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第11話「薄笑いの少女」

前回、第10話「正しいお金の使い方」

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 リンとテオはいつも通り仕事の休憩時間に安食堂に来ていた。レンリル最安値の食堂”キッチン・グモリエ”は今日も混んでいる。リンとテオは空いている席を探してみるがなかなか見つからない。完全にお昼の席取り競争に出遅れてしまったようだ。

「リン!テオ!こっちだ」

 リンとテオを呼ぶ声が食堂の片隅から聞こえる。そこには真紅のローブを着た3人組がいた。背の高い少年がリンとテオに向かって手を振っている。

「アグルさん!」

 リンは3人組の方へ駆け寄っていった。彼らは自分達の席の他に二人分の空き席を確保していた。リンとテオのために席を取ってくれていたのだ。試験に合格して以来、二人は学院生である彼らと食事をとるようになり、可愛がられていた。



 試験に合格したリンとテオは4月から始まる学院授業までの間、仕事以外にやることがなくなり少し暇になっていた。

 そこでリンは以前から食堂でよく見かける真紅のローブの一団に話しかけてみることにした。彼らは学院地区からしばしばレンリルの街に降りてきて食堂で食事をとっていた。

 以前から彼らのことが気になっていたリンは思い切って話しかけてみた。

「あの、学院生の方達ですよね。僕も4月から学院に通うんです。良かったら一緒に食事しませんか」

 彼らは快くリンとテオを迎え入れ、そればかりか色々と面倒を見てくれた。そして今日もわざわざ二人のために席を取ってくれていたというわけだ。

「リン。こっちに座りなさい。テオ、あんたはあっち」

「はい」

 3人の学院生のうち、長い黒髪にスラリとした体型の少女、シーラがリンを自分の隣の席に、テオを反対側の席に座るよう指示する。リンとテオは素直にシーラの指示に従った。

「しかしお前ら大したもんだな。あの試験に一度で合格するなんて」

 がっしりとした体格の学院生、アグルが感心したように言う。

「いや〜そんな大したことないですよ」

 テオが愛想良く答えた。

「俺もシーラも2回は試験に落ちたんだぜ。一度で受かったのはエリオスくらいだよ。なあ?」

「運が良かっただけだよ」

 落ち着いた雰囲気の学院生、エリオスが話を振られて困ったように微笑む。

 彼がこのグループのリーダー格だった。彼の実力者でありながらそれを強く主張しない穏やかな雰囲気にリンは惹かれていた。

「とはいえ、大変なのはこれからだよ。学院の授業は一筋縄ではいかないからね」

「ま、エリオスは学院でも指折りの優等生だけどな」またアグルが茶々を入れるように言った。

「そうよ。あんたが学院の授業で苦労したところなんて見たことないわ。毎年単位でアップアップしてる私たちと違ってね」シーラがいじけたように言う。

「あんまり持ち上げないでくれ。まだまだなのは自分が一番よくわかっているよ。上には上がいる。テオとリンも学院に来ればすぐ分かるよ」

「おっ、そうだぜ。学院には凄い奴がいっぱいいるからな。お前ら覚悟しとけよ」

 アグルにはコロコロ意見を変えるところがあった。このあたり落ち着きのあるエリオスと好対照だ。

 テオがリンに目配せした。早く本題に入れと言わんばかりに。

「あの、僕調べたんですけれど学院では自分で授業を選ぶんですよね」

「おお、そうだよ。科目選択間違えるとえらい目にあうぜ」新しい話題になると何にでも飛びつくアグルがすぐに食いついてきた。

「シーラなんて。1年目で残念な授業とって大変な目にあったよな」

「やめてよ。思い出したくもないわ」

「特に課金の必要な授業には注意が必要だよ」エリオスが釘をさすように言う。

「課金? 学費以外にも余分に金とられる授業があるんですか?」テオが怪訝そうに聞く。

「ああ、学院の授業にはいろんなタイプがあってね。中には年間の学費だけでなく、追加で課金しなければ受講できない授業もあるんだ。ただこれが厄介でね。値段の割りに質の悪い授業もたくさんあるんだ」

