【嘘エッセイ】入場料10万円の美術館

※このエッセイはフィクションです。実在する団体・人名等とは一切関係ありません。

先日、Twitterにこんなツイートが流れてきました。
「今話題の10万円美術館、ヤバい。間違いなく人生が180°変わる。感動しすぎて涙止まらん」。
今話題の10万円美術館?
全単語意味不明につき調べていくと、どうやら都内某所に入場料10万円の美術館があるらしい、という情報に辿りつきました。
中の展示物は完全シークレット。ネタバレも一切禁止。
しかしネット上にあるクチコミでは全員が「感動した」「人生観が変わった」などと口を揃えて絶賛していました。
美術館に行くだけで人生が変わるなら、こんなに容易いことはありません。
趣味が少なく金の使い道に困っていた僕は、まるまる貯金していたコロナの給付金10万円を持って美術館へ向かいました。

クチコミに書いてあった通りの場所へ向かうと、何の変哲もない雑居ビル。
入り口では、女性が一人で受付をしていました。およそ学園祭の催し物のような手作り感に、猜疑心と期待感が交互に訪れるのを感じました。
女性は「10万円になります」とだけ言い、僕が封筒を手渡すと中身を確認して、大判から切り離して作ったようなチャチいチケットを渡してくれました。
「どうぞ」とも何も言われませんでしたが、僕はドアを開け、中へ入りました。

真っ暗で、何も見えない中をゆっくりと進んでいくと、天井から何かに向けて真下に光が当たっているのを見つけました。
近づいていくと、ガラスケースの中に1つだけ、使いかけの消しゴムが入っていました。使いかけの消しゴムがガラスケースに入って、いかにも厳重そうに、神々しそうに展示されていたのです。
「うーん…」僕は悩みました。
これは何を意味しているんだろうか。
どれだけ近づいてみても、はたまた遠くから眺めてみても、ただの使いかけの消しゴムです。四つ角がやんわりと丸くなっていて、斑点のように黒ずんだ箇所があるだけ。スリーブには見慣れた「MONO」の文字。
すると突然、天井から射していた光が消え、消しゴムは見えなくなってしまいました。
そしてまた数メートル先に、展示物らしきものが現れました。

そこにはメロンパンが展示されていました。
おそらくコンビニで売られている、歪なドーム形をした、いわゆるメロンパン。それがガラスケースに入れられ、それらしい照明を当てられていました。
僕は自分の眉間に皺が寄るのを感じました。腕を組み、四方八方からメロンパンを鑑賞しました。
これは一体、何の意味があるんだろうか。
普段容易に食べられるものが、ガラスケースに閉じ込められて食べられないという皮肉?それとも、普段まじまじと観察することのないメロンパンの美しさに気付かせるという思惑?
もう少しでそれっぽい理由付けができそうなところで、また照明が消えてしまいました。

最後に現れたのは、またもや使いかけの消しゴム。
しかし、さっき見たやつよりも明らかに損傷の激しいものでした。反対側の四つ角も丸くなっていて、スリーブもグチャグチャ。消しカスが払われずにそのまま付着していました。
「試されている!」僕はそう思いました。
ここで意味に気付けなければ、10万円が全て水の泡になる。消しゴムとメロンパンを見るために10万円払ったなんて、悔しすぎてエピソードにもできません。この美術館が意図しているメッセージというやつに今気付かなければ、もうチャンスはない。考えろ、考えるんだ。

そこで、僕の行き着いた考察はこうです。
最初の消しゴム=過去の自分。多少擦れてはいるけど、まだまだ未来への希望は残っている状態。
メロンパン=夢。まだ誰にもかじられていない、僕だけの夢。しかしガラスに入っていて、触れることも食らうこともできない。
最後の消しゴム=夢破れた自分。メロンパンにあり付けず、現実に擦れまくってクタクタになった状態。

よし、感動できそうだぞ!
目一杯この悲壮感に浸るんだ!メロンパン食べたかったな!夢に破れた俺はまるでこの消しゴムさ!ああ可哀想に!あ!泣けそう!もう少しで涙が出そうだぞ!10万払ったんだから涙の一つでも出しておかないと!よし!いける!頑張れ俺!

すると目の前が急に明るくなり、出口が現れました。そこは雑居ビルの非常階段でした。
螺旋状の階段を降りていく途中、僕はずっと考えていました。
本当に自分の考察は合っていたのだろうか。気付いてないだけで、もっと深い意味が内包されているのではないか。
もしかして、あれを見せられて感動できない自分、すなわちまだまだ人としての深みがない自分を知るというのがテーマなのか?
電車に乗って窓の景色を眺めていると、なんだか全てのものに意味があるように見えてきました。

僕は「なんだか全てのものに意味があるように見えてくる」ためだけに10万円払ったのでした。

(完)

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