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神の忠実なる僕~アブダビ通信④~

 アブダーラの詳しい生い立ちや毎日の生活について、私はほとんど知らない。彼は、私が勤めているアブダビの公立小学校に長いこと住み込みで働いている用務員さんである。
 私がアブダーラについてわずかに知っているのは、彼がインド人であること、イスラム教徒であること(註:2001年国勢調査によると、インドの人口の13.4%はイスラム教徒。2011年現在では14.2%)、そして、学校で誰よりもよく働くひとである、ということ。
 年齢は五十二、三歳か。いつも黒いスラックスにぱりっと糊のきいた白い上着を着て、頭にはイスラム教徒の男性の間では一般的な、ミルクパンをちょっと浅くして逆さにしたような形の、白い帽子を被っている。その帽子を取ると、髪の毛の薄い頭にピンポン玉ぐらいの大きさのこぶがある。履いている黒い革靴は、いつもピカピカに磨かれている。毎朝出勤すると、いつも同僚の教師たちの車や子どもたちを乗せたスクールバスを誘導している。
 同僚たちがアブダーラ、おはよう、と声をかけると、その眉毛の濃い生真面目な顔が一瞬緩み、穏やかな笑顔と共に大きく両手を挙げた挨拶が返って来る。その時にアブダーラが敢えて顔を下に向けて女性である私や同僚と視線を合わせないのは、彼が敬虔なイスラム教徒であればこそである。
 学校は男子校であるが、教職員は校長のサルマ女史を始め全員女性で、男性はアブダーラただ一人である(正確にはもう一人警備員の若い男性がいるが、彼は校舎の中には入らない)。 
 ――アブダーラ、今日九時にお客様が見えるから、着いたら校長室にお通ししてちょうだい。アブダーラ、エアコンが動かないのだけれど、業者さんを呼んでくれる?アブダーラ、教室の鍵を家に忘れてきてしまったの。(スペアキーで)開けてくださる?アブダーラ、壁に釘を打ってこの絵を飾ってくれない?アブダーラ、メイドさんたちに教室を掃除するように言って。アブダーラ、この荷物を教室まで運んでくださいな。アブダーラ、教室の蛍光灯が切れたわ。アブダーラ、この本棚とテーブルはもう使わないから処分してね。アブダーラ、アブダーラ――。
 寄せては返す波のように一日中続く様々な注文に、アブダーラは毎回「ナアム(アラビア語ではい、の意味)」と礼儀正しく答え、一つひとつを黙々とこなしていく。ありがとう、いつも助かるわ、と礼を言われると、アブダーラはやはり両手を大きく挙げて、なあに、お安いご用ですよ、というように穏やかに微笑んで見せるのだった。


 いつも休憩時間になるとお茶を飲みながらにぎやかにお喋りをしては屈託なく笑っている同僚の教師たちが、皆一様に悲しそうに表情を曇らせていたのは、昨年末(註:2009年)のことである。どうしたの、と訊ねると、口々に言う。サイトウはまだ聞いていないの?アブダーラが。アブダーラが、この学校を辞めさせられるかもしれないのですって。ひどいことだわ。あんなによく働いてくれるひとはいないのに。今みんなでそれを話していたのよ。     
 公立学校の用務員は、高校卒業以上の学歴をもっていなければならない、という新しい法律か何かが、どうやら急に通達されたらしい。アブダーラは、残念ながら中学校までしか出ていなかったのである。現在アラブ首長国連邦では、国民の労働力を強化するためにできるだけ自国民を雇用しようとする対策が進められている。現在はアブダビの豊かなオイルマネーの恩恵で労働力のほとんどを外国人に頼っているが、やがて石油資源がなくなった時にはそれもできなくなる。その時に早めに備えようとしているのだ。アブダーラはインド国籍だから、そんなこの国の政策も微妙に影響しているのかもしれなかった。
 その日の授業を終えた後、校長のサルマ女史に、本当ですか、と訊ねに行くと、いつも笑顔の美しいサルマ女史も、やはり元気がない。本当なのだ。冬休み中に辞めさせなくてはならないらしいの。今エデュケーショナル・ゾーン(教育委員会)にアブダーラだけは何とかならないかと訊いているのだけれど、用務員さんはエデュケーショナル・ゾーンの管轄ではないし、難しそうなの。神様にお祈りするしかないわね。
 外に出ると、アブダーラはスクールバスや迎えの車を待つ子どもたちが飛び出しそうになる度に、こら、飛び出してはだめだ!あぶない!と叱りつけているところだった。本当に、このアブダーラがいなくなってしまうのだろうか。
 校門の傍には、いつもアブダーラが一人で寝起きしている、家というよりも箱、と呼んだ方がいいような、小さな小さな家がある。その小さな家の小さな扉はいつも開け放されていて、奥にはやはり小さな、しかしきちんと片づけられた炊事場。その隣に、二槽式の古ぼけた洗濯機、そしてアイロンとアイロン台。アブダーラがいつも身につけている帽子や、真っ白でよくアイロンが掛けられた上着やスラックス、そしてピカピカの革靴は、全てここで、アブダーラが一人で準備してきたのだ。毎日、何年も、何年も。冬休みが明けたら、本当に本当に、アブダーラはいなくなってしまうのだろうか。私と同僚たちはその日、アブダーラにいつものようにさようなら、と手を振ることができなかった。


 冬休み明け初日。アブダーラどうなったかな、と心配する同僚と共に学校へ行くと、果たしてアブダーラは、いた。冬休み前と変わらない、眉毛の濃い生真面目な顔で。車のドアを閉めるのももどかしく同僚と二人で駆け寄ると、アブダーラはいつもと同じように両手を挙げ、顔をしわくちゃにしながら、言った。サルマ校長先生が、上の偉いひとに私が残れるように頼んでくださいました。祈ったら神様が、助けてくださいました。ありがとうございます、ありがとう、ありがとう。
 アブダーラ。彼の名前はアラビア語で、「神の忠実なる僕」という意味である。

※このエッセイは「短歌往来」2010年1月号から8月号にかけて連載されたものです。本稿は今回の掲載にあたり、一部書き改めました。



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