「へー」

「1年目はとにかく追加料金なしの授業だけにしておくのが賢明だね」

「かと言って無課金の授業にも酷いのがいっぱいあるからな。シーラなんてこれまた2年目で残念な授業を取ってしまって……」

「もういいっての」

 シーラがアグルの肩を叩いた。

「基礎魔法関連の授業は早めに取っておいたほうがいいね」エリオスが話を戻した。

「おお、そうだぜ。基礎魔法は大事なんだよな」

「基礎魔法? なんですかそれ」

「現代魔法を司る最も基本的な5つの魔法体系のことだよ。光魔法、力学魔法、魔獣、金属魔法、精霊魔法。これらに関する授業は早めに取っておいたほうがいい。ほとんどは無課金の授業だし、これらの基礎がしっかりしていれば他の応用の授業も理解が捗るからね。1年目から取れる基礎魔法関連の授業は指輪魔法、妖精魔法、冶金魔法、質量魔法くらいかな」

(結構色々考えなくちゃいけないんだな)

 リンは学院に入りさえすればあとは授業を受けるだけと思っていたが、考えを改めなければならないようだった。

「リン、これ美味しいわよ。もっと食べなさい。テオ、あんたはもう十分食べたでしょ」

 シーラは料理の盛られた大皿をテオから引き離し、リンの皿によそう。

「あ、はい。ありがとうございます」

「あら、リン。口にソースがついてるわよ。とってあげるね。テオ、お前は自分で拭け」

 シーラはリンの口元についた食べ残しを自分のハンカチで丁寧に拭き取る。

 リンは顔を赤らめながらもシーラの厚意に甘える。テオには何にもしない。

 アグルはシーラの露骨な態度に眉をしかめた。

「シーラ。なんかお前テオに厳しくねえか?」

「リンに甘いとも言えるね」

 エリオスが付け足した。

「だってテオは可愛くないもの。それに比べてリンのいじらしさときたら」

 シーラはリンの頭を胸元に引き寄せて抱きしめる。

 リンは頭に柔らかいものを押し付けられるのを感じて顔を赤くした。

 シーラはまだ10代後半の少女だがリンから見れば十分大人の女性だった。

「えー、なんすかそれ。差別感じるなぁ」

 テオがおどけてみせる。

「そうだぜシーラ。年下に対して大人気ないぞ」

 アグルがテオに同調した。

 シーラは探るように目を細めてテオを見つめる。

「テオ、あんたは年下のくせに可愛くない奴よ。他の二人は誤魔化せても私の目は誤魔化せないから。あんたの生意気で小賢しい本性はお見通しよ。私達のこと大して尊敬していないでしょ」

「そんなことないっすよ。俺はシーラさんのことちゃんと尊敬していますよ」

 テオはそう言って笑顔を作ってみせる。だがその表情には隠し切れない不敵さが漂っていた。

「どうだか。怪しいものね」

 リンはシーラとテオのやり取りを見て内心ハラハラしていた。というのもシーラの言うことは図星だったからだ。リンは年上で学院の先輩というだけで無条件に彼らのことを尊敬していたが、テオはそんなことお構いなしだった。

 テオが彼らと付き合うのは学院でどの科目や単位が重要で、どうすれば有利に進学できるかを聞くためだ。

リンはテオが彼らのいないところで度々「あんな奴ら大したことない」と言うのを聞いていたのでそのことを知っていた。

「はっはっはっ。生意気で頼もしいじゃねーか。まだ学院にも入ってねーのに俺達を見下す後輩なんてさ」

 アグルが磊落に笑ってみせる。

「フン。まあいいわ」

 シーラはテオへ向けていた疑りの視線を逸らした。リンはホッとする。テオはしれっとした態度で食事を続けている。

(僕はテオに利用されてるな)

 リンもそう思わないではなかった。けれども別にそれでいいと思った。テオは単位のことが聞けて、リンは先輩に可愛がってもらえるし、友達のために便宜を図れる。先輩達も年下に慕われて満更でもなさそう。みんな幸せだ。だからそれでいいと思った。

