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第56話「砂漠色の衣服」

前回、第55話「ユヴェンの決意」

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 王室茶会から数日後、再びイリーウィアから来月のお茶会の招待状が届いた。

 チケットは2枚入っていた。

 彼女はきちんとユヴェンのことを覚えていてくれたようだ。

 手紙には以下のように書いてある。

 次回は以前より小規模で落ち着いた雰囲気のお茶会であること。そのためもっとゆっくりイリーウィアと話ができること。

 リンは迷った。

 またあんな惨めな思いをするのはちょっと勘弁だった。

 しかし以前ならともかく、塔の上階を目指すことを決意した今、こんなことで怯んでいるようではダメなような気がした。

 貴族階級に有利な塔の攻略。イリーウィアとの繋がりは間違いなく塔の攻略を有利にするはずだった。

 一度誘いを断れば次また誘われる保証はない。

 折角知り合ったイリーウィアとこんな形で縁が切れるのは残念な気がした。

 リンは悩んだ。

(せめて衣服さえなんとかなればな)

 そこでリンは次のように手紙を書くことにした。

「パーティーへの招待ありがとうございます。

 とても嬉しいです。

 ただ以前参加した時思ったのですが、僕たちの服装はあの場所にふさわしくないように思えました。ちょっと浮いてしまうと思うのです。僕とユヴェンには王族や上級貴族の着るような魔法の服 をあつらえるような資金もアテもありません。

 そこで無理を承知でお願いしますが、あの場に出ても差し支えないような衣服を貸していただけませんか。身勝手なお願いなのはよく分かっています。勿論お返しとして、僕に出来ることなら何でもさせていただきます。もし無理ならこのお願いは聞かなかったことにしてください。今回の参加は諦めてまたの機会に参加させていただきます。よろしくお願いします」

(こんなもんかな)

 リンは手紙を封に入れると魔法語でイリーウィアの宛先を記し、呪文を唱えて妖精を呼び出す。

(まあ大丈夫だよ。困った時、人に頼ったり、施しを受けたりするのは悪いことじゃないって猟師のおじさんが言っていたし。イリーウィアさんも分かってくれるさ。どうせここで断ったら縁が切れるんだし。ダメ元で頼んでみればいいさ。失うものはない)

「妖精よ。この封筒を宛先まで送れ」

 封筒は青い炎となり90階層のアルフルド一等地へと飛んで行く。

 リンは手紙を出した後で激しい自己嫌悪に襲われた。

 自分が無茶苦茶浅ましいことをしているように感じてしまう。



 手紙を送ってからリンは何をやるにも落ち着かなかった。学院にいる時も仕事をしている時も終始イリーウィアに送った手紙のことを考えて浮ついた気分になっていた。

 イリーウィアは自分のことをどう思うだろう。浅ましい物乞いとみなして軽蔑するだろうか。

 リンには便りがないのが一番落ち着かなかった。イリーウィアとの関係がこれっきりになるならそれはそれでいい。

 辛いのは向こうから返事が帰ってくるまで待たなければならないことだった。早く結論を出して落ち着きたかった。



 数日後、イリーウィアから手紙と小包が届く。リンは恐る恐る手紙の封を切った。

「リンへ。

 身勝手なお願いだなんてとんでもない。是非あなたとユヴェンさんの分の衣装を用意させていただきます。お返しも気にしないでください。何か困ったことがあったら何でも相談してくださいね。私とあなたの間で遠慮はなしですよ。

 あなたの友人、イリーウィアより」

 リンが封筒に添付された小包を開けると中から紅色の上等な導師服が出てきた。それを見るや否や、リンはベッドにうつ伏せになって脱力する。

 ここ数日イリーウィアに白い目で見られるのではないかと気が気ではなかったのだ。

(イリーウィアさんはホントに良い人だな)

 彼女は生まれ持っての王侯貴族。下々の者に施しを与えるのは、母親が生まれたばかりの子供に乳を与えるかの如く自然なことなのだ。リンのような人間が上流階級に対して持つ暗い感情など決して見えはしない。

