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第100話「閃き」

前回、第99話「野戦築城魔法」

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 リンがナウゼの砲撃にさらされたのを見てイリーウィアの陣営は騒然としていた。

「イリーウィア様。イリーウィア様。リンが……、リンが吹き飛ばされて砲弾の雨の中に……。ああ……どうしよう」

 ユヴェンがすっかりうろたえきってイリーウィアに話しかける。

「おいおい。無茶苦茶な威力だな。審判はなぜ止めない。もう勝負ありでいいだろう」

 ヘルドが表向きだけ心配そうに言った。

「多分、審判にも戦況が把握できていないんだ。あの煙の量。闘技場にいる人間でも、中で何が起こっているかなんてわかりはしない」

 アイシャが言った。

「リンが窪みの中に落ちるのが見えました。結構深い穴でしたよ。瓦礫と土砂で生き埋めになったのかも」

 デュークもさすがに心配そうに言った。

「生き埋め……」

 ユヴェンが青ざめる。

「イリーウィア様。リンを早く助けないと」

「まだ審判は試合の終了を宣言していません。様子を見ましょう」

 イリーウィアは厳かに言った。



 ユインが客席から立ち上がる。

 エミルはそれを見て眉をひそめた。

「おい、どこに行く」

「決まっているだろ。帰るんだよ」

「まだ試合は終わっていないぞ」

「もう終わったようなものだ。ナウゼの砲撃に直撃した。リンにここから立ち上がる力はない」

「まだリンは戦っている」

「では大ダメージを受けた後にまだ手段があるのかい?」

 エミルは言葉に詰まる。

「そういうことだな」

 ユインは立ち去っていった。

「くそっ」

(手段があるかだと? 無いに決まってるだろ。まさかあんな化け物と一回戦で当たるなんて)

 エミルはリンに戦う術を教えたのを後悔し始めた。

 やはり彼に戦いを教えるのは無謀ではなかったのでは無いかと。

 彼女は心配そうに闘技場の方を見続けるほかなかった。

 できることなら彼女自身がリンを助けるために駆けつけたいくらいだった。

(リン、無事でいてくれ)



 ナウゼはもうもうと立ち込める煙を油断なく見つめていた。

 全ての砲撃が当たっていれば、とてもではないがリンの試合続行は無理なはずだった。

(審判が試合の終了を宣告しない。リンはまだ杖を落としていないということか)

 煙はたち消えることなく漂い続けている。

(これじゃリンがどうなったかわかりゃしない。不用意に撃ち過ぎたか)

 ナウゼはリンに回復し、反撃する時間を与えてしまっていることをじれったく感じながら、目を凝らして、煙が切れるのを辛抱強く待ち続けた。

(落ち着け。今ここで焦ってミスしたら元も子もないぞ。一発は間違いなく当たった。それなりの打撃は与えられたはず。慎重に進めるんだ)



 リンは赤い壁にもたれかかりながらうずくまっていた。

 リンがかろうじてダメージを軽減できたのは吹っ飛んだ際に削り跡にうずくまってナウゼの2発目以降の鉄球の直撃を避けられたためだった。

 リンはナウゼの砲撃によって瓦礫と砂埃、粉塵が舞い散り、今にも覆いかぶさってくるのではないかと戦々恐々としながらうずくまり、嵐が止むのを待ち続けた。

 ナウゼの砲撃が途切れるや否や、リンは砲撃によって生じた煙に乗じてナウゼの構築した壁の後ろに逃げ込む。

 それまでリンのいた場所に瓦礫がおいかぶさる。

 間一髪であった。

「ガハッ。ケホッ」

 リンは咳き込んだ。

 原因は煙だけではなかった。

 口の中に血の味がする。

 肺から出血しているようだった。

 ナウゼの砲撃は城壁塗装を剥がすだけでなく、リンの肉体へも衝撃を与えていた。

 衝撃は骨に響き、内臓まで到達している。

(アバラ折れちゃってるかな)

 リンは朦朧とする意識の中、杖だけは離さないようにと、しっかり抱え持っているとナウゼの声が聞こえてくる。

「おーいリン。聞こえるか? まだ戦うつもりかい」

 先ほどまで朦朧としていた意識が回復してくる。

「もう実力差はわかっただろう。君はよく頑張ったと思うよ。降伏したらどうだい」

 ナウゼが心理的に揺さぶろうとしているのは明らかだった。

 しかしそれはかえってリンの意識を覚醒させた。

 闘志が蘇ってくる。

「大丈夫かね?」

 煙状になった審判がリンのそばに寄ってきて話しかける。

「はい。大丈夫です」

「棄権するかね?」

「リン。もういいだろ。僕に対して一矢報いて一時でも互角に戦ったんだ。君は十分頑張ったよ。お互いこれ以上苦しむ必要はない。もうやめなよ」

 ナウゼの声が聞こえてくる。

「続けます」

 リンは審判に向かってはっきりと答えた。



(チッ。揺さぶりには乗らないか。しかし煙はもうすぐ晴れる)

 ナウゼは煙が晴れるのに備えて杖を構えた。

 壁を動かす準備をする。

(煙が晴れた)

 ナウゼが壁を動かそうとしたその時、リンが飛び出してくる。

 加速してまたナウゼの死角に入り込もうとした。

(っ。まだ加速する余力が残っていたのか)

 ナウゼは慌てて防御体制に切り替える。

 しかしリンの方は一杯一杯だった。

 加速の反動で胸が締め付けられるような苦痛に襲われる。

(ぐっ)

 リンは止まりそうになるのをなんとか根性で耐え走り切る。

 なんとかナウゼの作った壁の後ろに滑り込む。

 しかし上手くブレーキできずに数メートルほど転がってしまう。

 擦り傷だらけになって胸の痛みも増してくる。

「ゲホッ」

(ダメだ。これ以上はとてもじゃないけれど加速できない。どうする?)

