第135話「火山の精霊」
ダンジョン内をしばらく舟で漂っていた一行だが、魔導書は一向に見つからなかった。
水路の中を水掻きしてみるが、見つかるものはゴミばかり。
「中々見つからないわね」
「やっぱり広いからね」
「何か特殊な仕掛けをしているのかもしれない」
リンとユヴェンが話しているとフォルタが加わってきた。
「特殊な仕掛け……ですか?」
「ああ、いくら広いダンジョンとはいえ、これだけの船が引っ切り無しに探し回っているのに見つからないというのはおかしい。何か魔導師の目を欺く仕掛けが施されているのかもしれない」
「魔導師を欺く仕掛け……」
「ダンジョンは条件さえ満たせば必ず出口に辿り着けるようにしなければならないが、逆にその条件さえ満たしていれば、何をしてもアリだからね」
確かにリン達は先程からダンジョン内を彷徨う船と頻繁にすれ違っている。
これだけたくさんの船が探して見つからないというのもおかしな話だった。
「あ」
ユヴェンが呟くように声を発した。
「どうしたの?」
「あれ、何かしら?」
ユヴェンが何かを見つけて指をさした。
それは青銅色の壁に描かれた赤い魔法陣だった。
「あれは、次元魔法の魔法陣?」
「ダンジョンにおいて次元魔法を設置できるのはその主人のみ。つまりあれは、ダンジョン内の別の通路に繋がるものだということになる。おそらく秘密の通路に」
「もしかして魔導書の位置につながっているのかも」
「ふむ。しかし妙だな。なぜ今まで誰も見つけることができなかったのだろう」
確かに妙だった。
それは決して大きくはないものの、鮮やかに描かれた魔法陣で、船の高さに丁度位置しており、目を凝らさなくても気づけるような代物だった。
「船の高さじゃありません? ほらここにきてる船ってどれも背が高いじゃないですか。それに比べてこの舟は背が低いですし」
「なるほど。単純な話というわけか」
しかしそれにしてもこれだけ血眼で探している船がたくさんあるのに、誰も見つけられないなんて妙な話だな、とリンは思った。
五人は魔法陣の近くに船を寄せ、次元の扉を開く。
次元の扉を開いた先は、波止場になっていて、舟を停めた後は陸続きの道を行くことになった。
リンは地面に足を乗せることができてホッとした。
その通路は特に灯りもないにも関わらずオレンジ色の不思議な色で満たされていた。
しばらく行くと廊下の両端にオレンジ色のドロドロしたものが流れていた。
燃えているような輝きを放っていて、リンにとっては見たことのないものだった。
リンが試しに小石をその中に放り込むと、小石は立ち所に溶けて無くなってしまう。
「なんでしょうこれ。物凄い温度を放っているようですが……」
「まるで溶かした鉄のような色だな」
ウィジェットも不思議そうに眺める。
「これは……まさか、いやしかし……」
フォルタが驚いたように言った。
「なんですか?」
「これはマグマかもしれない」
「マグマ?」
「ああ、ドロドロに溶けた岩のことだ」
「けれども、そんなのよほどの高温でしょう? こんな室内の気温に晒されたら、凝固するはずじゃあ」
「それだけじゃない。このように高温であるにもかかわらず部屋の温度に一切影響が出ていない」
フォルタの言う通り、部屋の温度は常温を保っていた。
熱を発しているのはマグマの通り道だけで、決して室内の気温に影響を及ぼしたりはしない。
「何か、魔法の力が働いているのかもしれない」
「魔法?」
「ああ、おそらく精霊の力だ。常にマグマ周辺だけ高温を保てるように」
「そんなことができるんですか?」
「難しいだろうな。ミスリルのプラントでもこんな芸当出来やしない」
奥に行けば行く程、マグマの小道は広がってゆき、今ではちょっとしたクリーク(小川)のようになっていた。
マグマの道にはリンには読めない文字が刻まれていた。
「何でしょうこの文字。見たことのない文字ですが」
「ふむ。私も初めて見る文字だ。火の精霊の刻む文字に似ているが。ここに流れているのが本当にマグマだとしたら……、もしや火山の精霊? いやしかし火山の精霊は火山で無ければその力を発揮できないはず。一体なぜ……」
