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第28話「上級貴族、工場に現る」

前回、第27話「コネクションの大切さ」

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 魔導師の塔の生産活動を支えるレンリルの工場は今日もフル稼働している。

 リンとテオは工場の片隅で作業に当たっていた。

「梱包材は間に合いそうか?」テオがリンに尋ねる。

「うん、もう直ぐ13番エレベーターに乗ってやってくるって」

「よし。何とかこいつらを期日までに出荷できそうだな。ノルマ達成だ」

 リンとテオの傍らには積み上げられた商品の山が置いてある。

 これを明日までに出荷しなければいけない。船の出航は明日の午後5時が最終便。塔から船までこれだけの商品を運ぶには少なく見積もっても6時間はかかる。できれば今日中、少なくとも明日の朝一番でエレベーターに乗せてこの工場から出荷しなければならない。

 リンとテオは学院に入学した今でも工場で働いている。学院の学費には奨学金が出るが生活費や家賃については自分たちで工面しなければならない。

 二人は学院に通った後、放課後工場で働くという生活を送っていた。

 忙しない毎日だったが、悪いことばかりではない。

 二人は以前より高度な作業を任されていた。給料もわずかとはいえ上がった。

 テオはその有能な仕事ぶりと冶金の単位を取ったことから単純労働だけでなくより高度な組み立て作業とさらには工場の管理の一部を任されるようになっていた。今となっては5人〜10人の部下を指揮する立派な管理職である。リンはいつも通りテオの助手として彼の周りをうろちょろして仕事を補佐していた。

「ちょっとどいてどいてー」

「おい、押すなよ」

 工場内は喧騒に包まれている。所狭しと人間が行き交い、品物を運ぶトロッコの線路の合間に各々作業スペースを取り合って杖や道具、商品の部品が散乱しており、足の踏み場もなかった。スペースの取り合いや部品の取り間違いで諍いが絶えず、その様はさながら戦場のようだ。

 テオも先ほどからこちらの魔道具をくすねようとしている連中とやりあっていた。

「おい、それは俺らが使ってる魔道具だぞ。勝手に持っていくな」

「いいだろ。急いでんだよ」

「俺達だってもうすぐ梱包材がやってくるんだよ。よそを当たれ」

「それ出荷は明日までなんだろ? まだ時間があるじゃないか。先にこっちで使わせてくれよ」

 テオは引き下がらなかった。ここで引き下がったら貸した魔導具は永遠に帰ってこないことはわかっていた。

「お前らはいつまでに出荷なんだよ」

「……明後日」

 彼はテオに嘘が通じないことを知っているので正直に答えた。

「お前らの方が時間あるじゃねーか。さっさとあっち行けよ」

 テオと諍いを起こしていた男は渋々引き下がる。

「ったく、油断も隙もねえ」

 テオが肩をいからせながら言う。

「みんな急いでるね」

「段取り悪いんだよ。必要な魔道具くらい事前に用意しとけっての。人のところから持って行こうとしやがって」

「テオさーん。梱包材持ってきましたー」

 線路の向こうの方から小さな男の子がやってくる。彼は梱包材の入ったトロッコを杖の力で引っ張っりながらこっちにやってきていた。

 彼の名はケトラ。テオのアドバイスに従ってすぐにテリウルの杖からデイルの杖に買い換えた素直で賢い子だ。テオも彼の賢さを見込んで自分の作業班に勧誘した。

「よし梱包するぞ」

 テオの指示の下、班員の見習い魔導師達がいそいそと配置について作業を始める。

 商品の上下四方を鉄板で包み出荷できる状態にするのがここでの作業だ。

 作業の順序はこうだ。

 1、鉄板を台の上に敷く

 2、その上に商品を棚ごと乗せる

 3、四方と上方を鉄板で包む

 4、それぞれの鉄板の境目を溶接する

 これで商品を鉄の箱で包むことができる。

 1〜3は全て質量の杖でできる。4の溶接には『ウェルドミスト』という魔道具を使う。

『ウェルドミスト』はスプレー状の魔道具だ。魔力を込めると溶接効果のある霧が噴射されるという代物だ。そのため冶金魔法をまだ習っていない見習い魔導師でも金属を簡単に溶接できる。通常溶接に必要な熱や圧力も必要ないから怪我をする心配もない。

