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第112話「革命の気配」

前回、第111話「妹弟子」

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 リンは学院の授業が終わった後、ミルジットを迎えに行った。

 テオには先に帰ってもらう。

「妹弟子ぃ?」

 テオは怪訝そうな顔をしながら言った。

「うん。師匠に世話を頼まれたんだ」

「お前もお人好しだな。そんなもんいちいち聞く必要ねーだろ。大体俺達はもう自分で師匠を雇えるんだ」

「まあでもほっとけないし」

 リンはミルジットが降りてくるであろうエレベーターの方に目配せしながら言った。

 彼女は未だに学院から自分の宿に帰るまで覚束なくてリンが連れて帰る必要があった。



「もし。あなたはリン殿では?」

 ミルジットを宿に帰して、自分の宿に帰ろうとした時、リンは急に話しかけられて振り向いた。

 そこにはメガネをかけた男がいた。

「はい? そうですが」

 リンは自分に話しかけた男のことを詳細に観察してみた。

 紅いローブを着ているが、もう年齢は中年に差し掛かるかどうかというところだった。

 おそらく卒業を諦めたか、100階層以上で通用せず、戻ってきたかのどちらかだろうな、とリンは思った。

 服装の清潔さからそれなりの知能職についていることが伺えたが、決して裕福というわけではなく、その雰囲気はどちらかというと日々の生活にくたびれていて、その細い目は全てに対して疑りを向けているかのように神経質そうで、狷介さすら感じられた。

「私はパブリック社の記者のものでカロと言う者です」

「はあ。どうも。記者さんが僕に何か用ですか?」

「実は今、卒業間近の有望な学院魔導師を取材しているところでね。あなたにもお話を聞きたいと思ったのです。少しお時間と取らせていただいても構いませんか?」

「ええ。構いませんよ」

 二人は適当に話ができそうな店に入った。

 カロもカロでリンのことを観察した。

(控えめで謙虚な態度。これは煽てるよりも叱りつけた方が言うことを聞くタイプだな)

 そう判断する。

「あなたのことは調べさせてもらいました。リン殿。あなたは今のままでいいと思っているのですか」

 リンはそう言われてサッと表情を引き締める。

 彼にそう言われると今のままではダメな気がしてくる。

「リン殿。あなたはあなたに対してかかっている期待を知っているんですか。年収1000万レギカ以上にして資産1億レギカ。マグリルヘイムへの加入経験があり、王族とのコネクションを持っている。魔導競技で一勝以上している。それも上級貴族に。平民階級という身分を考えれば、これはどう考えても快挙と言っても過言ではありませんよ」

「そ、そうなんですか」

「あなたは知らないかもしれませんがね。我々平民階級の中にはあなたに対してひとかたならぬ期待を寄せている集団もいるんですよ。あなたを平民階級のリーダーとして担ぎ上げようという動きもあるくらいです。その上でお聞きしたいんですがね。貴方はどのような進路を取るおつもりなのか」

「いや。そんな目で見られているなんて知らなくって。実はなにも考えていません」

「では提案なんですがね。政治家のキャリアを進んでみてはいかがか」

「政治家?」

「塔の最高決定機関は評議会です。そして行政は魔導師協会が担当しています。しかしこれらに属していない下層階級の魔導師でも影響力があれば評議会の法案作成に関与しています。そして貴方には影響力がある」

「影響力……」

「そうです。あなたはこの塔における階級間の格差についてどう考えているのでしょうか」

「それは僕も実のところ深刻だと思ってはいました」

「では格差を是正する法律を作っていただけませんか」

「格差を……是正?」

 リンはその言葉を聞いてハッとなった。

 今までの彼に格差を是正するという発想はなかった。

「貴族の奴らはやりたい放題だ。自分達だけ高度な魔法を習得できるのをいいことに。そのおかげでどれだけの才能ある平民階級が犠牲になったことか。エリオス殿もその一人です」

「エリオスさん? 貴方はエリオスさんとも知り合いだったんですか?」

「ええ。そうです。少し出世すれば貴族階級に与する平民が多い中、彼は我々の意見に同調してくれた数少ない同士の一人でしてね。残念ながら志半ばで倒れてしまいましたが……」

