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下書きを保存させてくれる女性に恋をしました

noteには「下書き保存」という機能があります。見たまんま、編集中のテキストを下書きとして保存できる機能です。
ある日、「下書き保存」をタップするとこんな画面が飛び出してきました。

クリエイティブに特化したアプリだけあって、創作者に対する気遣いもお手のものです。悪い気はしない、しかし気にも留めない程度のことでした。

別の日。また「下書き保存」をタップすると、

見てんじゃねえよ。

僕はプライドが高いので、未完成のものを人に見られるのは主義じゃないです。それに、見ず知らずの人間に続きを楽しみにされても期待に応えようがありません。
ちょっと距離が近いな、と思いました。

また別の日。

え、茶屋?

憩いを求めて抹茶にすすりに来たお侍さんに声をかけるような口ぶり。
書きに「来て」ということは、僕がこの人のテリトリーにお邪魔していたということでしょうか?

刹那、僕の脳内を淡い妄想が支配しました。

○ 喫茶店・店内(昼)

女「いらっしゃい。今日も来てくれたんですね」
僕「やっぱりここが一番落ち着いて書けるからね」
女「嬉しい。窓側の角っこ、お好きですよね。今片付けますから」
僕「いいんだいいんだ、お構いなく」
女「せっかく来てくれたんだもの、一番良い場所を用意したいわ」
僕「…すまんね」

窓側の角っこの席。
時たまコーヒーをすすりながら、茶ばんだ原稿用紙に万年筆を走らせる僕。
彼女は水を注ぐふりをして、僕の原稿用紙を覗きに来る。

僕「ちょっと、恥ずかしいなぁ」
女「ふふっ、続きが楽しみです」
僕「ああいかん、そろそろおいとましなくては」
女「え、もう?」
僕「ちょっと立て込んでてね」
女「…明日も来てくれますよね?」
僕「もちろんさ」
女「よかった!また書きに来てくださいね!」

○ 喫茶店・店内(夜)

別の日。
瞬きを忘れるほど執筆に没頭する僕。
一節書き終えて、眉間を摘むように押さえる。

女「あんまり無理したらダメですよ」
僕「筆が乗ると、ついのめり込んでしまってね」
女「疲れたら目を休めてくださいね」

ふと窓の外を見ると、雪がちらついている。

僕「あ、雪」
女「わあ!きれい!こっち出てきて初めて見ました」
僕「……」

出身は?どうしてこっちに?ご家族は?
まして、恋人はいるのかい?なんて聞けないまま、彼女の横顔を盗み見る僕。

○ 喫茶店・店内(昼)

いつものように窓側の角っこで執筆する僕。
万年筆を置き、大きく伸びをする。
そこへ水を注ぎに来たのは、初老のマスター。

マスター「執筆がすすんだら、軽く休憩してみましょう。おかわりはいかがです?」
僕「ああ、…じゃあお願いします」
マスター「長続きのコツは、上手な息継ぎです」
僕「あの、いつもの女性は?」
マスター「ああ、彼女。辞めましたよ」
僕「辞めた?」
マスター「隣町に引っ越すからって。良い子だったんだけどねぇ。働き者で、お客さんからも可愛がられてたのに」
僕「……」

気付くと僕は店を飛び出し、走っていた。
彼女の居場所も分からないままに。

○ 駅・ホーム(昼)

女、身を縮こませながら寒さをしのいでいる。
そこへ走ってくる僕。

女「あれ? どうしてここに?」
僕「どうしてはこっちだよ! なんでお別れも言わないで辞めちゃうんだ!」
女「…ごめんなさい。執筆の邪魔をしたくなくて…」
僕「…本末転倒だ!」
女「?」
僕「キミに、…キミに会うためにあの店で書いてたんだ。なのにそのせいでお別れが言えないなんて、本末転倒だよ!」
女「……」
僕「せめて、さよならだけは言わせてくれよ」
女「……」
僕「……」
女「さようなら」
僕「……」
女「私、男の人と暮らすんです。大学を卒業したら、結婚しようと思ってます」
僕「…そうか」
女「脚本家、目指してるんですよね」
僕「ああ」
女「いつかアナタのドラマが観たいです。エンドロールにアナタの名前が出て、この人昔働いてたお店に来てたんだよ! って自慢したいです。だから頑張ってください」
僕「…必ずドラマの脚本家になる。約束するよ」
女「また会えるのが楽しみです」

そこへ列車が来る。女が乗り込み、二人の距離は徐々に離れていく。
僕は必死に彼女へ手を振る。見えなくなるまで、ずっと振り続ける。

僕「…俺の名前知らねえくせに」

こうして僕の恋は幕を閉じました。
彼女に会いたくて、何度も下書き保存した夜もありました。
しかし、どうやら今紹介した6パターンしかないみたいです。
僕は下書き保存するたびに、彼女との淡い思い出を少しずつ消費しています。
いつか尽きてしまうその前に、また会えたら。

(完)

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