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第134話「隠れダンジョン」

前回、第133話「スラム街」

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 ニノは『隠しダンジョン』までたどり着く方法について二人に説明した。

「いいか、俺達は協会に見つかるわけにはいかない。だから協会の監視しているエレベーターと水路を通らずに『隠しダンジョン』までたどり着く必要がある。そのためには『裏水路』を使う」

「『裏水路』?」

「個人の管理している水路のうち、裏社会の人間が管理している水路だ。公な通路を利用できないいかがわしい人間ばかり集まっている場所だが、少なくとも協会の人間を気にせず行き来できる」

「なるほど」

 ニノは隠しダンジョンに辿り着くまでに必要なアイテムとダンジョンの攻略に必要になるであろうアイテムを説明した。

 打ち合わせした結果、どうにかユヴェンの持って来た資金で足りそうだった。

「最後に一つだけ言っておくがな」

 ニノは二人を威嚇するようにジロリと睨む。

「船に乗った後は全て俺の指示に従ってもらう。逆らう奴は水路に蹴り落とすからそのつもりでいとけ」

 ニノは二人を自分の隠している船のある場所まで連れて行った。

 その船は魔獣の骨と木材で組み合わされた船だった。

 水路に浮かべると竜骨が水面を弾き一人でに動き出す。



 途中、水路の上に浮かぶ商店に寄って、水の精霊が入った瓶を購入する。(ユヴェンのお金で)