「そろそろ時間だな」

 エリオスが呪文を唱えて腕時計を出現させる。午後の授業が始まるらしかった。5人はみんな立ち上がった。

「君達もこれから学院の入学式だろう?」

「はい。これから協会にローブを取りに行くんです」

「そうか。では途中まで一緒に行こう」

 リンとテオは協会まで3人組と一緒に行き、そこで別れた。彼ら三人は別のエレベーターに乗るようだった。

「リン。しばらくお別れね。寂しいわ」

 シーラが名残惜しそうにリンを抱きしめる。シーラがリンを特別気にかけるのは彼女の故郷にいる弟に似ているからだそうだ。リンもリンで彼女のことを慕っていたので抱きしめ返した。シーラは離れた後も寂しそうな顔でリンを切なげに見つめ続けた。いつも通りテオには特に何もしなかった。

「気にすんなよテオ。シーラも本当はお前のこと気に入ってるからよ」

 アグルがテオの背中を叩いて元気付ける。

「え?ああ、はい」

 テオもテオで特に気にしている様子はなかった。

「それじゃ僕たちは行くよ。リン、テオ。次は学院で会おう」

 エリオスが場を締めて3人は立ち去っていく。

 リンは3人の背中が見えなくなるまでしばらく彼らの立ち去った方向を見続けた。

 3人が見えなくなったところでテオはリンの方を振り返って言った。

「な? 大したことない奴らだろ?」

 リンは困ったような曖昧な笑顔を浮かべた。正直言って何が大したことないのかよくわからなかったが、とりあえず「そうだね」と言っておいた。



 リンとテオは教会の受付で学院生の証である深紅のローブを受け取る。二人は早速普段着の上から羽織り、金の留め金を留めてみる。初めて着たにもかかわらずローブは二人の体にぴったりと合った。どうやら魔法の力が働いているようだ。リンは学院の制服であるこのローブを着ただけでなんとなく大人に近づけたような気がした。これからはこのローブを着て塔内の至る場所を歩くことが許される。彼はようやく憧れの魔導師になるための第一歩を踏み出したのだ。

「じゃ、学院に行くか」

 リンとテオはいつも乗るのとは違うエレベーターに乗り込む。今まで乗っていた檻型のものとは違ってしっかりと四方が壁に囲まれた箱型のものだった。

 エレベーター内に設置されている魔法盤に手をかざすと手の甲が光り始める。エレベーターがリンを学院生であると認証した証拠だった。

「50階、学院入り口へ!」

 リンが呪文を唱えるとエレベーターは上方に向かって勢いよく動き出した。リンはこれから待ち受ける新しい生活に胸を躍らせながら50階に到着するのをじっと待った。



「ったく。なんでエレベーターがあんのにわざわざ階段なんて作ってんだよ」

 50階に到着した後、リンとテオは学院の入り口へと続く階段を上っていた。テオが毒づきながら足を運んでいる。実際、毒づきたくもなるほど、長い階段だった。学院の入り口は神殿風になっており、長い階段を登らなければ辿り着けない。二人は息を切らせながら階段を上っていった。

 リンは階段の先の方へ目を向けてみた。階段の先には大きな神殿風の入り口と、大魔導師ガエリアスの石像が待ち受けている。ガエリアスの像は広場で見たものと同様、厳しい表情を訪問者に向けている。リンはなんとなくアトレアのことを思い出した。

「テオ、もう少しだ。頑張って」

 リンはあと少しで到達するというところでテオの方を振り返って元気付けた。

「あら。ようやくここまでたどり着いたの、ドブネズミさん?」

 リンは突然上から降ってきた少女の声にハッとした。上を見るとガエリアスの像の前に誰かいる。

(アトレア?)

 リンはアトレアだと思って像の前にいる少女に目を凝らす。しかしそこにいたのはリン達と同じ深紅のローブに白銀の留め金をした、金髪の少女だった。

 その顔には冷たい薄笑いを浮かべている。

(この子……貴族だ)

 リンは白銀色の留め金を見て直感的にそう思った。

「まあ平民にしては頑張った方ね。でもここから先は今までのように上手くはいかないわよ」


                       次回、第12話「入学式」

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