「いずれにしてもこのマグマが『ラフィユイの魔導書』の秘密だとしたら、いよいよ魔導書は近いかもしれないな」
そこまでウィジェットが言うと、ニノが駆け出した。
「ニノさん!?」
「あの野郎。抜け駆けする気か?」
ウィジェットがそう言うと四人もつられて走り出してしまう。
オレンジ色に輝く細い道を辿って行くと、中央に円錐形の台座があるひらけた空間に辿り着いた。
その部屋は天井から壁、床まで至る所が青銅色をしたミスリルで構成されており、文字で埋め尽くされていた。
またマグマの小川が張り巡らされて、マグマの道を辿っていくと全て中央の円錐の台座につながっていた。
台座のてっぺんからは常にマグマが吹き出しており、小川に流れ込んでいた。
円錐の側面には一角獣(ユニコーン)の絵が刻み込まれている。
リンは円錐から強力な魔力を感じた。
「ウィジェットさん。あの台座……」
「ああ、感じるぜ。精霊が宿っている。それもかなり強力な」
「なんだか、火山に似ていません?」
確かにユヴェンの言う通り、火の川が流れる円錐形の構造物は、火山のミニチュアを思わせた。
火口からは定期的にミスリルも湧き出ていて、ミスリルはマグマの川によって運ばれていく。
床に達したマグマはさらに部屋の隅へと流れていき、廊下へと伝い、戻って来てミスリルの部屋を組成している。
火山のユニコーンの絵の隣には紋章が刻まれている。
「あの紋章はヴォルケ(火山の精霊)……。なるほどそうか。この装置はヴォルケ(火山の精霊)に自分が火山の内部にいると勘違いさせているのだ。まさかこんな方法で火山の精霊を手なづけるとは」
フォルタが納得したように言った。
「なるほど。火山の精霊をミスリルでできた容器に閉じ込め、その火力と圧力をもってしてミスリルを製錬する。これがラフィユイの編み出した秘法か」
ウィジェットも得心したように言った。
「後は、火山の精霊をこの擬似火山に閉じ込めるための魔法陣と呪文、擬似火山の設計図さえ分かれば。そしてそれはおそらく『ラフィユイの魔導書』に記されているはずだ」
「魔導書はどこにあるの?」
ユヴェンが切羽詰まったように聞いた。
「あいつに聞いてみろよ」
ウィジェットがニノの方を指し示して見せる。
ニノは擬似火山の魔法文字がビッシリと書かれている部分に手をついて黙り込んでいた。
そこに『ラフィユイの魔導書』を手に入れる方法が書かれているに違いなかった。
「ニノさん。どうしたんですか? そこには一体なんて書かれているんですか?」
「『ラフィユイの魔導書』及び、火山の精霊(ヴォルケ)を欲する者は紋章に触れよ。紋章が受け継ぐに相応しい者と認めたならば、魔導書が与えられ、精霊と契約を結べるだろう」
「やはり火山の精霊がこの中に宿っているのか」
「俺は紋章に触れたが、ダメだった。リン、お前もやってみろ」
リンはニノに言われて、紋章に触れてみる。
しかし何も起こらない。
次にフォルタ、ウィジェットも触れてみるが一向に何も起こらなかった。
最後にユヴェンが触れると紋章は光り輝き始める。
紋章は光となって空中に浮かび、やがて本の形となり、ユヴェンの手元に落ちる。
さらにユヴェンの傍らには仮面を被った炎のたて髮を持つ白い馬の精霊が佇んでいる。
ユヴェンはオレンジ色の光に包まれて、胸を押さえる。
彼女は心臓に新しい血が流れてきたような感覚に襲われた。
それは火山の精霊が彼女と契約した証だった。
彼女の胸元には契約成立の紋が刻まれている。
『ラフィユイの魔導書』は彼女の手元にスッポリとおさまる。
「ユヴェン大丈夫?」
「ええ、私は大丈夫。けれども凄いわよ。私、凄い力を手に入れちゃったかも。ハハッ」
ウィジェットは腑に落ちないような顔をしていた。
「俺達には反応しなくて、なぜユヴェンに石盤が反応したんだ?」
「石板に刻まれていた魔法陣。この通路の入り口の魔法陣と同じ文字が刻まれていた。おそらく火山の精霊の文字。彼女のような存在にだけ魔法陣が見えたり、石盤が反応する、そんな魔法をかけていたのだろう」
「ユヴェンのような存在?」
