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#雑記

ぼーっとした祈りについての考察

「祈り」ってよくわかんない概念だなって思った。 いただきますとか神社のお参りとかで僕らは祈るわけだけど、これってどういうことなんだろうって素朴な疑問が出てきた。 まずChatGPTに「祈りって何?」と聞いたらこんな答えが返ってきた。 まぁ妥当というかそうだよなって思うような説明だ。 ただ僕は祈ろうとする時、何も対象を持たずに祈っている感覚になる時がある。 これは果たして祈っていることになるのだろうか。 「祈りに対象は必要なのか」とまた聞いてみた。 なるほど。 祈りの本質は

二食分の料理を作ると必ず二食分になる

・先日、はじめてゴーヤを用いた料理を作った。長らく自炊生活が続いている割に、何故か今まで手を出そうと思わなかった食材である。そういえば実家に居た頃も食べた記憶は無い。辛い物も苦い物も不得手な一家だった。 ・「どうせ料理を作るなら二食分も五食分も大して変わらないわよ」と母や祖母はよく言っていた。自炊をはじめて実感したけれど、その言葉は半分は正解で、半分は間違いだった。 ・二食分の料理を作ると概ね二食分になる。つまり、翌日の家事は免除される訳だ。これは生活における手間の削減に

子どもによる「なんで?」攻撃に対する哲学的考察

あなたならどのように答えるだろうか? 2歳yearも後半に差し掛かってきた我が息子は、絶賛「なんで?なんで?」期の真っ最中。3歳を少し過ぎたばかりの甥っ子も同様だ。 彼らの「なんで?」の使い方は実に多彩で、クリエイティビティに富んでいる。誰に教えてもらったわけでもないのに、彼らは「なんで?」を「質問」「詰問」「要求」「感嘆」など、さまざまな場面で使い分ける。 「なんでお菓子をくれないの?」はほとんど質問を装った要求であり、「なんで(歯磨きがママじゃなくて)パパなの?」は