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個別具体的な交通違反取締りのストック。仕事ができるようになる方法

「どうすれば仕事ができるようになりますか?」
職場の若手からの質問です。

 この質問への結論を言うと「目的をもって周りを見ろ」ということになります。以下、これの説明です。

 まずは一冊の本を紹介。
「教師のための読書の技術ー思考量を増やす読み方ー」

1.言葉が思考に限定を掛ける。名文の書き方

 レトリック学者・香西秀信氏の著書。文章力を上げるにはどうすればいいか。それは、「自分で文章を書く時に使える言い回しはないか」の目的をもって本を読むことだと言います。つまり、人の文章を借用して、自分の文章に取り入れようという作戦。なぜなら、無いものをいくら自分の中に探しても見つかるわけでは無いからです。
 例えば、文章力のない者が文章力の上達を望んだ場合、他人の優れた文章をたくさん読んで、どのような文体、言い回し、語彙等が使われているかを頭の中にストックすることで文章が上達します。いくら「自分の頭で考えろ」と言ったところで、無いものは出てきません。
 で、他人の文章を読むときは、はじめから文体を自分に借用する目的を持って読みます。ただ漫然と内容を読むのではなく、「なぜこの文章は面白いのか」「なぜこの言い回しだと理解できるのか」と、「探す」意識を持つ。文章がどのように書かれているかの構造を見極める心構えをもつ。このメタの視点をもつことで、相手の文章の工夫も見え、より効果的に自分に取り入れられるようになるのだと言います。

 おそらく、こうしたことは、優れた書き手であれば誰でもやっていることに違いない。私は優れた書き手ではないが、彼らの書いたものを読んでそう思う。名文家と言われる人たちが、先人の様々な書き方をいくらも借用しているのだ。むしろ、そうしたからこそ、彼らは名文家になれたのだと言っていい。凡庸な書き手だけが、独創の空念仏を唱え、幼稚な文章を仕上げるのである。

香西秀信「教師のための読書の技術」

 ちなみに、他人の文章を借用することについて、「自分のオリジナリティーが無くなるのでは」と気にする必要はありません。もしも誰かの文章に個性というものがあるのなら、それは借用の結果だからです。その人も、それまでの人生で他人の文章を読み、意図的にしろ意図的でないにしろ、影響を受けてきていはず。その積み重ねがその人の文章における個性と言われるものであり、そこにゼロからのオリジナリティーなどありません。

 この、「他人の優れた文章を模倣することで自分の文章力を上げる」という方法の背後には、「言葉は思考に先行する」という思想があります。
 「まず思考があって、それを言葉にして表現する」のではなく、「言葉によって表現された結果、思考が形成される」のです。
 優れた考えを持ってる者を思い浮かべてみると、それらはおそらく、例外なく優れた文章力をも持っているでしょう。それらの者は、優れた思考+優れた文章力という組み合わせを持っているのではありません。優れた文章力という1つのものしかもっておらず、優れた思考は、優れた文章力からの派生です。

 だから、もし我々が豊富な言葉のストックをもたなかれば、われわれは豊富な思考をもつこともできない。これを確かめたければ、試みに、不慣れな外国語で誰かと会話してみるといい。考えたことを言葉にしようと四苦八苦しているうちに、いつしか言葉にできることを考えるようになってしまった自分自身に気づくだろう。言葉が思考に限定をかけてしまうのである。

香西秀信「教師のための読書の技術」

 だから、例えば映画を見て「面白かった」としか書けぬ者は、もしも語彙が豊富であれば内面の複雑な感情を豊かに表現できるのかと言うとそうではありません。その者は「面白かった」としか感情を持てないのです。反対に、感情の微妙なニュアンスを彩り豊かに表現できる語彙を持ったものは、それらの語彙を持っているがゆえに、微妙なニュアンスの感情を思考し得るのです。