 一方でナウゼはナウゼでリンの行動を警戒して、次の行動に移る二の足を踏んでいた。

 これは彼の長所でもあり、短所でもあるのだが、少しでも不安要素があるとどれだけ有利な展開であっても慎重な選択をしてしまう所があった。

(壁の後ろに行ったきり動きがない。もう加速できないのか? それとも何かの罠? いい加減な予測で戦っていい相手じゃないぞ)

「チッ。ならこれでどうだ」

 ナウゼは目の前の地面を砕き『位相魔法』を封じた上で、壁の両側の地面を丹念に砲撃した。

 窪みと瓦礫の山ができてとてもではないが加速移動することはできないようにする。

(これでもう加速魔法で逃げることはできない。壁をどければ撃ち合うしかないだろ)

 ナウゼはそれでも慎重にゆっくりと壁をズラして向きを変え始める。

 リンは壁にもたれかかって息を整えながらも、少しずつ壁が動いているのを感じていた。

 石版がめくれ瓦礫が吹き飛んだ両側を見やる。

 もはや加速魔法で死角に入ることもできない。

(万事休すか。こうなったら一か八か。特攻するしか無い!)

 リンが覚悟を決めようとすると胸元にぶら下げていた『リドレの魔石』の紐が切れて地面に落ちる。

「あっ」

 リンは慌てて拾った。

 友達の形見をこんな所で無くすわけにはいかない。

(ふー。危ない危ない)

 リンはポケットに魔石を入れた後である考えが閃く。

(待てよ。大量の水を蓄える『リドレの魔石』……。そうだ)

 リンは再びポケットから魔石を取り出す。

(上手くいくかどうかわからないけれど、試してみるしかない)

 リンは魔石を地面に向かって叩きつけた。

 魔石が砕け大量の水が一挙に溢れ出してくる。



 ナウゼが壁をゆっくりとズラし今か今かとリンが出てくるのを待っていると、突然どこからともなく水が湧き出して足元に流れ込んでくる。

「なっ、なんだこれ?」

 リンは妖精魔法で水を操り、一時、闘技場に薄い水の膜が張ったような状態になる。

「足を取ったつもりか? こんなことしたところで……」

(いや違う。これは目眩し)

 ナウゼの耳が上空からの風切り音をとらえる。

 上空に目を向けると鉄球がこちらに向かって飛来してくるところだった。

「やっぱりか。悪あがきを!」

(おそらくあれも目眩しだろ。本線はこちらの視線を上下に揺さぶってからの特攻!)

 ナウゼは鉄球に気をとられることなく、リンのいる方向へ視線を戻した。

 鉄球が落ちてくる。

 ナウゼは視線を動かすことなく鉄球を杖で払った。

 不発だった。

 壁が完全にどかされる。

 リンは口元に血を滲ませ、両腕をだらりと垂らした状態で立っていた。

 ナウゼはその様子を見てニヤリと口元に笑みを浮かべる。

「ようやく諦めたか。これで終わりだ」

 ナウゼの杖の先が光り、鉄球が生成されていく。

「ナウゼ。捕まえたよ」

「? 何を言って……」

 そこまで言ってナウゼはハッとした。

 リンの指輪から光が地面に向かって伸びている。

(しまっ)

 ナウゼが『位相魔法』を封じるために砕いておいた地面は『リドレの魔石』から出た水によって満たされ、そのデコボコを埋められていた。

 再び二人の間に平面が現れる。

 光の線路は窪みを埋めて水平になった水面の上を淀みなく走り、二人の間をしっかりと繋いでいた。

 ナウゼは急いで水面を叩き、光を途切れさせようとする。

 しかしリンによって移動させられる方が早かった。

 ナウゼは自ら構築したゴムの壁の上に立たされる。

 光の線路は直角に折れ曲りながらも壁のツルツルした平面を途切れることなく走っていた。

 振り下ろした杖はあえなく跳ね返される。

(地面を……破砕できない)

 ナウゼは急いで『野戦築城魔法』を解こうとするが、それよりもリンの鉄球が飛んでくる方が早かった。

 鉄球はナウゼの杖ごと彼の腕をへし折る。

『野戦築城魔法』が解け、光の線路は拡散する。

 ナウゼは足場を失い、落下する。

(そんな……)

 ナウゼは絶望の中落下しながら、観客席から沸き起こる怒号と歓声、叫び声がこだまするのを聞いていた。

 地面に叩きつけられて、意識が遠くなっていく。



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次回、第101話「貴族の誇り」

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