「ここはアルフルドのように妖精が空間に満ちているわけじゃないんですね」

「そうだ。ここでは妖精は全て有料だ。限られた妖精を巡って日々、魔導師達がしのぎを削っている。学院のようにぬるま湯じゃねーんだよ」

 そう言いながらニノは呪文を唱えて水路に瓶の中の水を投げ込む。一人でに水路に波が立ち始め、船は進むスピードを速めて行く。

「チッ、なんなのよ。あいつ。偉そうに。あんたが船を進められるのは誰のお金のおかげだってのよ」

「我慢だよ。ここは大人しく従っておこう」

 リンは苛立たしげに文句を言うユヴェンを宥めた。

 船に乗ってからはニノが主導権を握った。

 彼は魔法の船の操縦に細かな点まで指示を出して、船を操った。

 ニノは協会に飼いならされたハーピー(鳥人間)が通る度に毛布をかぶってやり過ごした。

 それを見てリンは、彼が本当に指名手配犯なのだな、と思った。

 曲がりくねった道や山のように急勾配の坂道を上り下りして、船は進んで行く。

 スウィンリルの水路には色んなものが流れてきた。

 放し飼いされている魔獣や宝箱、荷物、郵便。

 商店の軒先きまで流れてきて、すれ違う船に売り子達が声をかけてきた。

 リンとユヴェンは見た事もない水路の景色に目を丸くしながら、誰も頼れる人のいない、水に浸された街を進んだ。

 ここでは二人の知っている常識は何一つ役に立たない。

 二人が頼れるのはひとえにこの同船している気まぐれな指名手配犯だけだった。



 一行は裏水路に立ち入った。

 そこには正規の水路では活動できないワケありの人達が集まっていた。

 裏水路に入ってから、ニノは水を得た魚のようだった。

 ここでは協会の哨戒を気にする必要はない。

 ニノはアイテムの調達においてはとても頼りになった。

 彼は在庫を抱えすぎていたり、売上が芳しくなくて困っていそうな商船を見つける達人だった。

 彼らの足元を見て、安値で商品をこちらに渡すよう交渉した。

 彼は人の弱みに付け込むのが上手かった。

 相手が困っていると見れば、どこまでもつけこむのであった。

 その執拗さと意地の悪さは苛烈ですらあった。

 それを見てリンはなぜユインが彼に悪事の片棒を担がせていたのか分かったような気がした。

 なぜ彼に研究書を受け継がせなかったのかも、分かったような気がした。

 ニノと商談を行なった商船の主達は例外なく苦々しげな顔をして立ち去って行った。

 ある時、あんまりにもしつこく彼が商人の落ち度を追い込むので、ユヴェンが見兼ねてキレた。

「いい加減にしなさいよ。一体いつまでここで油売ってんのよ」

「今、交渉してんだよ。邪魔すんな」

「こっちは時間が押してんのよ」

「お前の都合なんて知らねーよ」

「ああ、そう。だったらあんたとの関係はこれまでね。さようなら。私達は船を降ろさせてもらうから。ここからは自分一人で頑張ることね」

 そう言うとニノは渋々交渉を止めて、船を前に進めるのであった。

 ユヴェンはイライラとしていたが、リンはニノのその態度を見て安心した。

 少なくともまだ彼はリンとユヴェンを必要としていた。

 当分は襲ってくることもないだろう。

 隠し通路の出口にたどり着く。

 ここを抜ければ210階だった。



 通路の出口を通るに当たって、ニノは通行料を安くするよう交渉してくれたが、ここでは逆に足元を見られた。

 通行料を徴収する男がニノの顔を覚えていた。

「お前。指名手配犯だろう?」

「ああん? だったらなんだ?」

 男は協会の人間であることを示す黒いローブを取り出した。

 ニノは絶句する。

 彼は癒着してうまい汁を吸っているようだった。

「安心しな。ここは見逃してやるよ。だが、それには条件がある。わかってるよな?」

 ユヴェンはお金を多めに払った。

 予想外の出費だった。

「あとどのくらい残ってる?」

 リンは不安そうにユヴェンに尋ねる。

「もう半分もないわ」

(帰りのことを考えると、もう少しのお金も無駄にできないか)



 やがてダンジョンに辿り着く。

 ダンジョンの入り口は魔法陣だった。

 次元魔法によって開くことができるようだ。

 魔法陣の書かれている壁の場所だけ色が違う。

 つい先ほどまで、魔法陣の上に壁を貼り直して舗装していたのだ。

 ギルド同士の抗争で魔法を撃ち合ってたら偶然見つかったということだった。

 実物を見てリンは、なるほど、と思ったものの、一方でこれだけ大きな魔法陣ならもっと早くに見つかってもいいような気もした。

 魔法陣の前には、ダンジョンに入りたい舟が列をなして並んでいる。

 3人を乗せる小さくて古い船に対して、ダンジョンの前に集まる船は装備も人員も充実した大型船ばかりだった。

「七光りどもが!」

 ニノは怒鳴りながら八つ当たり気味に船のヘリを荒っぽく蹴った。

「ねぇ、このままダンジョンに入っても大丈夫なの?」

「ダンジョンに入れば、必ず困窮している船に出くわすはずだ。そいつらをカモにして補給するぞ」

 しかし『隠れダンジョン』の入り口に集っていたのは、ニノの船よりもはるかに大きな船ばかり。

 カモにするどころかむしろやぶ蛇になりそうだった。

 やがてリン達がダンジョンに入る番になる。

 魔法陣の傍らには注意書きの文字が彫られていた。

 そこには、このダンジョンに入れば次元魔法で脱出することはできない、ダンジョンの出口にたどり着くか、ダンジョンの主である魔獣を倒すまでは決して出ることができない、そう書かれていた。