2.膨大な取り締まりのストック。仕事ができるようになるには

 これと同じことが仕事にも言えましょう。
 仕事ができない人間は、「こういう時はこうしよう」「このような時はこうするべき」というストックの量が圧倒的に足りません。だから、仕事で起きる事象に対応できない。仕事に対応できるようにするには、「こういう時はこうするべき」というストックを大量に持たなくてはならないのです。

 ストックの量を増やせば良い。が、自分の経験だけで増える量などたかが知れています。なので、他人の経験をも自分の経験量に変えます。「自分に取り入れる」という目的意識をもって、他人の仕事を見る。聞く。(報告書などを)読むのです。

 私は昔、警察官をやっていましたが、仕事で若手に教えようとしていたのは「こういう時はこうしよう」という、個別具体的な対応例の、膨大なストックでした。
 例えば交通違反の取り締まり。〇〇交差点での一時停止違反の取り締まりを若手が一回できたからと言って、その若手が一時停止違反の取り締まりをできるようになったのかというと、そうではありません。その若手ができるようになったのは、「その時、その場、限りの」取り締まりです。〇〇交差点における、その違反者に対する、そのときの状況限りの取り締まり、を出来たに過ぎません。
 なので、「明日以降、他の場所でも同じように取り締まりをしてくる」ように指示を出しても、その若手はできないでしょう。場所が違えば、現認の視認状況も違ってくる。時間が違えば、走る車の種類も違ってくる。違反者が違えば、違反者の言い分や態度も違ってくる。さらに、その若手の精神状況だって日々違っています。何か心配事が出てきたり、不安や悩みで精神状態が浮き沈みするので、パフォーマンスに差異も出てくる。ある時に取り締まりが出来たからと言って、他の状況でもできるものではないのです。
 であれば、仕事ができるようになるために若手がするべきは、具体的な対応例のストックです。気が早く、すぐにでも仕事ができるようになりたい若手は「一回、一時停止違反の取り締まりができたから、他でもできるだろう」と、自身を過信します。ですがその若手は、「交通違反の取り締まりができた」や「一時停止違反を取り締まれた」という全体的・抽象的な「できた」ではなく、もっと個別具体的な、一時のみの「できた」です。なので一回、一時停止違反の取り締まりが出来たからと言って「もう一時停止の取り締まりをできた」と思わず、その対応例をストックして積み上げることに意識を向けなければなりません。〇〇交差点の他に△△小学校前、それから□□駅入口……。一時停止違反の他に赤信号無視、携帯電話使用、横断歩行者妨害……など。

 ストックを増やす時に注意するのが、借用して自分に取り入れようという目的意識です。職場における個人の経験など、たかが知れています。一日に20件も30件も取り締まりできるものではありません。交通違反の取り締まりは一日に10件もできれば十分です。後は何で埋め合わせをするかというと、人の取締り話を聞いたり、他人の報告書を読んだりです。そのときにはじめから「自分に取り入れてやろう」という気持ちで聞いたり読んだりすること。そうすることで、見る世界が違ってくるのです。
 これも「読書の技術」に書いてあったことですが、エドガー・ドガという画家が次のようなことを言ったといいます。

鉛筆を持っている時とそうでないときとでは、見える世界が違う

エドガー・ドガ

 つまり、普段漫然と世界を眺めているときと、デッサンをしようと集中して世界を見ている時とでは、たとえ見ている風景が同じでも、そこから読み取れるものが違ってくるのです。
 人の話を聞いたり、他人の報告書を読むときも同じ。話の内容をつかみ、報告書の中身を理解するには、受け取るだけで構いません。が、そこから教訓を得ようとすると、集中して聞き、読む態度が必要です。「探す」という能動的な態度が、違う話を聞かせ、違う報告書の内容を読ませてくれるのです。

 だから、仕事ができるようになりたいと思う者は、個別具体的なストックを積み重ねることです。その時に、自分の経験のみならず、他人の経験をも利用すること。他人の経験は、話を聞き、報告書を読むことでも得られます。はじめから「自分のものにしてやろう」という目的意識をもって他人の経験を聞いたり読んだりする。そうすることで、より効果的に自分のストックとすることができるのです。



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