「おそらく、学院魔導師でかつ女性。年齢制限もあったかもしれない」
(なるほど。だからユヴェンにしか見つけられなかったのか)
「ねぇウィジェットさん。ラフィユイさんって」
「ロリコン……だったのかもな」
リンとウィジェットはユニコーン(一角獣)の彫り物を見て遠い目をした。
「よこせっ」
ニノは鋭く叫ぶとユヴェンから魔導書をひったくった。
物凄い勢いでページをめくり、彼の欲する情報が無いか探す。
そしてようやく、『禁忌魔法の研究』に関係のある部分まで行き着く。
『……ミスリルの製錬法を研究する過程でわかったことだが、ヴォルケは『黒竜』や『火竜』の持つ灼熱の胃袋になりうる。しかし『黒竜』は召喚を禁止されている魔獣。この魔導書を受け継ぐものは決してこれ以上『黒竜』の研究を続けてはならない……』
(『黒竜』……。確かユインが研究してたな。他に情報は……。くそっ。これだけか)
「どうですか? ニノさん。『禁忌魔法の研究』について何か手掛かりはありましたか?」
「いや無いな」
「見せていただけませんか?」
「ダメだ。これは俺のもんだ」
「一度だけでいいので」
「ダメだ。分け前を決めるのは船長の権利だ。これは俺がいただく。さあ帰るぞ。もうここに用はない」
「待ちなさいよ」
ユヴェンが鋭く言った。
火山の精霊を出現させてあからさまにニノを威嚇する。
「それをもらえなきゃここにきた意味が無くなるのよ。それは私達に渡してもらうわ」
「欲張りは良くないぜ」
ニノは余裕を見せながら言った。
今の彼には先程と違って装備が一式揃っていた。
「お前は既に火山の精霊を手に入れただろ。本当ならそれも俺が手に入れるはずのものだが、それについては不問にしてやる。引き下がりな」
「できない相談ね」
ユヴェンはニッコリしながら言った。
今は彼女にも余裕があった。
なにせ彼女の傍らには強力な精霊がいるのだから。
「この通路を見つけたのは私。魔導書の封印を解いたのも私。『ラフィユイの魔導書』を一度も見ずに他人の手に渡るなんて受け入れられないわ」
「ならどうする? やるってのかこの俺と」
「望むところよ! ヴォルケ!」
ユヴェンが精霊の名を呼ぶと呼応するようにヴォルケが攻撃体勢になる。
「ちょっ、ユヴェン……」
リンが制止しようとしたが間に合わなかった。
「ニノを焼き殺しなさい」
ヴォルケの鳴き声に反応して擬似火山が噴火する。
吹き出たマグマは辺り構わず散らばって行く。
「「「『冶金魔法・ミスリル』」」」
3人の200階魔導師は一斉に同じ魔法を唱えた。
室内のミスリルを使って各々生成物を作り出す。
フォルタとウィジェットの前には、ミスリルの壁が出現し、マグマを防ぐ。
リンはまだミスリルを『冶金魔法』で成型することができなかったため、『加速魔法』でフォルタの作った壁に駆け込んだ。
「あぶねっ」
リンはすんでのところでマグマをかわしどうにかミスリルの壁の内側に入り込めた。
マグマはミスリルの壁を溶かすことができず、跳ね返る。
「大丈夫かい? リン君」
「はは。皆さん普通にミスリルの壁を作れるんですね」
「まあこれだけ周りにミスリルがあればね」
リンが壁からニノの方をちらりとみると、彼はミスリルの壁を作ってはいなかった。
彼は卍型の大きな歯車を前面に展開しているに過ぎなかった。
しかし歯車は飛んできたマグマを吸い込んで周りに纏い、ニノの杖の先で回転している。
「精霊の力で操られているはずのマグマを制御している。ニノさんのあれは一体……」
「ミスリルで作られる魔道具の一種、『火車』だ。回転させれば周囲の高温の物質なら気体、液体の区別なくその身に纏わりつけてしまう」
「上級精霊の力より強いなんて、そんなことが……」
「それが『火車』の性質だからね。とはいえ、誤差1ミリレベルでのミスリル成型技術が必要だ。それをあの一瞬でこなしたということは……、ニノは……彼は『冶金魔法』のエキスパートのようだな」
「炎をくれてありがとよ」
ニノはユヴェンに向かって『火車』を放って返した。
「ユヴェン! 危ない」
リンは加速して彼女を回避させる。