 ニノはダンジョンに向けて船を進めるよう指示した。

 ユヴェンは心細そうにリンの手を握った。

 リンは彼女の手をそっと握り返した。



 ダンジョンの中に入ると暗闇が支配して、水路の水深が一層深まるのを感じた。

 船は指輪の光を頼りに進んでいく。

 ニノの楽観的な見立てとは裏腹に船は補給できないまま進んだ。

 このままではこのダンジョンの中で立ち往生してしまうだろう。

 突然船が止まった。

 ニノはパッと顔を上げてユヴェンの方を睨む。

「どうした? 他の船か?」

「ええ、そうなんだけど……」

「アイテムやいい装備を持っていそうか?」

「いえ、壊れてる船だわ」

「ならやり過ごせ」

「そうなんだけど。何かこっちに助けを求めているみたい」

「助け?」

 そうこうするうちに声が聞こえてくる。

「おーい。そこの船。助けてくれないか。行くも戻るも出来ずに困っているんだ」

 リンは助けようとするが、ニノは止める。

「バカ。俺達は今、欠乏しているんだぞ。これ以上お荷物を増やしてどうする」

「でも、あの人達このままじゃ」

 船は完全に難破していた。

 このまま放っておけば水路の藻屑となって消えるだろう。

「知ったことか。こんなところをあんな船で進んでいるのが悪い」

 そんなことを言っているうちにも船からは声が聞こえてくる。

「おーい。君達。そんな船でこのダンジョンに入るなんてワケありなんだろう。何か人には言えないような事情があるとか。私もだ。ここは困っている者同士お互い、一致団結しようじゃないか。舟漕ぎでも何でもするから乗せてくれ」

「ニノさん。聞きましたか? 彼は僕達がワケありであることを見抜いています。放っておくと逆に危ないかも」

「チッ、船をつけろ」

 これ以上余計なことを騒がれては敵わない。

 そう言わんばかりの顔をしながらニノは船をつけるよう指示した。

 ニノは船の積荷の半分をこちらに渡すこと、船に乗っている間、杖と指輪をこちらに預けることを条件に同船を許した。

 彼らはニノの要求を飲み込んだ。



 その船に乗っていたのは学者肌の線の細い男フォルタと、童顔の男ウィジェットだった。

 二人共紫色のローブを着ている。

 リンが船をくっつけると二人はこちらに乗り込んで来る。

 ニノは積荷を彼らの船からこちらに移すと、すぐさま彼らの積荷を漁った。

 積荷の中身はニノが思っていた以上に充実していた。

 200階層魔導師の標準装備一式が揃えられている。

(なんだよ。いいもん持ってんじゃねぇか)

 ニノはそれがわかるとすぐ様、杖と靴、帽子を取り出して身につける。

(よし。とりあえず魔道具一式揃えることができたぜ。これでリンに遅れを取る事はない。このダンジョンを抜ければ、さっきの雪辱必ず晴らさせてもらうぜ)



 フォルタとウィジェットが乗船したことでリンとユヴェンは操船に専念する必要がなくなり、交代で休むことができるようになった。

 リンが休憩していると、隣にフォルタが座り込んで話しかけてくる。

「助かったよ」

 学者肌の男性はそういってお礼を言った。

「いえ。こちらこそ困っていたところなので補給を受けられて助かりました。でも、良かったんでしょうか。積荷を半分もいただいて」

「なに。どの道、君達が助けてくれなければあのままあそこで立ち往生して、積荷はおろか自分達まで水路の底に沈む運命だった。贅沢は言ってられないよ」

「あんな風に船が壊れるなんて随分無茶をしたんですね」

「ああ、しかしこのくらいしなければ我々の力では200階では生きていけない。今度の法案改正が通れば、懇意にしてくれる貴族様も取引を打ち切られるかもしれない。世の中、世知辛くなるばかりだ」