「そうだったんですか」

 リンは急にエリオスのことが様々と思い出されてきた。

 色々と世話になったこと。親切にしてもらえたこと。

「彼も貴族に見殺しにされたも同然でしょう」

 リンは急に貴族階級への憎しみが湧きあがってきた。

 今までされた人道に反する踏みつけられた思い出が蘇ってくる。

「分かりました。カロさん。僕もあなたに協力しますよ」



「というわけで僕は政治家を目指すことにするよ」

 リンは宿に帰って早速テオに先ほどカロとした会話について話していた。

 テオはちょっと呆れ気味な顔をしている。

「いいけどさ。君はホントコロコロ志変わるね」

「どうせ評議会入りすれば世界を統べる一員になるわけだし。アルフルドで実績を作っておくのはいい考えだと思うんだ。マスコミの人も応援してくれるし」

「軍の上級士官を目指すんじゃなかったの?」

「諦めるよ。多分才能ないし」

「切り替え早いなオイ」

「今、アイシャさんやクルーガさんにいろいろ教えてもらってるんだけれどさ。グリフォンも飛行魔法も小さい頃からの鍛錬が必要っぽいんだよね。それこそ貴族の英才教育みたいな」

「うーん。まあそうかもしれないけどさ」

「そういうわけで僕は政治の道を目指すことにするよ。活動家になってあわよくば政治家に転身するんだ」

「なんとも言えず危なっかしい将来設計だねぇ」

「将来は大物代議士です」

(まーたお調子者モードになってら)

「というわけでテオ。資金面での協力よろしく」

「あのさ。政治活動って莫大な金がかかるんだよ」

 テオは壁に指輪の光で三角形を描いた。

「例えば君が100階、200階、300階、400階で影響力を発揮するにはだ。そのためには100階、200階、300階、400階で魔導師の支持を得る必要がある」

 テオは三角形の中に底辺と平行な線を引いてピラミッドを作っていく。

「そしてそれぞれの階層の貴族と平民の割合を見てみるとだ。99階以下は90パーセントが平民、100階層になると75パーセントが平民、200階になると50パーセント、300階では10パーセント400階では5%にも満たない」

「ふむふむ」

「つまりどれだけ平民階級の支持を得たとしても平民が5割いる200階で支持されるのが限界。貴族が平民派の君を支持するとは思えない。もし貴族の支持を取り付けようと思ったら莫大な金がいる。要するに支持基盤が脆弱すぎるってことだよ」

「それについては一案があるんだ」

「ほう。一案とは?」

「100階以上に平民階級を大量に送り込むんだ。平民に有利な法律を作れば可能だと思うんだ」

「……」

「100階、200階に平民派をたくさん送り込めば自然とそれ以上に平民が多くなるし、それを僕が主導して行えばそのまま僕の地盤になる。それで500階、評議会議員まで行くことも可能だと思うんだ」

「完全にエリオスの後を追ってるじゃねーか」

「エリオスさんは授業選択を失敗したからああなったんだよ。僕は100階層で通用する魔法を学んだし大丈夫。100階、200階で粘りさえすればどうにかなると思うんだ」

「……」

「不可能じゃないと思うんだよね。貴族の支配を揺るがせるよ」

「なるほど。まあそこはいいとしよう。でもじゃあイリーウィアさんとの関係はどうすんの?」

「イリーウィアさん?」

「君分かってる? 君がやろうとしてるの革命だよ。イリーウィアさんと敵対することになるんじゃないの」

「大丈夫だよ。イリーウィアさんは優しいし。きっと格差の是正に協力してくれるよ」

(甘すぎんだろ)

「絶対ヤバイって。君は貴族共のことを知らない。あいつらがどれだけ自分の権勢に執着する生き物か知らないだろ。イリーウィアさんは例外中の例外だって。僕らに政治は手に余る。考え直せ」

「大丈夫だって。マスコミの人も協力してくれるし。おっともうこんな時間だ。行かなくちゃ」

 リンは腕に刻まれた時計を見て出掛ける準備をする。

「どこ行くの?」

「挨拶回りする約束があるんだ。行ってくるね」

「ちょっ、おい、待てって」

 リンはテオが制止するのも聞かずに慌ただしく外に出て行った。



 ヘルドはデュークに呼び出されて彼の部屋に来ていた。

(これは精霊結界)

 ヘルドは室内に精霊すら入ることができない結界の魔法陣が描かれていることに気づいた。

 余程重大な話がこれから行われるのだと悟る。

「なんですか。こんな風に物々しい。噂になれば何か政治的な密談でもしたんじゃないかと勘繰られますよ」

 ヘルドはおどけた調子で言った。

「実際にこれから政治的な話をするのだ。イリーウィア様にも内緒でな」

(やはり。この結界はイリーウィアのシルフを警戒してのものか)

「単刀直入に言おう。私の地盤を君に譲りたい」

「ほう」

「もう私が失脚するのが既定路線であることは分かっている。ならばせめて私の仕事を円滑に引き継ぎたいのだ。イリーウィア様のお側の警護と雑用、そしてウィンガルド王国にまつわる裏の仕事までな」

