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第111話「妹弟子」

前回、第110話「天才」

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 学院を後にしようとしたリンはチノとナタに話しかけられる。

「よおリン」

「聞いたぜ。飛行船を建造しようとしているらしいじゃないか」

「ええ、まあ」

「なんで言ってくれないんだよ。協力するのに」

 ナタは馴れ馴れしい態度でリンと肩を組み始める。

 リンは逃げられないようにがっしり肩を組まれた。

「はあ。協力ですか?」

「造船は我々ラドス人の最も得意とするところだ。スピルナ、ウィンガルドに比べても優位に立っている。塔の飛行船のほとんどもラドス出身の魔導士が建造したものだ」

 チノが引き継ぐように言った。

 彼もリンの脇を抑えてナタと一緒に挟み込む。

「それに水系の魔法に興味があるんだろう?」

「ラドスの首都ナムグルは水の都とも呼ばれていてね。水運が非常に発達している。その甲斐あって水の精霊が多く住む場所だ。我々なら君の役に立つ事が出来ると思うんだがね」

 リンは二人の押しの強さに押され気味になりながらも、曖昧に返事し続け、遠回しに誘いを断る。

 彼はテオから「ラドス人はこすっからい商売をするから信用できない」と言い聞かされていた。

「リン。行くぜ」

 テオが向こうから呼びかけていた。

「うん。今行くよ。ゴメン。テオが呼んでるから。またね」

 リンは二人から離れて行く。

「どうだった?」

 リンが離れたのを見てロークとレダも寄って来る。

「ダメだ。上手い事躱されたよ」

 ナタが忌々しげに言った。

「リンの奴俺たちのこと警戒してるのか?」

「さすが王族のお気に入りだな。俺達下級貴族に用はないってか」

 ロークが劣等感をにじませながら自嘲的な笑みを浮かべて言った。

「なに。焦る事はないさ」

 チノが落ち着いた態度で言う。

「商談で大切なのは粘り強さだ。粘り強く提案して行くうちに次第に向こうも心を開いてくる。時間は十分にある。卒業までも、卒業してからもな。これからさ」



 リンとテオは馬車を拾う場所まで歩いて行く途中、色んな人達が就職活動しているのを見かけた。

 そこかしこで卒業後の進路の話がされている。

 みんな必死でツテを手に入れようと躍起になっていた。

「みんな必死だね」

「ああ。どこもかしこもギスギスしてやんなるぜ」

 二人は馬車に乗って協会まで出向く。

 リンはユインと会う約束をしていた。

 途中で新築の建物が目に入る。

 かなり背の高い建物だった。

「あんなところに建物が建つんだね」

「みんなテナントを入れようと躍起になってるな」

「上手くいくかな」

「いくわけないだろあんなもん」

 テオはいろいろな面から上手くいかない理由を説明した。

 立地、客層、交通の便、対立する商会、規模、建設者の資金的体力、その他諸々。

「どうして上手くいかないのに建てるんだろう」

「誰かけしかけた奴がいたんだろ。そして欲張った。さらに金の匂いを嗅ぎつけた奴らとそれに騙された奴らがこぞって泥舟に乗ろうとしている。バカな奴らだよ」

 テオは素っ気なく言った。

「そっか」

 リンは、難破する運命の船から目を逸らして新聞に目を落とした。

 今日も国家間で戦争が起こったと報じられていた。

 国家財政の悪化が原因ということだった。



 ユインとの面談。

「君もいよいよ高等クラスか。早いものだね」

 ユインは相変わらず皮肉っぽい口調で言った。

「師匠はあまり変化ないようですね」

 リンは悪びれることなく言った。

 ユインはピクリと眉を動かして不機嫌な素振りを見せる。

「まあいい。ラージヤの授業はきちんと取っただろうな」

「ええ、とっていますよ。僕は師匠の言うことはなんでも聞く操り人形ですから」

 リンは冷めた調子でいった。

 ユインはあえて突っ込まなかった。

 最近、リンが自分に対して若干増長していることは感じ取っていた。

 あまり露骨なのでいちいち相手にしていてはキリが無かった。

「イリーウィアとはどうなっている」

「絶好調ですよ。以前からなぜか僕に親切にしてくれますが、最近は以前にも増して猫可愛がりしてくださいます」

「ならいい」

「ねぇ師匠、人間というのは醜い生き物ですね。」

