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第16話「学院魔導抗争」

前回、第15話「学院生活」

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「急ぐぞ。授業前に試験範囲見直しとくんだろ?」テオが手際よく筆記用具を片付けながらリンに声をかけた。

「うん。でも一応、教室の確認を……」

「エレベーターの中でやれ。次の授業は混むんだ。下手したら階段使うことになるぞ。急げ」

 テオに急かされてリンは慌てて立ち上がった。



 二人はなれない課題や試験に追われていた。

 授業はどれも座学が中心だった。初級魔導師は実技の前にそれぞれの魔法の基礎理論を頭の中にたたき込まれる。すぐに色々な魔法が使えるようになると思っていたリンは少々拍子抜けした。とはいえ、簡単なものではなかった。何せ課題の量が半端なく多い。いずれの授業も魔法文字で行われ、魔法語で授業されていたが、それぞれの魔法に必要な専門用語は全く別々で、覚えなければいけない用語は大量にあった。リンは魔法語のシャワーを浴びて自分が今まで使っていた言葉はほんの一部にすぎないことを思い知らされた。

 リンもテオもすでに課題や試験をいくつも落としており、幾つかの授業は今年度中の単位取得は危うくなっていた。

(なるほど。こりゃ、初級クラスを卒業するまでに何年もかかる人がいるわけだ)

 慣れない課題や試験に翻弄されるリンを助けてくれたのはエリオス達だった。彼らはわざわざ自分達の昼休みの時間を削ってリンの勉強を見てくれた。

「おお〜、懐かしい。俺たちもやったなこんなこと」アグルがリンの教科書を手にとってページをめくりながら言った。

「あら。あなたも妖精魔法、ケイロン先生なのね。感じいいでしょあの人」シーラもリンの教科書を見て思い出すように言った。

「ええ。ただ課題がすごく多くて……。課題の参考文献を読むだけでも時間がなくなっちゃうんです」

「すべてを読もうとするからマズイんだ。重要な部分だけピックアップすればいい。コツを教えてあげよう」

「すみません。皆さんも忙しいのに」

「気にすることないよ。君たちに教えるのは僕達にとってもいい復習になるし」エリオスはそう言って微笑んでみせる。

「どうしても学院に入ってすぐは課題と試験に振り回されてしまうからね。けれども1カ月。1カ月経てば自然と慣れるようになって、分厚い教科書を見てもどこを調べ、どこに注意して、どこを省略すればいいのかわかるようになる。それまでの辛抱だよ」

「はい。ありがとうございます」リンは心からお礼を言った。こんな優しい先輩たちに教えてもらえて自分はラッキーだと心底思えた。

 一方、テオは面白くなさそうにしながらエリオスたちに教えてもらっていた。

(全く。プライド高いんだから)

 リンは苦笑した。

 リン達は広場で教科書を開けていたが、急に周囲が騒がしくなってきた。

 人の行き来が忙しなくなり、軒を連ねる店々は看板を片付け扉に錠をかける。

「なんだ?」テオが訝しそうに見る。

「あっ、ヤベェ。今日はスピルナとラドスの奴らの抗争する日じゃねーか?」

「そうか。もうそんな日か」

「抗争?抗争ですって?」リンは物騒な言葉に思わず聞き返してしまう。

「月に一度、スピルナ国とラドス国の学院生が広場で抗争するんだ。施設の利用権や優先権を賭けて」

「あいつら仲悪い上、血の気が多いからな」

「いや、でも抗争って……、いいんですかそんなことして」

「協会に申し出をして、定められた武器を使う場合に限り許されている」

「以前は禁止されていたんだけれどな。けれどもスピルナとラドスの生徒間で刃傷沙汰が絶えなくって……、あいつら所構わずバトルするもんだから、ついに協会がこういう形で許可を出すことになったんだ。ガス抜きみたいなもんだよ。今となっては定例の見世物だ」