「そうですか」

 リンはフォルタの言うことを聞いて少しだけ罪悪感が紛れた。

 平民派を裏切ってしまったが、フォルタのように法案を潰すことで救われる人もいるのだと知って。

「君達は? 見た所、魔導師のようだが、なぜローブを着ていないんだい? しかもそんな学院魔導師のような装備をして」

「いやぁちょっと訳ありでして」

「そうか。君も大変そうだな」



 リンはニノにも話しかけた。

「あの、ニノさん」

「ああ? なんだ?」

「ニノさんは『生贄魔法』について何かご存知ないですか?」

「『生贄魔法』? またマニアックな魔法を持ち出したな」

「マニアック……ですか」

「そりゃあそうだろ。『生贄魔法』で召喚できるのなんて大した魔獣もない。持っていたって百害あって一利なしだぜ」

「どういうわけか。ユインに言われたんです。『生贄魔法』を習得するようにって」

「ほう。そいつは聞き捨てならねーな」

「ニノさんはユインから何か聞きませんでしたか?」

「……いや。『生贄魔法』についてはユインは俺に何も言ってこなかったな。お前にやらせるってことはしょうもない悪事に使うだけだったんだろ」

「そう……ですか。そうかもしれませんね。あの、ユインはなぜニノさんを一番弟子にしたのでしょうか」

「なんだ? 嫉妬か?」

 ニノは妙にニンマリして言った。

「まあ、俺が一番階層が高かったからだろ。そして悪巧みが上手かったからだ」

「悪巧み?」

「ああ、ユインは、あいつは俺に生きるための術を教えてくれた。何の後ろ盾もないガキだった俺に。悪事をして生きる方法の全てをな。俺も必死で身につけたぜ。それがあいつに見捨てられない唯一の道だと分かっていたからな」

 ニノは喋るにつれて声を落として言った。

「そのうち、ユインも俺を認めてくるようになってきた。だから俺はてっきり後継者に指名してくれると思っていた。本人もそう言っていたしな。だが違った。今となっては……あいつが何を考えていたのか……分からない」

 その時、カラカラカラという奇妙な音が響いてきた。

 瓶の中でビー玉が転がるような耳障りな音だった。

 他の船員も気づいたようだ。

「何? この音」

 ユヴェンが周囲を見回す。

 リンとユヴェン以外はこの音を知っているのか、3人共同じ顔をしていた。

 嫌な奴に出くわしてしまったな、とでも言いたげな顔だった。

「チッ、やっぱり今日はついていないな」

 ニノが舌打ちしながら言った。

「どうやら休憩している場合ではないようだな」

 フォルタもその顔を険しくしながら言った。

「一体どうしたんです? この音は……」

「大ウミヘビだ」

「大ウミヘビ?」

「普通の蛇の何10倍もの巨体を誇り、その巨体を船に乗せて水中に沈め、船員を食い殺す。厄介な魔獣だよ。この音は、大ウミヘビの身にまとう鱗がこすられた際に発するものだ」

