見出し画像

ジェニファー・テイラー『The Architecture of Fumihiko Maki (槇文彦の建築)』


Jennifer Taylor, The Architecture of Fumihiko Maki : Space, City, Order and Making, Birkhauser, 2003


槇文彦先生についての研究本です。2003年発刊の英語本です。


ありがとうございます。。

空間(Space)、都市( City),オーダー( Order)、製作(Making)、そしてWeaving(紡ぐ)をキーワードに、日本モダニズムの巨匠の建築の真髄をたどります。

表紙カバーの内側の表紙には、Collective form (群造形)が。

槇1

メタボリズム時代の記憶がこんなところに隠されていました。

槇先生といえば、個人的にもっとも親しみがあるのは、三田の慶應義塾の新図書館です。

IMG_9020のコピー

エントランスの吹き抜けが新鮮な光をにじませていて、秩序だった空間の中に、穏やかでのんびりと心休まる空気が生まれていました。

美術本のある地下2階にとじこもり、本棚をあっちからこっちまでながめまわして楽しんでいた記憶があります。当時はインターネットもほとんどなく、ギョーカイでバイトする友達が大きな携帯電話をもっていて、すこし遠目に、羨望の目で眺めたような時代です。

画像3

旧図書館のほうは、当時は洋書が多く入っていて、卒論を書くときに、急勾配の階段をのぼったり降りたりしました。新図書館は1985年から加わったので、ひと世代上の塾員の諸先輩にとっては、こちらが「図書館」であったと聞きます。わたしの頃の旧図書館はほとんどひとけがなく、レア本が多くある、より人里離れた象牙の塔でした。

三田キャンパスはこじんまりとしていますが、文化と野生を共存させる、なんともチャーミングな学びやでした。桜田通りの喧騒から、いまはなき幻の門をめざしてのぼる石段や、生協や三田文学の編集部ビルにつながる裏手の坂道など、起伏の中にむき出しの自然があり、学生はこうして、表面的な知識以上のなにかを、吸いこめるのだと思います。

文学部の学生は3年間を三田で過ごすのですが、土曜日も講義があったので、週に5〜6日は三田にいて、友達と遊んだり、美術館や買物に繰り出したり、この頃は、なんだか楽しかった記憶しかありません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?