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落としもの (後編)

 ある日、従業員用のバックヤードの通路に落ちていた、1万円札を拾った。
休憩時間が減るなと思いながら、仕方なくデパートの事務所へ届けた。

 翌日の夕方、店長と商品の前出しをしていると
「一ノ瀬さんって人、いますか?」
と声がした。
振り返ると、20代前半とおぼしき男子3人組が、両手に白いビニール袋をぶら下げて立っていた。

健康食品が似合わない、元気いっぱい男子の登場におののき
「わ、わたしですが?・・・」
と慌てて答えると
市原隼人似の硬派系男子が、ひとり進み出た。

「オレ、昨日1万円落として、給料前で落ち込んでて。もう戻ってこないと思っていたから!拾ってくれてありがとうございました!お礼にパン食べてください!」
3人の両手にぶら下がっていた袋の中身は、全部パンだった。

「あーそうですか。どうもありがとう」
予期しない出来事にびっくりしたわたしは、間の抜けた返事をして、パンの袋を、店長と一緒に受け取った。
「本当に、ありがとうございました!」
部活の後輩か!と突っ込みたくなるような90度のお辞儀をして、笑顔で去っていく男子たち。

ボカンとしている私に、店長が笑いながら
「こんなに大量のパン、フツー買うか? っていうかフルーツじゃないんだ。まあ、あの店高いしね。あはは」
きょとん?としている私に
「あの人、フルーツ売場のヤンキー兄ちゃんだよ。ああ見えて、律儀なんだね~」
と言って、まだ温かい袋の中をチラッと見た。

 
 帰りの電車の中は満員だった。両手に抱えた袋から、パンのむせかえるような匂いがして、周りからジロジロと見られた。
(そんなにクロワッサン好きなの?!)
と思われているんじゃないかと、顔が熱くなる。

降りる駅が近づくにつれ、だんだん冷静になってきた。
(拾ってくれてありがとう、言っていたけど。どちらかというと、届けてくれてありがとう、じゃないかな)
そして、なんだか可笑しくなってきた。
(あのお兄さんのファンになる気持ちが、わかる気がする。
・・・わたし、すごい拾いものをしたのかも!)

 家路を急ぐ人の群れに押され、駅のホームに降りた。
初秋のひんやりとした風が、火照った体に心地よかった。

おわり

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