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第39話「イエローゾーン」

前回、第38話「二日目の組み合わせ」

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 先遣隊二日目。

 各ギルドが出発の準備や支度を始めるが、早いところは朝食を食べ終わるや否や続々キャンプ地を出て森に入り始めた。

 リンはティドロの後についてキャンプ地を出た。ティドロはイリーウィアと違ってリンの歩幅に合わせてくれなかった。リンは自分より体格の大きいティドロについていくため早足にならざるをえなかった。

 ティドロはキャンプ地を出るとすぐに茂みの中に入り込む。リンも慌ててティドロの後を追った。ティドロは森の中をスイスイと進むんで行く。イリーウィア同様森の木々に道を開けさせることができるようだ。ただし彼の場合、木々が好意的にティドロに道を開けるというよりも、木々はティドロの魔力に怯えているようだった。ティドロの威圧的な魔力に木々は限界まで身をしならせて道を開けた。リンは木がこんなにも身をしならせることができるのかと驚いた。木々はまるで人間が腰をひねったり背中を反らせるようにその身をしならせて見せた。森一帯に不穏な空気が伝染する。リンも少しティドロのことが怖くなってきた。

「リン。大丈夫かい?」

 リンが森を進むのにモタモタしているとティドロが声をかけてくる。

「ええ、大丈夫です」

 そう言いつつもリンは息を切らしていた。

 ティドロのペースに参っていたのだ。

「まだ魔獣学の授業を受けていないんだろう?僕のすぐ後ろからついて来ればいい。そうすれば速く進むことができる」

「あ、そうか」

 確かに森の木々はティドロを避けているのだから、後ろについていけばリンもスムーズに進める。リンにもその考えが浮かばないわけではなかったが何となくティドロの後ろについていくのは憚られたのだ。しかしこうして言われたからには断るわけにもいかなかった。

「さあ、先を急ぐよ」

「はい」

(随分急ぐんだな)

 リンには次のキャンプ地までの距離を考えればそこまで急ぐ必要はないように思えた。しかしティドロに対して口答えするのはやはり憚られた。二人は早足に茂みの奥へと進んでいく。



 ずしりと重たげな音を鳴らしてキマイラはその巨体を横たえた。

 倒したのはティドロだ。

 リンとティドロはキマイラに遭遇していた。

 遡ること10分ほど前、森を歩いていると二人の指輪が光り持ち主に危険が迫っていることを警告する。リンはティドロに相談しようとしたが、それより先にティドロは走り出した。彼はキマイラの位置を瞬時に補足する。キマイラは人間の匂いから近くに獲物がいることを認識してキョロキョロと周りを見回していたが、ティドロはキマイラがこちらを認識する前に魔法を放った。キマイラは自分でも気づかないうちに絶命してしまう。

(す、すごい)

 リンにはティドロがどうやってキマイラを倒したのかすら分からなかった。

 リンはティドロがキマイラの死体からアイテムを回収すると思い足を止めたが、ティドロは横たわる死体には目もくれず歩き出してしまう。

 リンは慌ててティドロの後を追った。

「ティドロさん。いいんですか。アイテムを回収しなくて」

「ああ、キマイラからアイテムを回収しても仕方がないしね」

「……そうなんですか?」

「そうだよ。君もマグリルヘイムの一員になりたいならキマイラを倒したくらいで満足していてはダメだ。もっと珍しいアイテムを手に入れなくちゃね」

「……」

 リンにとってキマイラは初めて倒した魔獣であっただけに少し落ち込んだ。

(イリーウィアさんは上出来だって言ってくれたんだけれどな……。ティドロさんは違う考えなのか)

 しかし落ち込んでばかりはいられない。新しいことを学ばねばならない。ティドロはわざわざリンのために経験を積ませてくれているのだ。その厚意を無下にしてはいけない。リンはその一心でティドロの後について行った。

 しかしリンはティドロの行動を不審に思った。リンが出発前に見た地図の記憶が正しければ先ほどからどんどん次に行く予定のキャンプ地から遠ざかっているような気がする。たまらずリンは聞いてみた。

「あの、ティドロさん。僕たちはどこに向かっているんですか?」

「イエローゾーンだ」

「えっ?」

「ブルーゾーンにはもう既に希少価値のある魔獣やアイテムは存在しないことがわかっている。けれどもイエローゾーンにはまだ未開拓の洞窟や謎の多い魔獣が数多く存在する。17時には第二のキャンプ地にたどり着かなきゃいけないから大して奥深くまで行けないけれど、もしかしたら何か珍しいアイテムを手に入れることができるかもしれない」

「でも僕達はブルーゾーンの探索以外は禁止されているんじゃ……」

「構うことはないさ。時間までにキャンプ地にたどり着けばバレやしない。協会の管理なんてそんなもんさ」

 リンは少し困惑した。そんな風にルールを破っていいのだろうか。しかしティドロに対してあからさまに反論するのは憚られたし、一人で離脱するのはさらに危険だった。リンはティドロに黙って付いて行くほかなかった。



 リンとティドロはブルーゾーンとイエローゾーンの境に来ていた。密林でつながっているブルーゾーンとイエローゾーンだが、ここからがイエローゾーンだという区切りは一目見てすぐに分かる。木々の色彩が青色主体から黄色主体にはっきりと変わっているからだ。ブルーゾーンとイエローゾーンの境目には青と黄色の木々が入り混じって生息している。一見色鮮やかな情景だが、ここから先はさらに危険度が高くなるという明確なサインでもある。

 それはティドロのより引き締まった表情からも読み取れた。さすがのティドロも緊張しているようだ。額にはうっすら汗がにじみ出ている。リンの衣服に潜り込んでいるペル・ラットも怯えからか震えている。

「リン。これからイエローゾーンに入る」

「はい」

「そこで入る前にもう一度注意事項を確認する。よく聞いて頭に入れておいてくれ」

「……はい」

「ここから先はいくら僕といえども君をフォローしながら今までの速さで移動するのは危険だ。ヴェスペの剣でも倒せない魔獣もいる。だから周囲を警戒しながらゆっくり歩く。君もなるべく僕から離れないようにしてほしい。

 イエローゾーンは地図の現在地表示も当てにならなくなる。だから確実に迷わないようにするには一定距離ごとにマーキングしながら進まなくてはいけない。本来は一人が周囲を警戒してもう一人がマーキングをするのが基本なんだけれど、今日は僕が全てやる。とにかく君は僕から離れないようにすることに専念してくれ。

 もしはぐれた場合、発煙筒をためらわずに使うように。発煙筒は持っているよね?

 魔獣に遭遇して戦闘になったら僕の後ろに隠れつつも杖一本分の距離を保つんだ。それから……」

 ティドロはさらにいくつかリンに心得を授けた。リンはガチガチに緊張してしまっていた。

 ティドロもリンの強張った顔を見てさすがに優しい笑顔を浮かべる。

「大丈夫だよ。僕は何度もイエローゾーンに入っている。レッドゾーンに行ったこともある。よほどの事がない限り危険なことはないよ。僕のことを、何より自分のことをもっと信じて。君は経験を積むためにここにいるんだ。危険を回避するために注意ごとは守らなければいけないけれど、意欲は捨てないでなるべく多くのことを学んでくれ」

「はい」

 リンは初めてティドロに優しく声をかけられたことにホッとした。

 リンからすれば魔獣よりも先ほどまでのティドロの方が怖かった。



                     次回、第40話「秩序と才能」

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