『火車』はユヴェンのいた場所を砕き、纏わり付いていたマグマは床を溶かす。
「このぉー。ヴォルケ(火山の精霊)! さらにマグマの温度を上げるのよ」
ユヴェンは先ほどよりも魔力を込めて、ヴォルケ(火山の精霊)の力を解き放つ。
室内を流れるマグマの小川はにわかにその間隔を広げ、さらに高温が周りの壁を溶かして新たなマグマを作り出す。
溶けた壁からは湯気が立ち、熱気が室内を包み込む。
ヴォルケの制御は外れ、俄かに室内の気温が上昇する。
リンはユヴェンの新しい力に驚愕した。
(なんて力だ。地形を変えるほどの出力。アトレアは数十体の精霊を使うことで川を作っていたけれど、それに匹敵するパワーなんじゃ……)
ウィジェットも焦り出す。
「おいヤベーぞ。フォルタ。このままじゃあの嬢ちゃん。この部屋を文字通り火の海にしちまうぞ」
「なぁに。すぐ収まる」
作られた全てのマグマはニノに向かって行く。
「ふっ。無駄なことだぜ。『火車』よ。さらに高速で回転しろ!」
ニノは杖で『火車』を回して、マグマを集める。
またしてもユヴェンに向けて放とうとしたが、途中で歯車にヒビが入り、破損してしまう。
マグマが辺りに飛び散る。
「うわっ」
「チッ」
ニノは飛んで来たマグマを杖で払う。
(さすがに上級精霊の力か。それでも……)
「ここにはミスリルがいくらでもあるんでね」
ニノはまた『火車』を即座に作り出してみせる。
今度は2個。
「上等よ。何度でもぶっ壊して……っ」
突然、ユヴェンの胸に鈍い痛みが走った。
胸を抱えてうずくまる。
(何? 力が使えない?)
彼女はまだ精霊の力を使い慣れていなかった。
力を制御することができないし、複雑な使い方もできない。
「ユヴェン。大丈夫?」
「ぐっ、うう」
「ハハッ。所詮は学院魔導師だな。強力な精霊を手に入れても宝の持ち腐れだぜ」
ニノは高笑いしながらマグマの纏わり付いた『火車』を飛ばしてくる。
リンはユヴェンを抱えながら移動した。
ニノの抱えている魔導書をチラリと見る。
(どうにかアレを奪わなくちゃ)
「ユヴェン立てる?」
「ええ、なんとか」
ユヴェンは苦しそうにしながらも自分の足で立ってみせる。
リンはニノに向き直った。
光の剣を放つ。
ニノは『火車』で受け止めた。
リンは死角に入り込もうとしたが、ニノに距離を取られる。
今のニノは200階魔導師の標準装備である『フレキアの靴』を装備している。
前方にしか加速できないリンとは違って、後方にも加速できるし、加速しながら方向転換することもできた。
高速戦闘に慣れているリンの方がわずかに速度が速かったが、小回りはニノの方が利いていた。
「もう同じ手は食わないぜ。近接戦闘では分が悪いが、火力ではこちらの方が上。この距離を維持させてもらう」
リンはルシオラやサイクロプスと戦った時の事を思い出した。
どれだけ攻撃を浴びせても全てかわされてしまう。
間合いを自在に操る200階魔導師の戦い方だった。
(距離を詰められない。それなら……)
リンは足を止めて鉄球を撃ち出す。
「ははっ。そんなもん。おっと」
ニノは二つの『火車』を一本の杖で器用に操る。
一つの『火車』で鉄球を受け止め、もう一つの『火車』で地面を溶かした。
ニノの足元まで伸びていた光の線路は地面の溶けた場所で拡散する。
(ぐっ、失敗したか)
「まさか『位相魔法』まで使えるとはなぁ。驚いたぜ。だが、ここまでだ。リン、お前の力は見切った」
ニノが一段と速く『火車』を回転させる。
回転が速くなるにつれて、その纏う炎と熱気、マグマはより大きくなっていく。
(『位相魔法』も見破られた。なら……)
リンは自分の体に『城壁塗装』を塗りつけて、杖を寝かせてニノからの攻撃を待つ。
(カウンターで沈めるしかない!)
「はっ。『城壁塗装』か。ムダなことを」
例え『城壁塗装』があったとしても、岩をも灼き尽くすニノの『火車』が直撃すればただでは済まないだろう。
「教えてやるよ。ここ200階じゃ『杖落とし』なんてお遊び通用しないってことをな!」
(それでも、守るんだ。ユヴェンを守るんだ!)
