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第59話「回り始める二人の事業」

前回、第58話「アルフルドのならず者」

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「ふぅ〜。やれやれ」

 リンは事務処理が一段落して一息ついていた。軽く背伸びをする。

 彼は今新しく借りた事務所の一室で働いていた。

 壁に立てかけられた時計をちらりと見る。もう日付は変わろうとしている。テオは昼に出かけてからいまだに帰ってこない。交渉が長引いているようだ。

(テオは働き者だな)

 この分だと今日の事務処理はリン一人でしなければいけない。リンは机の上に積み上げられた書類の山を見てため息をついた。

 リンとテオの事業は急成長を遂げていた。

 事業が魔導師協会によって正式に認可されてからは二の足を踏んでいた商会からの受注も一斉になだれ込んでくる。

 おかげで二人は忙しさでてんてこ舞いになってしまった。

(魔導師協会に事業を登録してから急に処理する書類の量が多くなってしまった。テオに頼んで事務処理のバイトを雇ってもらわないと。さすがに二人でやるのは限界だよ。あるいは外注するか。でもそうするとまた社員や外注先の管理が面倒なんだよなぁ)

 リンは書類の山の中から一枚取り出す。

(こればっかりは僕が処理しないとね)

 リンは売上と利益率に関する書類を手に取る。れっきとした企業秘密である。リンは改めて書類上の数字を見て以前見たのと桁が合っているかどうか確認してみた。桁があっているとわかってため息をつく。

 書類には月の売上2000万レギカ、利益100万レギカとある。合理化を進めればさらに利益率は上がるはずだ。しかも売上は右肩上がり。

 いずれにしても二人合わせて20万レギカ稼ぐのにもアップアップしていた時代に比べれば隔世の感があった。

(いいのかなぁ。こんなにうまく行っちゃって。二人だけでこんなに稼いでるなんて知られたら顰蹙買うだろうな。まあ元々の徴税額が暴利すぎたんだよね。よくこんなデタラメな商売がまかり通っていたもんだよ)

 リンはテオと一緒に取引先を回ったり、商品の価格交渉をしているうちにすっかり市場の相場観が身についてしまった。以前はテオの考えを大それたことと思っていたが、今となってみるとどう考えても世界の方がおかしかった。

(みんな勉強とバイト、お茶会で忙しくてこの価格に疑問を持つ暇もなかったんだな)

 リンはあくびをした。

(眠い。まだ学院のレポートも明日までにやらなきゃいけないのに。質量魔法と妖精魔法がまだ終わっていない)

 リンは書類の山をぼんやり見ながら終わるまでの時間を簡単に計算してみた。とてもじゃないけれど今日中にすべて終わらせるのは無理だった。

(幾つかの書類は後回しですな。でもこれだけは明日までにやらないと)

 リンは一枚の企画書を取り出す。そこには『12月のキャンペーン』、『新商品の提案』と書かれている。

(ついにマーケティングまでやり始めたよテオは)

 リンは半ば感心し、半ば呆れながら書類に目を通す。

 先日、テオが取引先の店に提案してみたところ売上が伸びたため、またやってくれという話になったのだ。

「テオ君。君はどんだけ働いたら気が済むんだい」

 リンは誰もいない事務所で独りごちた。

 テオは今のうちにできるだけシェアを拡大してあわよくば市場の寡占化を進めてしまおうという魂胆のようだった。

(今日中に仕上げないと12月のキャンペーンに間に合わないからね)

 リンは気合を入れ直してペンを持ち直した。今日中に集めたデータをまとめて表にしなければいけない。

(今日は徹夜ですな。はぁーあ。何やってんだろ僕。立派な魔導師になるためにこの塔に来たっていうのに。最近は品物を売り買いしてばかりだよ)

 リンは連日の徹夜を思ってため息をついた。

「くぅ〜。疲れるなあ」

(でも……)

 リンは思い直す。

(ここで踏ん張って1000万レギカ作りさえすれば、学院の課金授業を受けることができて僕のような底辺魔導師でも100階層で貴族達に対抗できるはずだ)

「よし。頑張るぞ」

 リンが仕事を再開しようと意気込んだところ、ドアの開く音がした。

 テオが帰ってきたようだ。

「ただいま〜」

「あ、おかえり。遅かったね」

「ラッフルベリーの店長の話が長くてさ〜」

「あ〜あの人は話長いね」

 テオは深紅のローブだけ脱いで備え付けのソファに寝転がってしまう。

「どう? 明日までに終わりそう?」

「マーケティングのやつだけやっとく。他は無理。ねえ、もう僕一人じゃ事務処理も限界だよ。このままじゃ過労死しちゃう」

「ん〜? そんなのアルバイトを雇いなよ」

「あ、それ僕も思った」

「「わははは」」

 二人は一緒になって笑った。二人とも深夜と疲労のため変なテンションになっていた。

「じゃあ、もうバイト雇っちゃうね。早く雇わないと。僕、学院のレポートもしないといけないのに」

「いや〜、むしろレポートをバイトにやらせなよ」

「あ〜、その発想はなかったわ」

 また二人は一緒に笑った。しかしテオはその直後ソファのクッションに顔を埋める。

「ダメだ。もう起きてられん。先に寝ても大丈夫?」

 テオはもう喋るのも辛いようだった。むにゃむにゃ喋っていて瞼も閉じかかっている。

「うん。いいよ。あとは僕がやるから。おやすみ」

「ありがと。おやすみ」

 それだけ言うとテオは瞼を閉じてスヤスヤと寝息を立て始めた。

 リンは再び書類に向かおうとしたが、ふとペンを握る手を止めて思いつく。

 彼はベッドから毛布を持ってきてテオにかけてあげる。

 リンはテオの肩まできちんと毛布がかかっているのを確認した後、再び机に向かい合った。



次回、第60話「訪れたアルバイト」

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