなの。母とよく週末を過ごすのよ。きっとあなたも気に入るわ」
と白い歯を見せて笑った。
「二日分の着替えを準備して待っていてちょうだい、迎えに行くから。」


 年の頃は四十になるかならないかのサルマ女史は、御年八十になる母君と二人で暮らしている(とはいえ同じブロックに兄弟や親戚の多くがそれぞれの屋敷を構えて住んでおり、一日中誰かしらが訪ねてきていて非常に賑やかなのだが)。サルマ女史の一族は国内外にいくつも別邸を持っていて、中でもラス・アル・ハイマにある別邸はサルマ女史とその母君のお気に入りなのだという。
 言われた通りに二日分の着替えを小さな鞄に詰めてサルマ女史と、その母君と一緒に向かったラス・アル・ハイマは、アブダビから自動車で三時間ほどのところにある小さな街であった。すぐ向こうは隣国オマーンである。私が訪ねた時期は既に荒涼とし始めていたが、広がる石だらけの砂漠は冬になると雨が多く降り、一面が緑で覆われる。街の中心部にはアブダビやドバイにあるような近代的な建物は少なく、道路沿いに石造りの小さな家々やペンキの剥げかけた看板を掲げる小さな商店が慎ましやかに並んでいる。そして、古いモスク。あちこちに放し飼いの羊や山羊や驢馬や家鴨、そして駱駝が歩いていて、ナツメヤシの実を栽培している農園のゴミ捨て場を漁ったりしている。車道にはあちこちに、「駱駝に注意」の標識が立っていた。
 やはり慎ましやかだけれど庭も屋内もよく手入れされているラス・アル・ハイマの別邸に滞在している間、サルマ女史の母君は、言葉の通じない東アジア人である私をとてもあたたかく気遣ってくれた。
――お茶を飲みなさい、お腹は空いていないかい。これを食べてごらん。よく眠れたかい――? 

 母君は英語がわからないので、いつも傍らにいる娘のサルマ女史が通訳である。通訳をするサルマ女史はいつも学校で着ている真っ黒な「アバーヤ」を着ることはなく、鮮やかで大きな花柄の、ゆったりとした長衣を着ている。学校での優しいけれどきりりとした姿はそこにはなく、大きな花模様に負けないぐらいよく笑った。
「亡くなった父が仕事で何度か日本に行ったことがあって、よく日本の話をしていたの。母はね、ずっとあなたに会いたがっていたのよ。」
 昼食は、二日間とも車を運転してきたインド人の運転手さんの奥さんとその子どもたち、スーダン人のメイドさんたちも一緒に囲んだ。大皿に盛られた鶏肉の煮込み料理や魚の揚げ物などを、各々が自分の皿に取り分けて食べる。午前中に農園で採って来たばかりの野菜でつくったサラダにはヨーグルトをかけて食べるのだが、小さな子どもたちはそのヨーグルトばかり食べようとするので、サルマ女史にお野菜もちゃんと食べなさい、とたしなめられたりする。食事が終わると、大人たちは庭の木陰に座り、子どもたちが遊ぶのを眺めながらゆっくりとお茶を飲むのだった。日差しは少し強いが木陰は十分大きくて、そこに吹く風はさわやかである。名前はわからないが、鳥がよい声で啼いている。私にミルクティーを注ぎながら、サルマ女史が言う。「私はアラブ以外の生活についてはよくわからないけれど、こうやってお母さんやお友だちと、のんびり過ごすのが好きだわ。アッラーにお祈りをして、みんなで食事をしたり子どもたちの世話をしたりして過ごすのが、何よりも好き。私たちの生活は、とっても単純なの。お金が無かった頃からね。」
 サルマ女史の着ている長衣の大きな花模様が、風に靡いて柔らかく揺れた。何だかすっかり嬉しくなった私は、それから甘いミルクティーを二杯、おかわりした。


アブダビ通信5写真

※このエッセイは「短歌往来」2010年1月号から8月号にかけて連載されたものです。本稿は今回の掲載にあたり、一部書き改めました。






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