 ユインは少し驚いた顔をした。

「ふむ。意外だな。君からそういう言葉が出るとはね」

「そうですか?」

「君はもう少し夢見がちだと思っていたが……」

「僕は結構現実主義ですよ」

「なるほど。今までは猫をかぶっていたというわけか」

「そういうわけじゃありませんが……」

 リンは虚ろな目で天井を見ながら言った。

「以前からボンヤリと感じていたことですけれどね。この塔に来て社会を見て、たくさん言葉を覚えてから、さらにハッキリと感じるようになりました。人間って醜いなって」

「そうかもしれない。しかしそう言ってる割に君はあまり悲観している様には見えないんだが」

「まあ悲観してもしょうがないですからね。僕もあんまり人のこと言えませんし」

 リンはスレたような調子で言った。

「そろそろ帰ってもいいですか? これでも忙しい身なんで」

「待て。今日は別の要件もある。入っておいで」

 ユインがそう言うと奥の扉が開いて、あどけない顔をした女の子が入ってくる。

 紅色のローブを着ている。

 リンは訝しむ顔をした。

「誰ですか?」

「彼女はミルジット。私の新しい弟子だ」

(また新しい弟子をとったのかよ)

 リンは呆れた。

「まーた世間のことを知らない、いたいけな子供を騙してかどわかしたんですか」

「人を人攫いか何かのような言い方をするな。それにミルジットは正式な依頼を受けて預かった弟子だ。 胸元の留め金が見えないのか 。彼女は貴族だ」

(あ、本当だ)

 ミルジットの胸元には白銀の留め金が付いていた。

「彼女は今年から学院に入学することになっている。君には彼女の面倒を見てあげて欲しい」

「は? なんで僕が……」

「彼女は来たばかりでこの塔のことに不慣れだ。とはいえ私も四六時中彼女の面倒を見ているわけにはいかない。それに君は彼女の兄弟子だろう。世話してやれ」

「いいなぁ。兄弟子がいるとか。僕が初級クラスの時、そんな親切な制度無かったけどなぁ」

「彼女は貴族だからね。君と違って」

「あ、そっすか」

 リンはあらためてミルジットの方を見た。

 彼女はリンとユインの会話を聞きながらも特に気分を悪くした様子でもなく、キョトンとした様子で首をかしげていた。

 部屋に入った時からずっとえくぼが張り付いている。

 リンはそれを見て、あまり賢そうじゃないな、と思った。



 リンはミルジットを伴って塔内の主要施設を案内して回った。

「ここが学院だよ。これから君が毎日通うところ」

「……」

 ミルジットは特になんの反応も示さず周囲をキョロキョロと見回している。

「ねえ。ミルジット」

「んー? なにー?」

「話聞いてる?」

「なんのー?」

「ここが学院だよって。君は明日から毎日ここに通うんだ」

「えっ? そうなの?」

 ミルジットは今初めて知ったかのような反応を示した。

(ダメだこりゃ)

 リンは途方に暮れた。



 フローラは幸せだった。

 これほど幸せだったことはいつ以来だろう。

 ここでは日々の暮らしにも将来にも不安を抱かなくてもいい。

 彼女がエディアネル公によって任せられたのは子守だった。

 自分より小さな子供の面倒を見る。

 彼女は子供が好きだったし、面倒を見るのは苦では無かった。

 なぜこれが不安を運ぶ作業になるのか到底理解できなかった。

 不安どころか彼らは幸福そのものではないか。

 子供達はフローラを慕ってくれたし、彼女も彼らのことが好きだった。

 ひとつ気がかりなのは給料が出ないことだった。

 そして弟と会えないこと。

 しかしそれも些細な問題だ。

 たとえ給料が出なくても貴族のお屋敷での生活は明らかに以前よりも生活水準が上がっているし、弟は今、学院に入る前の準備をするために他の魔導師のところで修業をつけてもらっているそうだ。

 まだきちんと喋ることすらできない年頃だが、それでもその時期から教育を受けないと魔導師として遅れをとるらしい。

 なんにしても身寄りの無かった弟がそんな風にきちんとした人の教育を受けることができるのはいいことだ。

 きっと次会う頃には魔導師としてたくましく成長しているに違いない。

 もしかしたら彼は私を今よりもずっといい暮らしをさせてくれるかもしれない。

 そんな甘い想像を巡らせながらフローラは仕事に励んでいた。



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