ニノの『火車』が地面を灼き尽くしながらリンの方に向かってくる。
リンは斜めに加速して回避しつつ、ニノの死角に入ろうとする。
しかし、ニノはそれを読んでいた。
距離と方向を微調整して、リンの逃げた方向に『火車』を放つ。
「もらったぁ」
リンの眼前に灼熱を纏った歯車が迫ってくる。
万事急すだった。
リンは灼熱と死を覚悟する。
その時、リンの服の中がもぞどぞと動き出したかと思うと、黒い霧が漏れ出て、ペル・ラットの形になり、『火車』の前に立ちはだかった。
黒いペル・ラットはリンの盾となり『火車』を跳ね返す。
その後、力尽きたように元の姿、本に戻る。
ニノはそれを見て呆然とする。
(今のはユインの魔法? それにあの本、あれは……見たことがある『禁忌魔法の研究』……)
「リン。テメェ」
ニノは唇を噛んでリンを睨みつける。
「ユインから魔導書を受け取ってやがったのか」
そう言ったニノの顔はなんとも言えず苦悩に満ちたものだった。
まるで今までの自分の人生を否定されたかのような。
「ちくしょう。なんで……」
リンに逆転の手が閃く。
『禁忌魔法の研究』手に取ると、ニノに向かって投げつける。
ニノは目に見えて狼狽した。
その隙にリンは『位相魔法』をかける。
ニノの位置が一人でに変わる。
(しまっ)
「うおおおおお」
「クソォ」
リンの杖とニノの『火車』がぶつかり合って、どちらも砕けた。
ニノはもう一つの『火車』で地面を溶かし、離脱するが、リンは踏み込んでしっかり追撃し、杖で殴り付ける。
ニノは『火車』で受けるしかなかった。
『火車』は割れ、杖は折れる。
ニノはどうにかリンを杖で殴って振り払う。
『城壁塗装』の文字が剥がれ、リンは床に転がった。
(合格……だな)
フォルタは薄笑いを浮かべた。
ニノは床に落ちた『禁忌魔法の研究』を睨みつける。
(『禁忌魔法の研究』! あれさえあれば……俺はユインの一番弟子に)
ニノは本を拾おうとする
……が、突然彼の周りに太い植物の茎がまとわりつき始める。
「何? これはっ。『ゾーネ(イバラの化け物)』?」
「そこまでですぜダンナ」
ウィジェットは杖で茎を操り、ニノを床に押し付ける。
そのまま縛り上げる。
「テメェ。何を……」
「いけませんよ。弱いものイジメしちゃあ」
「何が弱いものイジメだ。見てなかったのか。こいつらただのガキじゃね……、あっオイ」
ウィジェットはニノが脇に抱えていた『ラフィユイの魔導書』をヒョイと取り上げるとリンに投げて寄越す。
「ほらよ。リン。それが欲しかったんだろ?」
「あ、どうも」
リンは少しポカンとしながらも魔導書を受け取る。
「クソッ。何を。離せ。クソッ」
ニノは歯ぎしりした。
「さ、リン君。行こうか」
フォルタがリンの背中を押しながら出口に誘おうとする。
「でも、ウィジェットさんは……」
「大丈夫。彼は後で来ればいい。今はそれよりも彼女を保護することが最優先ではないかね」
「……そうですね」
リンがユヴェンを見ると彼女は青白い顔をして、苦しそうに胸を抑えていた。
リンは『位相魔法』を使い、床に落ちている『禁忌魔法の研究』を手繰り寄せると、ユヴェンを肩に抱えて、出口に向かい通路を後戻りした。
「ふざけんな。ふざけんなよ。『物質生成魔法・火車』」
ニノが叫ぶと、ウィジェットの後ろに『火車』が現れる。
「おっと。『物質生成魔法』でも『火車』を出せるのか」
『火車』は熱気で、『ゾーネ(イバラの化け物)』を焼き払い、ニノの拘束を解いた。
だが、そこまでだった。
『物質生成魔法』で生み出した紛い物のミスリルは強い負荷を与えるとすぐに光となって消えてしまう。
ウィジェットはその隙にリン達の逃げて行った出口を『ゾーネ(イバラの化け物)』で塞いだ。
「チクショウ」
ニノは悪態をつきながらイバラの向こう側の通路をにらんだ。
リンが逃げるように通路の出口への道を急いでいると、地獄の底から響くような怨嗟の声が、背中から聞こえてきた。
「リン。よくも騙したな。許さないぞ。必ずお前を地獄の底まで追い詰めて殺してやるからな」
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