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私と彼と、日々の欠片はおいしいごはん


 私には付き合って二年になる彼がいる。
 特徴といえば真っ黒の癖毛と信じられないくらい細い身体、ついきゅんとしてしまうような笑顔で、職業は料理人。
 今は料理とは違うお仕事をしているけど、でも彼は本質的に料理人という生き物なのだろうと思うことが、日常で多々ある。

 私はいつも怠惰な女で、好きなものは美味しいものと猫と眠ること、の典型的な文学者気どりの女だ。お菓子を作るのはちょっとばかり得意だけれど、日々のご飯は適当に作るのでたまに失敗する。

 私と彼と、この間一歳になった黒猫とで、眠ることが大好きな三人暮らし。

 猫はいつも同じカリカリを毎日気ままに口にするけど、私と彼は割とグルメな方なので、毎日違うものが食べたくなる。

 グルメな私たちはでもお金のない若者で、必然と特別なランチやディナーは我らの愛の巣で行われる。

 幸いにも私の彼は料理人なので、和食から簡単なフランス料理までなんでもござれだ。

 だから私は、いつも甘えてその時食べたいものを強請る。


 私はいつも夢見がちな女でもあるので、はやく結婚したいなだとか、子供は二人欲しいなだとか、もうすぐ公開のあの映画がはやく観たいななんて隙さえあれば考えている。

 でも彼はどんな男もそうであるようにロマンティストの現実主義者であるので、そんな私の夢をこっぱみじんに砕いてゆく。

  何よそんなに言わなくても

  でもそれは、今は現実的じゃないし

  ならそっちの考えは現実的なの

  それはまぁ、分からないけど

 そんなふうに、ありふれた毎日の中で喧嘩することはままある。

 でも、私が泣き喚いて叫んで、彼がため息を吐きながら煙草を吸いにベランダに出るような、どれだけ酷い喧嘩をしたって、一緒に食事をせねばならない。だって一緒に暮らしているんだもの。

 私たちの生活には食事があって、どれだけ喧嘩をしても並んで食事をする。

 それはどんな醜い争いの後でも、甘やかな特別な日であっても。

 私と彼の思い出の中には、たくさんの「おいしい」がある。

 例えば、愛してるよの「タラとじゃがいものグラタン」。

 例えば、ごめんねの「特製ハンバーグ」。

 例えば、特別な日の「アッシェパルマンティエ」。

 例えば、お疲れ様の「私好みの甘い肉じゃが」。

 全部思い出で、全部現実だ。

 あの「おいしい」は、夢のように幸せな日々の思い出を現実のものとして教えてくれる、確かな印なのだ。

 料理は、私と彼と思い出を繋ぐ、大切な毎日の欠片だ。

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