 リンは部下の見習い魔導師達がきちんと効率よく作業できているか、溶接に漏れがないかチェックしながら自分も作業を手伝った。

 その間、テオはというと他の班が道具をくすねたりしないよう睨みを利かせている。

「リン。ちょっと来い」

「?」

 リンは作業の手を止めてテオの近くに寄る。

「ガウルの班が魔道具を狙ってる」

 テオが顎をしゃくって示す。リンがテオの示す方を見ると、確かにガウル班の一人が、魔道具を持って作業しているケトラの方をチラチラと見ている。

「牽制してこい」

「了解」

 リンはガウルの元へ駆け出した。

「ガウルさん、こんにちは」

「うおっ。リンか。なんだよ」

「今ケトラが持ってる魔道具なんですけれどね。あれはこの後も僕たちが使うんです。だからケトラが今の作業を終わらせたからって勝手に持って行っちゃダメですよ」

「そんなことしねーよ」

「だったら早く自分で魔道具調達しないと。ガウルさんの作業にも魔道具必要でしょ。誰か取りに行かせないと間に合いませんよ」

「わかってるよ。おい、ジャリム」

 ガウルは舌打ちしながらもリンの言う通り手配する。リンはため息をつきながら自分の班に戻る。

(やれやれ。みんな足の引っ張り合いが好きなんだから)

 このように他の班への警戒から作業を中断することはしょっちゅうあった。

(みんなで協力できるように上の人も働きかけてくれればいいのに。何考えてるんだか)

 リン達の元にはいつも指示書と期限、数量のノルマが届くだけである。

 リンがテオの元に戻るとちょうど作業が一段落したところだった。すぐにテオが話しかけてくる。

「おかえり。ガウルのやつなんて言ってた?」

「自分で魔道具調達するってさ。とりあえず問題なさそうだよ」

「どうかな」

 テオがガウルとはまた別の班に目配せをする。彼らもこちらの方をチラチラ伺っている。まだ警戒する必要があるようだ。

「また行ってこようか?」

「いいよキリないし。俺が睨みきかせてるから。作業に戻りな」

 突然、離れた場所でガシャーンという何かが崩れた音がした。

「何だ?」リンがびっくりしながら音の方を向く。

「誰かが荷台の操作を誤ったようだな。チッ。まだテリウルの杖使ってるやついんのかよ」

「あれはビヤリヤの杖ですよ」いつの間にかテオの脇にいたケトラが言った。

「ビヤリヤ? なんだそれ」

「新商品です。安いのにテリウルの杖より長持ちするって評判ですよ。ただ代わりに暴発率が高くなったみたいで……」

「なんだそりゃ。次から次へとしょうもないもん発売しやがって。商会も手を変え品を変え色々やってくるな」

 テオが苦言を呈していると、今度は先ほどとは別の方向からざわざわした声が聞こえてくる。

「どうしたのかな」

「また誰かやらかしたんですかね」

「いや違う。あっち見てみろ。上級貴族だ」

 リンがテオの指差す方を見ると赤いローブにクリスタルの留め金をつけた一団がいた。クリスタルの留め金は上級貴族の証しだ。リンはクルーガ以外で初めてクリスタルの留め金をしている人間を見た。

 工場の入り口の方にたむろしている。どうやら今入ってきたばかりのようだ。先に入ってきた者に続いて後からゾロゾロと入ってくる。かなりの大所帯だった。

 彼らの中には黒いローブを着た、おそらく師匠を伴っているものもいる。

「なんで上級貴族がこんなところに……」

 リンが不思議がっていると彼らの一人が声を発する。

「うわっ、なんだここ」

「工場のようですね。作業時間中にかぶってしまったようです」

「へぇ〜こんな風になってるんだ」

 彼らは工場の様子に顔をしかめたり、興味深そうに眺めたり、あるいは特に何の興味も示さなかったりと反応は様々だった。

 リンのいる場所は彼らからだいぶ離れているにもかかわらず声はよく響いてきた。工場は妙に静かだった。



次回、第29話「光の橋」

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