「そんなことが……」

「ちんたらしゃべってる場合じゃないわよ。私達も早く避難しないと巻き込まれる。この周辺の道路はじき封鎖されるわ」

 シーラがテキパキとテーブルに広げた書物や飲み物を片付け始めた。

 リン達は広場から少し離れた塔に避難した。リン達が到着する頃にはすでに野次馬が人垣を作っており、勝負の行方を予想する山師や飲食物を売る売り子がどこからともなく現れ始める。

 やがて先ほどまでリンたちがいた広場に両陣営が列をなして到着する。お互い国旗を掲げて陣地を作り始める。その様はさながら戦争の前触れのようだった。

「右側の青い旗がスピルナ、左側の黄色い旗がラドスよ」シーラがリンに耳打ちして教えてくれた。

 両陣営とも陣地の再奥に簡易の御神体を作ると、神の御前で臆病風に吹かれて逃げ出したりはしないこと、この戦いが神に捧げられることを宣誓した。その後、掛け声をあげ戦意を高めた。

 やがてどちらからともなく魔法の光が放たれ、戦いの火蓋が切って落とされた。

 両陣営入り混じり鬨の声をあげ、金物の鳴り響く音と爆炎がそこかしこで起きる。煙がもうもうと立ち込め、砂埃が舞い上がった。

 リンはこの修羅場を呆然として眺めた。

「ちょっ、大丈夫なんですかこれ。死人が出るんじゃ」テオが慌てた声で言う。

「大丈夫だよ。戦っている魔導師の装備を見てごらん。みんな帽子とマントを羽織ってるだろ。あれは魔導師にとっての防具だ。あれさえ装備していれば魔法による攻撃はある程度防がれる。もちろん打撃を与えられれば痛いし、炎を受ければ火傷する。けれどもそこは使える攻撃魔法やアイテムもある程度威力の弱いものに制限されているから……、まあ死ぬことはないよ」

(威力が弱いって……あれで?)

 リンは目を見張った。魔法によって繰り出される鉄球は大砲の弾のように大きく、爆炎によって立つ火柱は数メートルにものぼる。飛び交う光の剣は雷よりもまばゆい光を放ち、放たれる弩(バリスタ)は鉄柱のように巨大だった。いずれの攻撃もちょっとした建物ならあっさり倒壊させることができるし、猛獣の一匹や二匹くらいならあっさり仕留められそうな威力だった。事実、流れ弾を受けた周辺の建物にはボコボコ穴が空いていた。

 戦いは一進一退の様相を呈した。両陣営の軍旗が左右に行ったり来たりして優劣は中々はっきりししない。

 四半時もその状態が続いたが、やがてさざ波が引くように両陣営ゆっくりと後退りし始める。

 両陣営とも魔力が底をついて継戦能力の限界が訪れたのだ。2カ国の魔導師達で体力に余裕のある者らはお互い野次を飛ばし合いながら負傷者や気絶しているものを抱えて引き上げていく。後に残ったのは、破壊され残骸となった広場の施設、放たれてチカチカと点滅する魔力の残滓、負傷や魔力不足によりうずくまり動けなくなった魔導師達だけである。

 二勢力が完全に引き上げた頃合いを見計らうように、黒いローブを着た魔導師協会の職員達が広場に現れた。負傷者を荷車に乗せて回収したり、広場の修繕をし始める。

「今回は引き分けか」

 聴衆のどこかからからつぶやきの声が聞こえる。

 その声をきっかけに野次馬達は今回の戦いの感想を口々に言って騒ぎ立てる。

「あーあ、スピルナが勝つと思って賭けてたのになあ」

「最近、クルーガが参加しないからな」

 やがて観戦批評に飽きた野次馬達は一人また一人と引き上げ始める。

「僕たちも引あげよう」エリオスがみんなを先導するように言った。

「そうね。今日は早めに部屋に帰ったほうがいいわ。見た感じまだ元気のあるやつがけっこういたし。あいつらが場外乱闘しないとも限らないわ」シーラが警戒するように言った。

 リン達は戦火を逃れるようにしてアルフルドの街を後にした。



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