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第13話「迎えに来てくれる人」

前回、第12話「入学式」

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 入学式が終わり、新入生達はそれぞれ別室に通されて説明を受けた。

 説明は主に以下の通りだった。

 学費は年間50万レギカ払う必要がある。ただし学院生は奨学金の融資を低金利で受けられる。学費以外にも授業に必要な教科書やその他道具に必要な費用も融資を受けることが可能。

 授業の中には学費以外にも受講するのに追加料金が徴収されるものもあるから注意が必要。

 卒業には基礎魔法科目の単位が20個必要なので、なるべく基礎魔法の科目を取るのがオススメ。

 ほとんどはエリオス達から事前に聞いていた情報だった。

「いいですか。配られた用紙に希望する科目を記入して来週までに魔導師協会へ提出してください。提出方法は分かりますね。紙に宿る妖精を呪文によって喚起して魔導師協会の書棚まで飛ばすのです。提出する場所は用紙に書いてあるので妖精喚起の呪文だけで十分です。妖精が文字を解読して勝手に運んでくれるでしょう。分からない場合は協会の方まで聞きに来てください。まあ試験に合格した皆さんなら問題ないかと思いますが」

 リンは机に刻まれた魔法陣から浮かび上がってくる用紙をカバンに収めると教室を出た。

 リンが廊下に出ると黒いローブを着た魔導師達がずらりと並び立っていた。リンは初めなんだろうと不思議そうに見ていたが、彼ら一人一人が出てくる生徒と合流するにつれて、自分の弟子を迎えに来た師匠だと気付いた。

 彼らは目当ての生徒が出てくると、ある者は彼らを先導し、ある者は後ろに付き従うようにして、またある者は寄り添うようにして廊下の端にあるエレベーターに向かっていく。貴族階級の子達は、ユヴェンと同じように師匠を学院まで迎えに来させているようだ。

 師匠が付き添いをしているどうかで貴族階級かどうか一目瞭然だった。リンは彼らをしばらくぼんやりと眺めた。一組の師弟の会話が聞こえてくる。

「いちいち迎えになんか来なくていいよ。もうガキじゃないんだ」

「そういうわけにはいきません。私は父君からあなたを見守るよう言われているのです」

「チッ。鬱陶しい。家を離れれば自由気ままに振舞えると思ったのに」

 二人は言い合いをしながらも一緒に廊下を歩いていく。

 リンは踵を返してテオと落ち合うことになっている場所に向かった。慣例では学院の入学式が終わった後、師匠のいる者は科目選択について相談することになっている。リンとテオも師匠に会うため学院都市アルフルドの魔導師協会に向かわなければならなかった。

 リンは彼らの話し声から逃げるように駆け足で廊下を立ち去った。そうしなければ胸が詰まりそうだった。リンには大人に迎えに来てもらった経験なんてなかった。彼らを見ているとどうにかなりそうだった。



 リンは学院の入り口でテオと落ち合った後、お互いの師匠を訪ねるために魔導師協会アルフルド支部に赴いた。合流した時、テオはリンの様子が普段と違うことに気づき、顔を不思議そうに眺めたが、何も触れずにいてくれた。リンは正直ホッとした。リンの今の気持ちはテオとでさえ分かち合えないに違いなかった。協会にたどり着くまでテオはなるべくとりとめのない話題を選んで話してくれた。おかげでユインと会う頃には幾分落ち着いた気持ちになっていた。リンは内心テオの対応に深く感謝した。リンが待合室のドアを開けると、すでにユインは室内のソファに腰掛けてくつろいでいた。

「驚いたよ。まさかこんなに早く試験に合格するとはね」

 ユインはいつも通り抑揚のない声でリンに話しかけた。その声から感情は読み取れない。

「ツイてましたよ。ルームメイトになった子がとても賢くて。いろいろ生活の知恵や勉強の仕方について教えてくれたんです」

「フン。なるほどね。まあそんなところだろうと思っていたよ」

 ユインはそっけなく言った。

 リンは気にせず話を続けた。

「師匠の方はどうでしたか?魔法の研究は捗りましたか」

「ああ、順調に進んでいるよ。ただその分忙しくてね。君の相談にじっくり乗ってあげる時間はやはりないんだ。悪いけれど科目選択についても自分で考えてやってくれたまえ」

(ぐっ。先手を取られちゃったな)

 リンは科目選択について相談しようと切り出すタイミングをうかがっていたが、言い出しにくくなってしまった。

(それにしても……やっぱり師匠はすごいんだな)

 リンは久しぶりにユインと会話して改めて彼の力の深さに感じ入った。

 彼の話す魔法語はレンリルやアルフルドで会ったどの魔導師よりも流暢だった。とてもクリアに耳に響き、意図するところが淀みなく頭の中に流れ込んでくる。魔導師として相当の実力者に違いなかった。それだけにリンは悲しかった。ユインはやはり自分のことを売り物としか思っていないのだろうか。魔導師の才能があると言ってくれたあの言葉は嘘だったのだろうか。

「まあそういうわけで私はこれでお暇させてもらうよ」

 ユインは腰掛けていたソファから立ち上がろうとする。

「あっ、待ってください」

「ん?なんだね?」

 ユインは再び椅子に深く腰掛けようとはせず中途半端な姿勢で止まる。

「あのっ。僕はこうして学院に合格しました。魔法語についてもある程度読み書きできるようになっています。僕にも何か師匠の役に立てることはないかと思って……。師匠の研究を手伝わせてもらえませんか」

 ユインに学院に迎えに来てもらうのは無理だと分かっていた。それでもせめて必要とされたかった。

「君にしてもらいたいことは何もないよ」

 ユインはきっぱりと言った。

「学院の試験に受かって、魔法語が読み書きできるからといって何だって言うんだ? そんな奴この塔にはゴマンといるんだよ」

 ユインはいらだたしげに言った。

「実のところこういう風に君と会ってる時間も惜しくてね。他に用がないならもう行かせてもらうよ」



 リンはとぼとぼとした足取りで控え室からテオと待ち合わせしている受付のロビーに戻って行った。

 リンはがっかりしていた。それなりの成果を出したのだから少しは褒めてもらえると期待していたのだ。しかしユインの態度は入学前となんら変わることはなかった。

 ロビーに戻るとテオは既にいて科目要項に目を通していた。

「お、終わったか? んじゃ行こうぜ」

 リンは目を丸くした。彼とユインの会談も大概短かったが、テオと師匠の会談はそれよりも短かったというのだろうか。

「テオ。もう師匠との会談終わったの?」

「いや、会ってないよ?」

 テオはとぼけたような顔で言った。

「えっ?会ってないの?」

「ああ、時間の無駄だしな」テオは平然と言った。

「今頃、あのクソ師匠は控え室で待ちぼうけさ。待てど暮らせど弟子はやってこないけどね。ざまあみろ」

 リンは笑ってしまった。

「すごいね君。師匠との約束をすっぽかすなんて」

 リンにはとてもできないことだった。

「僕も次からそうしようかな」

「おう、そうしろそうしろ。時間の無駄だよあんなの」

(テオと友達でよかった)

 リンは心の底からそう思った。彼となら悲しいことがあった後でも明るくいられる気がした。


                      次回、第14話「科目選択」

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