「そんな魔獣に襲われたら、この船ヤバいんじゃ」

「これだけ魔導師がいるんだ。一匹くらいならどうってこと……っと、残念ながらそう簡単には行かなそうだね」

 指輪の光を向けると、水面から顔を出した大ウミヘビが水路の向こう側に三匹見えた。

 船はなるべく速く水路を進んだが、それでも大ウミヘビの方が速かった。

「くそっ」

 ニノが見ると大ウミヘビの1匹はもう目と鼻の先まで来ている。

「旦那。こうなったら腹をくくるしかないでしょ」

 ウィジェットが言った。

「何?」

「戦うしかないってことですよ。杖、返してくれませんかね」

「チッ、仕方ねえか」

 ニノはウィジェットとフォルタに杖と指輪を投げ渡す。

「リン。ユヴェン。お前らは船を進ませ続けろ。迎撃は俺達3人でやる」

 ニノ、フォルタ、ウィジェットの3人は船尾に集まって、杖を構える。

 一番近い大ウミヘビが水面からその身を乗り出し、船に襲いかかってくる。

 大きな口を開けて牙を剥き出しにした。

 三人が鉄球を生成して打ち出す。

 いずれも200階魔導師にふさわしい質量だった。

 三人の鉄球は大ウミヘビの顔面と胴体に命中する。

 大ウミヘビはまともに攻撃を受けて体を仰け反らせ、水中に沈んで行く。

「よし。やったぜ。ザマァみやがれ化物どもが」

 ニノが歓声を上げてガッツポーズをしてみせる。

「油断は禁物だ。次が来るぞ」

 フォルタの警告通り、大ウミヘビ達は2回目の攻撃を仕掛けてきた。

 今度は散開して一斉に攻撃してくる気のようだった。

 船の後ろからだけでなく、左右にも分かれてくる。

「リン君。船を壁側に付けるんだ」

 フォルタが言った。

 リンとユヴェンは忙しく作業した。

 船を右側の壁スレスレに航行させる。

 おかげで大ウミヘビ達は、右側に回ることを諦めたたが、今度は船の後ろと左側に展開する。

 それでも3方向から襲うのに十分だった。

「リン、ユヴェン。船の操作はもういい。お前達も戦え」

 ウィジェットが言った。

 ユヴェンとリンも船の側面に移って応戦する。

 船は風と水流の速さだけで動くようになった。

 3匹の大ウミヘビは一斉に飛びかかって来た。

 船からも5つの鉄球が放たれる。

 2匹は撃退できたが、1匹は鉄球をものともせずユヴェンの立っている場所まで到達しようとする。大きな口を開け、飲み込もうとする。

 ユヴェンは顔を真っ青にした。

 大ウミヘビの吐く息がほっぺにかかる。

(しょうがねえ。出し惜しみしてる余裕もねぇしな)

 ウィジェットがユヴェンに杖を向けた。

「『物質生成、ゾーネ(イバラの化け物)』」

 ユヴェンの周りが魔法の光で瞬いたかと思うと、太いイバラ付きの茎がユヴェンに纏わりつく。

 ちょっとした大木ほどの太さもある茎だった。

 大ウミヘビの牙は茎に阻まれて、ユヴェンの体まで届かない。

 そして茎からはイバラが生い茂って、大ウミヘビに突き刺さっていく。

 大ウミヘビの牙から分泌される毒は茎を溶かしていくが、それよりもイバラの盛り上がる速度の方が速かった。

 イバラはそのまま船に絡みついて、大ウミヘビにも絡みついて行く。

 大ウミヘビは自分の口内および首に巻きついてくるイバラにもがき苦しむも胴体を震わせるだけで、頭は一向に動かせない。

 大ウミヘビの筋力よりもウィジェットがイバラを固定する力の方がはるかに強かった。

 リンはそれを見て大ウミヘビに光の剣を放つ。

「おおおおおっ」

 光の剣は大ウミヘビの鱗の継ぎ目を狂いなく貫き、一刀両断にした。

「ユヴェン! 大丈夫?」

 リンが駆け寄るとユヴェンはガタガタと震えていた。

「あ、ああ。し、死ぬかと」

 リンは彼女の体を確認してどこにも怪我がないのが分かるとホッとした。

「ありがとうございます。ウィジェットさん」

「いいってことよ。それよりも、まだ戦いは終わっていないぜ」

 リンは大ウミヘビに巻きついたイバラをチラリと見る。

 イバラに巻きつかれた大ウミヘビの肢体は急速に痩せ細っていく。

 やがてイバラも朽ち果てる。

「あの植物は一体……、魔獣に見えますが……」

「あの植物は『ゾーネ(イバラの化け物)』だ。そのイバラで獲物を串刺しにする植物型の魔獣。串刺しにした後は、絡みついて寄生し、栄養を吸い取る。獲物の栄養を吸い付くした後、その獲物と共に枯れて、朽ち果てる」

 フォルタが説明してくれた。

「でもウィジェットさんが使っていたのは『召喚魔法』ではなく『物質生成魔法』だったような……。どうして魔獣を『物質生成魔法』で……」

「ウィジェットは『ゾーネ(イバラの化け物)』と契約を交わすことで『物質生成魔法』で生成できるようになったのだ。そのためウィジェットは、魔導師でも飼育できないと言われる魔獣『ゾーネ』を好きな時、好きな場所に自由に出現させることができる」