 彼女の慈愛に満ちた施しは夜空を照らす星々の光のように、身分の貴賎に関係なく誰の上にも等しく降り注ぐ。



「それで。君はお姫様に服を貢がせたのか」

 テオが呆れたように言った。

「貢がせたなんて人聞きの悪い。借りただけだよ」

 リンは部屋でお茶会に出席する準備をしながらそう言った。

 チケットとイリーウィアの送ってくれた服を忘れないようカバンに詰め込む。

「そうは言うけど、……君ねぇ」

 テオはため息をつく。

「本当にまだウィンガルドの王室茶会に行き続けるのかい?」

「もちろん。この前行ってみて分かったけれどさ。イリーウィアさんの影響力は絶大だ。塔の上層階に行くために彼女と仲良くなっておくのはきっとプラスになるよ」

「どうも僕にはきな臭く感じる」

「きな臭い?」

「話がうますぎると思わないかい? いきなりお姫様にここまで可愛がられるなんて。ちょっとお茶会に招待されるならともかく服まで手配してくれるなんて」

「イリーウィアさんはいい人だよ」

「いや僕も悪い人だとは思わないよ。思わないけど……」

 テオは珍しく言葉を濁した。彼にも違和感の正体がはっきりしないようだった。

「まあとにかく。タダより怖いものはないってことだね」

「大丈夫だって。心配性だなぁテオは」

「君は変なところで放胆なんだよ。意気地なしの癖に」

「酷い言い様だな。おっと。もう出かける時間だ。行ってくるよ」

 リンはそのまま出かけようとしたがテオは扉を出た先まで付いてきて言い含めた。

「いいかい 。王室というのは陰謀の巣窟だ。下手な発言が命取りになりかねないよ。なるべく差し障りのない会話をするように。金と政治の話題が出たら曖昧な返事でお茶を濁すんだ。しつこく迫られたらはっきり拒否して。絶対に深入りしてはダメだよ」



 リンはパーティー会場の人々の自分を見る目が以前と様変わりしているのを感じた。

 以前は目が合った瞬間、いぶかしむような視線を向けられたが、今回はリンが会釈をすれば皆にこやかに返してくる。

 リンは試しに以前近づくだけで逃げられた女の子にも笑顔を振りまいてみた。

 彼女は恥ずかしそうにしながらもリンの方ににこやかな笑みを向けてくる。

 リンは苦笑した。彼女は自分のことを覚えているのだろうか。

 衣服は身分を表す最も基本的な単位だとつくづく実感した。

 ユヴェンはというと先ほどから水を得た魚のように会場を泳ぎ回っている。

 やはり彼女は素が美人なだけに衣服さえ上等なら上級貴族の子女にも引けを取らない華やかさだった。

 彼女は薔薇色のドレスを着ていたが、ドレスは本当の薔薇のように八重咲きの花びらを表現している。彼女が歩くたびに花びらが散りまた揃って、とそれが無限に繰り返される。

 彼女が目の前を通れば誰もが振り向き、その可憐さに見とれた。

 ユヴェンも上級貴族達の品定めを始め、有力そうな男には早くも色目を使い始めていた。



 イリーウィアの言う通り、パーティー会場は前回よりも小規模で落ち着いた雰囲気だった。

 フロアには落ち着いた音楽が流れている。

 参加している人々も前回ほど華美に光り物をつけておらず、表情もゆったりしている。家柄だけでなく、人格的にもゆとりがあり、そして利口な人々のようだった。せかせかとイリーウィアに取り入って嫉妬に炎を燃やしたりしない。

 とはいえ彼らと親密な関係を結ぶのは難しそうであった。

 リンが話しかければ彼らは感じよく応じてくれる。しかしそれは一歩線を引いた対応だった。彼らはリンの素性について既に知っているようだった。なるべくリンの生まれ育ちに関する話題は避けて差し障りのない話題を選ぶ。リンのことをイリーウィアのお気に入りとみなして配慮しつつもお互いの事情に踏み込み過ぎないよう細心の注意を払っていた。

 リンもリンでその場の雰囲気を敏感に察知して持ち前の順応性を発揮する。彼らと差し障りのない会話をするために自分のことについては実業家という側面を強調するようにした。

「最近、友人と一緒に商会をはじめましてね。商品を安く仕入れる方法を考案したのです。今度、正式に魔導師協会に認可される予定です」

「ほう。商会を」

「一体どうやって安く仕入れるのですか」

「詳しくはお教えできませんが、合法的に徴税を回避して品物を仕入れる方法を見つけましてね」

「そのお歳で事業を起こされるなんて。才覚がおありですのね」

「イリーウィア様はその才覚を買われて王室茶会に招かれたというわけだ」

「いえいえ、イリーウィア様とはマグリルヘイムに所属していた時の縁で知り合いましてね」

「マグリルヘイムに所属していたのですか」

「将来有望でいらっしゃるのね」

「そんな。大したことありません。マグレ当たりで一度呼ばれただけですよ。何せマグリルヘイムのノルマときたら大変なものでして。ブルーゾーンにいながらイエローゾーンの魔獣を狩れという次第で……」

「はっはっは、それは酷い」

「ふふ。御冗談がお得意ですのね」

 リンは取り留めのない会話を続ける。人々もリンに話題を合わせた。

 ユヴェンはそれを見て内心舌を巻いた。

(こいつ案外器用ね)



 リンが上級貴族達との世間話に花を咲かせていると人々がざわめく声がした。

 ざわめきの方を見るとイリーウィアがリンの方に向かって歩いてくるところだった。

 彼女は深い青色のドレスを着て顔には謎めいた微笑を浮かべていた。



次回、第57話「二人だけの会話」

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