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復縁したくて占い師になりました~赤羽のスナックママ~【占い師の舞台裏②】

真冬の早朝、派手なロイヤルブルーのワンピースを着た私は、鼻水をすすりながら繁華街の片隅にある占い師事務所に向かっていた。

ファッション感度の高い若者が集まる街で、お世辞にも流行りの形とは言えないワンピースを纏って歩く。仕事のため…もとい、”占い師らしい”宣材写真撮影のためとはいえ、なけなしのプライドがひりひりと痛んだ。

「今度〇〇で活動するシェリーさんですよね?お待ちしていました。」

事務所で出迎えてくれたのは、ジェンダーレスな雰囲気を纏った男性と、年齢を感じさせない甘く可愛らしい雰囲気の女性。

男性はメイク道具一式を、女性はその風体に似合わないゴツめの一眼レフカメラを手に、私に近づいた。先日事務所担当者が言っていた、「メイクから撮影、画像加工まで一式、対応できるサービス」を提供してくれるのが彼らなのだろう。

聞けばヘアメイクの彼も、カメラマンの彼女も、占い師をしているという。懐を開いて迎えてくれるような、この人当たりの良さは、占い師の一種の職業病なのかもしれない。

「まずは僕の方で可愛くメイクさせてもらって、そのうえであちらの彼女にバトンタッチして、綺麗にお写真を撮っていきますね。メイクやヘアセットの方向性とかで、ご希望はありますか?」

「ありがとうございます。折角写真を撮っていただくので綺麗にしていただけるのはとても嬉しいのですが、それ以上に顔を出した時に、私本人とわからないような方向性でお願いします!!」

人当たりの良いヘアメイクの彼は、一瞬首をかしげていたがすぐに笑顔に戻り、鮮やかな手つきで私の顔面補正作業に取り掛かった。

これまで彼が受けてきたオーダーはきっと、綺麗系にしてほしい、可愛らしくしてほしい、華やかにしてほしい…といった、素直でポジティブ、期待に満ちた方向性だったと思われる。

目の前の女が真剣にオーダーしてきた「本人とわからないような方向性」という言葉は、きっと彼のヘアメイクとしての方向性を混乱させたことだろう。

途中で手が止まってしまった彼を見かねたカメラマンの女性が、にこやかに声をかけてきた。

「大丈夫ですよ!メイクをした上にさらにばっちり加工して、思いっきり可愛くしますからね!」

どうやら私は、「メイクの力で、本人とわからないほど美しくしてください!!!」という図々しいオーダーをしたと勘違いされたらしい。

知り合いに身バレしないようにうまく加工してほしい、という私の切実な願いは、メイクと加工で宣材写真を”盛ってほしい”、という女の欲望が詰まったオーダーに歪んで解釈されていた。

「え…ちがう…、可愛くするとかどうでもいい…。とにかく身バレしないようにうまく撮ってくれ、もしくは弄ってくれ、ってシンプルなオーダーなのだけど…」

我が強い癖に気が弱い私はオーダーのすり合わせを諦め、彼らの技術に身を任せることにした。加工でなんとかなるだろうきっと…

いつの間にか髪はきつめの縦ロールに巻かれ、まつげの存在感あふれるヘアメイクが完成していた。ずいぶん濃いメイクだなあと思ったが、光を当てまくる宣材写真では必然的にメイクも濃くなるのだろう。

求められるまま、占い師らしいポーズをいくつか撮って撮影は終了となった。(ところで占い師らしいポーズってなんだろう)

「画像を加工して、1週間くらいでデータを送りますからね!」

世話になった彼らに見送られて、優雅な縦ロール姿で事務所を後にした。

「お待たせしました!シェリーさんのプロフィールお写真、可愛く加工しておきましたよー!」

一週間後、事務所の担当者と私、カメラマンの女性、ヘアメイクの男性の4名からなるグループラインには、”可愛く加工された”宣材写真が送られてきた。

たしかに、写真は本人より可愛い。ヘアメイクさんとカメラマンさんが頑張ってくれただけのことがある。

だがしかし、青いワンピースを着た縦ロールの女は、間違うことなき私だった。本人より可愛く盛られているとはいえ、残念ながらこれは私にしか見えない。身バレ防止のための加工は全く、なされていなかった。

もう少し、加工をお願いしたい、という要求を快く受け入れ、担当者が画像の目元や輪郭を数回弄ってくれた。しかし本人以上に美しくなれども、面影はどう見ても私本人なのである。

「可愛く仕上げていただきありがとうございます!本人より可愛いです、けど、これだと私とわかってしまいます。もっと私とかけ離れた姿にしてください!」

数回のリテイクを食らった担当者は、さすがにうんざりした様子を隠さずに返答してきた。

「あまりたくさん加工すると、不自然な写真になってしまいますよ。」

「それでもかまいません。私にとっては美しさより、身バレしないことが最優先なのです(というか何度も言い続けている)」

数分後、なかばヤケ気味の担当者からその画像は送られてきた。

「加工しましたよ。専門の加工ソフトがないので、もうこれが限界ですよ!!!」

送られてきた画像には、ロイヤルブルーの派手なワンピースを着た、縦ロールのケバケバしい化粧の女が映っていた。

「こんなの…こんなの私じゃない…!」

小ぶりな顔のパーツを無理やり引き延ばし、加工ソフトで無理やり不自然なメイクが施された顔画像。出来上がったそれは、ヘアメイク男性の繊細な技術と、可愛く撮ろうと頑張ってくれたカメラマン女性の努力の痕跡を見事に台無しにしていた。

「ありがとうございます、私が求めていたのはこういう写真です…!」

グループラインの3人にドン引きされながら、ようやく宣材写真が決定した。早速友人に画像を転送し、報告することにした。

「身バレしないように、デビュー用の宣材写真加工してもらったよ!」

友人からの返信には

「なんというか…占い師というより場末のスナックのママって感じ…。たぶん、赤羽あたり。」

と一言書かれていた。

入念なヘアメイクとカメラ撮影。そして度重なる画像加工。
かくして私は、事務所関係者たちの努力の結晶である、”赤羽のスナックママ”風宣材写真にて、めでたく電話占い師デビューを果たすことになったのである。

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