「裏の仕事……ですか」

「その通り私はイリーウィア様の与り知らぬ事務まで担当している」

 デュークは話した。

 自分のしている汚れ仕事について。

「喫緊の課題は規制緩和に関する事だ」

「規制緩和?」

「そう。あの法案はウィンガルドを狙い打ちにしたものなのだ」

 デュークは話した。

 ウィンガルド王室を巡る利権と今回の規制緩和の関係について。

「なるほどそれは表に出せないわけだ」

「今回の法案はスピルナとラドスが主導している。我々ウィンガルドの一強を阻止するためにな。先立ってまず君にはこの法案への対策をして欲しい」

「しかしそんな重要なものならアイシャにも伝えたほうがいいのでは? 彼女も幹部候補だし」

「彼女はこのような任務には正直過ぎて向かない。少なくとも今は話す段階ではない」

「それで僕がやるというわけですか。なんだかなぁ」

 ヘルドは不遜な感じに言った。

 デュークはヘルドの態度にイライラする。

(優秀で才能もあるのだからもっと真面目にすればいいものを。私なんかよりもよっぽど将来性があるじゃないか)

「どうなんだ。やる気があるのかないのか」

「やりますよ。やるに決まっているでしょう。僕の立場で断れるわけないじゃないですか」

「よろしい。具体的なやり方は君に任せる。だがくれぐれも慎重に事を運べよ」

「一ついいですか?」

「なんだ?」

「この仕事のパートナーにリンを選びたいのですが」

 デュークは露骨に難色を示した。

「おい。この件にリンを巻き込むのか」

「彼もやがては騎士団に入ることになっています。今の段階からこういう仕事をやらせておけば何かと都合が良くなると思いますけれどね」

「ダメだ。危険過ぎる」

「知っていますか?あいつが平民派の旗頭になろうとしていることを」

「……何だと?」

「僕の仕入れた情報によると既に支持者を募って活動を始めているようです」

 デュークは頭を抱えた。

(どいつもこいつもっ。一体何を考えてやがる)

「裏で糸を引いている人物も厄介です。カロという者なんですが、有望な平民階級の青年を抱き込んで貴族に歯向かうよう仕向けているいわくありげな人物です」

「なんでまたそんな奴に……」

「今までは姫のお遊びで済んでいましたが、リンが本格的に平民派として活動するとなれば放置してはおけないでしょう。現状はまだ深刻な亀裂にはなりえませんが、本格的に法案を通すために活動しだすとなればマズイ。姫の子飼いの平民が平民派として貴族と対立するというのは外聞が悪すぎる。姫も平民派とみなされかねない。姫がきっぱり断れば問題ないですが、彼女のことです。面白がって支持するかもしれない。貴族達にも不快感を示し、離反する者が出かねないでしょう」

「だから俺は言ったんだ。あんな奴を可愛がるなんて……」

「もはやリンの影響力は無視できないものになりつつあります。こちらとしても性急にどう扱うか決めなくては。いい加減リンにも立場をはっきりさせてもらう必要があるでしょう。貴族の味方なのか、平民の味方なのか。それには今回の任務はうってつけだ。彼には我々と一緒に毒を飲むかどうか決めてもらいます。毒を飲むならば我々と一蓮托生で働いてもらうし、拒むなら厄介払い」

「だがリンが拒んだらどうする。その時、イリーウィア様の不興を買うのはお前だぞ」

「なに。心配することはありません。上手く型にはめますよ。」



 200階。マルシェ・アンシエの根城。

 ルシオラ、フォルタ、ウィジェットの三人は一つのテーブルを囲みながら一様に余裕の笑みを浮かべていた。

 お互いに弱みを見せないように。

「さて今回集まったのは他でもない。規制緩和に関する件だ」

 フォルタが会合の口火を切った。

 常に会合を主催し、仕切るのは彼であった。

 マルシェ・アンシエのメンバーは普段から個別に勝手に動いており、余程のことでない限り集団で行動しない。

 そのため彼が号令をかけなければ、誰もまとまって行動しようとはしなかった。

「ウィンガルドを始めとする貴族達の塔の構造を利用した利権は批判にさらされ、日に日に追及は厳しくなっている。それを受けて今期の評議会で法律が改正される見込みだ。早晩審議され、新たに法が施行されるだろう」

「困ったわねぇ。私達にも貴族の顧客がいるというのに」

 ルシオラが憂鬱そうな顔をする。

(よく言うぜ)

 ウィジェットは呆れた顔をした。

 彼女が本心から困っているわけではないことは分かっていた。

「とはいえ、この位ですごすご引き下がる諸君ではあるまい。それぞれ準備はしているだろうな」

「生贄を用意しているわ」

「俺も」

「よし。皆考えることは同じというわけだ」

「入っていらっしゃいフローラ」

 ルシオラがそう声をかけるとフローラが入ってくる。

 彼女は鎖に繋がれて、目にはクマができ、すっかり衰弱した様子で入ってきた。



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次回、第113話「表の顔と裏の顔」

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