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【小児の心停止現場】消防士時代の話

消防士2年目の6月。

時々救急車に乗るようにもなった。
僕が救急車に乗るときは基本的に心停止が予測される事案のみ。

いわゆる心臓マッサージ係だ。

何件も出動し、何人も心臓マッサージをしていたが、ほとんどが高齢者だった。

免許取得の時に心肺蘇生法は習うかと思うが、
「おおむね5㎝沈むほど強く圧迫しましょう。」
と教えられたと思う。

そう簡単ではないのだこれが。

思ってるより強く押さないと有効な心臓マッサージにはならない。

高齢者は胸骨が平気で折れてしまう。
胸骨が折れる感触は退職した今も覚えている。


そのような現場にも慣れてきた頃。

仮眠中に突然の出動指令。
眠い目を擦りながら腕時計を見ると朝の4時半。

「また高齢者の事案かな?」
なんて思いながら救急車に乗りこんだ。
指令書に記載された住所に道案内をしていると
指令センターより無線が入る。

「5歳男の子。現在CPA(心肺停止)。母親により
CPR(心肺蘇生法)実施中。どうぞ。」

耳を疑った。
正直その瞬間から現場に着くまでの記憶がない。
なぜなら5歳の子供に心臓マッサージをすることを1㎜も想定していなかったからだ。

千葉には3人の弟がいた。
10歳下、12歳下、13歳下の4人兄弟だ。

その一番下の弟(当時7歳)とあまり変わらない年齢が無線から聞こえた瞬間弟の顔がよぎった。

「5歳?今5歳って言いました?」
そう聞いたことと、5歳と聞いて救急車内の空気が一瞬にして張り詰めたことは覚えている。

現場に着くと母親が必死に叫んでいた。

「〇〇君!!頑張って!!!!」

そう言いながら朝方の薄暗い子供部屋の中で
5歳のまだ幼い小さな体に心臓マッサージをしていた。

すぐさま母親と代わり救命活動を行った。
両手で押すには小さすぎる体。
片手で押すが目の前には弟と同じくらいの子供。
手に力が入らなかった。

やるしかなかった。
ほんの一瞬の躊躇が命を終わらせてしまう。
無我夢中で活動していた。

救急車には母親とその子供のお姉ちゃん
(7歳くらい?)が同乗し病院へ向かった。

道中も母親は目に涙を浮かべながら懸命に息子を励ましていた。

病院では時折心臓マッサージを手伝ったがほとんど見守っているしかなかった。

鳴りやまない心停止を知らせるアラーム音が鳴り響く中、その子の蘇生を必死に願っていた。



結局その子が蘇生することはなかった。

お医者さんが母親に救命処置の終了を告げると
母親は泣き崩れた。

通報の前の日からその子は高熱を出していた。
近所の小児科に行くとマイコプラズマ肺炎かもと言われ翌日に大きな病院へ連れていく予定だった。

熱が下がらない我が子に何かあったら困ると夜通し母親は看病していたのだ。

3時半ごろにふとその子の横でうたた寝をし、
1時間ほど経ち目を覚ました時にはすでに
息をしていなかったのだ。

「ごめんね…ごめんね…」

そう言いながら亡くなった息子の手を握る母親の姿。

誰も悪くない。
病というのは時に無情に命を奪う。
神様はなんていじわるなんだと思うほどに。
誰も悪くないはずなのに罪悪感が襲ってくる。


20歳の千葉は無力を知った。
初めて助けられなかった悔しさを痛感した。
ましてや弟と同年代の幼い命。
母親はきっと自分を責めてしまうかもしれない。

もし寝てないでちゃんと見てあげられていたら…
昨日のうちに大きな病院に連れて行っていれば…

助けてあげられてたらそんな思いをさせることもなかった。

帰りの救急車内でそう考えていると悔しくて涙が止まらなかった。

一生忘れない出動だった。


消防士にとってはまた次の現場で救えるようにと訓練したり勉強したりできるかもしれない。

だがその家族に""という選択肢は一生来ない。

そう考えると100件の出動の内の1件ではなく
1件1件が本当に勝負であり
その積み重ねが100件になるだけだ。

こなすような姿勢で現場に向かってはいけない。

119番通報なんて人生で1回あるかどうか。
そんなピンチの時に呼ばれて行くことに
責任感をもっと持たなければいけない。

しょうもない出動も確かにある。
だけど適当にはなってはいけない。

なぜなら消防士は子供達にとって
ヒーローなのだから。

ヒーローが手を抜いてはいけない。

そんなかっこいい消防士が多くなればいいなと今は思う。

あとがき

ふと弟達を見るといまだに現場を思い出す。

あの子は今頃こんなに大きくなってたのかな。

なにかスポーツ始めてたのかな。

弟と一緒に遊んだりすることもあったのかな。

当時は弟が寝ていると息をしているのか不安になった。
さすがに今はそんなこともないが。

いずれ自分の子供ができたりしたときにはまたそんな不安を抱えてしまうのかもしれない。

この不安や、救えなかった罪悪感は
きっと一生消えない。

だからこそお子さんがいる方は本当に
"今この瞬間"のお子さんとの時間を
心から大切にしてほしい。

そんな思いでこの日の話を書きました。



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