 リンはウィジェットの魔法に感心した。

(流石は200階層の魔導師だな。学院魔導師の魔法とは次元が違う)

 一方でニノは訝しげな顔をした。

(おかしい。コイツらこれだけの力とあれだけの積荷を持っているのなら、もっと大きな船を所有していてもいいはず。なんであんなショボイ船に乗ってこんなところで立ち往生してやがった)



 船はどうにか砲撃を凌いだものの大ウミヘビ達のしつこい追跡は一向に終わらなかった。

 魔導師達は鉄球を撃ち出すもののこの距離で水中にいる敵を撃ち抜くのは困難を極めた。

 彼らは潜りたい時に自由に水中に潜ることができ、簡単に遠距離からの砲撃をかわすことができた。

「ユヴェン。いけるかい?」

「うん。大丈夫だけど。あんたこそホントに大丈夫?」

「うん。頼むよ」

「知らないわよ。『物質生成』」

 ユヴェンが鉄球を生成するとリンはその鉄板の上に取り付いた。

 ユヴェンは鉄板を操り、大ウミヘビの上まで持っていく。

 こうして空中に砲台ができる。

 ニノはリンを見ながら訝しげに顔をしかめる。

(あいつ、何を……)

 リンの発想は単純だった。

 遠い船から横方向に砲弾を発射しても当たらないが、こうして上方からなら撃ち取れる。

 案の定、船の方向にしか気を向けていなかった大ウミヘビは上方に注意が向かずそのまま水面から頭を出してしまう。

 リンは大ウミヘビの頭に向かって光の剣を放った。

 光の剣は大ウミヘビの頭部を貫く。

 怒り狂った最後の大ウミヘビがリンに飛びかかってくる。

 砲台は大ウミヘビによって飲み込まれた。

 リンは寸前で砲台から飛び降りる。

 しかしリンは船から離れすぎていた。

 このままではリンは水路に落ちてしまう。

 大ウミヘビも空中でリンを飲み込もうと身を翻して、追撃してくる。

「リン!」

 ユヴェンが叫んだ。

 リンは『飛行魔法』を使い、空中でひらりと身を翻してかわし、大ウミヘビの胴体に取り付く。

 光の剣で胴体を貫いた後、蛇の体を蹴って船に飛びつく。

 転がり込むようにして甲板に着地した。

「リン。大丈夫?」

 ユヴェンがリンの元に駆け寄って体を起こす。

「イテテ。着地失敗しちゃった」

 フォルタは感心したようにリンのことを見る。

(大したものだな。スピルナ魔導師と渡り合ったと聞いたが、以前ルシオラと戦ったときより戦闘能力は段違いに向上している。あれから戦闘経験を積んでさらに向上したか。戦闘力だけで言えば、200階層の下位魔導師とも渡り合えるだろう。だが惜しいな)

 フォルタはリンを残念そうに見つめる。

(これが彼の才能の限界。やがてはこの階層で朽ち行く運命。しかし……彼は何かを求めて危険を冒し200階層に来た。その場限りの思いつきや小遣い稼ぎとは思えない。だとしたら……)

 フォルタは目を細めてリンを見つめる。

 まるでその真意を見極めようとするように。

 一方でニノもリンに改めて脅威を感じた。
(こいつ、『飛行魔法』だと? スピルナ上級貴族の魔法じゃないか。それにあの身のこなし。本当に平民階級の学院魔導師か?)

 ニノはこの船に乗っている者達を見回した。

 事態はいつの間にか彼の思惑を超えてあらぬ方向へと動き出そうとしていた。

(チッ。どいつもこいつもきな臭い奴らばかりじゃねーか)

 一行を乗せた船はダンジョンのさらに奥へと進んで行く。



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次回、第135話「火山の精霊」

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