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#8 チャイルドライフのデザイン ゲスト:岡﨑章さん

第8回チア!ゼミのゲストは、感性デザインの視点から医療を必要とする子どもや家族の心に配慮したチャイルドライフ・デザインの研究に取り組む岡崎 章さん。岡崎さんがこれまで開発してきたプレパレーション・ツールや心理量・感覚量評価のためのツールなどを紹介していただきながら、子どもの不安や恐怖を和らげるデザインについて考えました。

チア!ゼミとは?
 
チア!ゼミは、医療福祉従事者、クリエーター、地域の人々、患者さんやその家族、学生など様々な背景を持つ人たちが集まり、参加者同士の対話によって、医療や福祉におけるアート・デザインの考えを深めるプラットフォームです。実践者や当事者の方に話題提供していただいた後、参加者同士で対話しながら、異なる視点や考えを共有します。多職種の方が集まって話し合うことで生まれた発想や新しい視点を、参加者のみなさんがそれぞれのフィールドに持ち帰ることで、医療や福祉環境を変えていく社会的なアクションへ繋がることを期待しています。

病院にデザインがない時代

 私の子どもは、病気のある状態で生まれたのですが、筑波大学の教員時代にお世話になった筑波大学附属病院の小児病棟には、重い病気の子がたくさんいました。この頃の病院には、デザインがほとんどありませんでした。当時、小児病棟は最上階あたりだったと記憶していますが「お母さんやお父さんは、食事をするときには一旦外来のある一階まで下りて食べてください」と言われました。また、手術に行くとなると、病棟のエレベーター前で、冷・暖房の無い狭い場所で長時間ずっと待つことを強いられていたのです。子どもの隣に高さ20cm程度のベッドで付き添いをすることを求められましたが、そのベッドが動くといけないのでと言うことで、半分に折り畳む部分の小さなタイヤが外されていたのです。中折れのベッドで眠ることを強いられたのです。それは、まるで拷問でした。保護者達は、子どもを人質に取られていると考えて誰も何も言うことができないことを知ったのです。そこで初めて、私は、デザイン側が小児病院のありとあらゆるモノやコトに対して蔑ろにしてきたことに気づいたのです。

 そこから人の心に焦点を当てたデザインの必要性を強く感じ、病院長に現状と解決策を訴えることを契機として、これまでいくつかのプロジェクトに取り組んで現在に至るわけです。 

子どもに寄り添うロボット

リハビリを応援してくれるロボット

 私は2008年の日本デザイン学会秋季企画大会「気配のロボット -小児入院用サークルベッドのためのロボット-」から時を経て「ロボットだからこそ病院でできること」について考えていました。そして小児看護の教員との共同研究の打合せの時「子どもたちのリハビリに感性ロボットがいいんじゃないか」という提案をしたのです。その反応からリハビリを用途としたロボット開発を考えることにしました。
 
 感性ロボットの特徴は、目や鼻がないものにしました。なぜなら、着ぐるみが大好きで飛びつく子がいる一方で、見るだけで「顔が怖い」と泣き叫ぶ子もいるのです。言い換えれば、好き嫌いの顔は人それぞれであり、誰もが好感を持つ顔を作ろうとすることに無理があることを意味しているのです。それは、恋人や結婚相手を選ぶのも人それぞれということからも分かると思います。そこで、目鼻がなく、非常にプリミティブな形にして、動けばそれが自分に何か訴えかけてくれているように感じられるデザインを目指しました。つまり、顔のデザインはしていないけれども個々が自由に好きな顔のように感じることができるデザインということです。

 プロトタイプのロボットは、3Dプリンターで制作しています。外装のデザインには少しねじりを加え、機械らしさを軽減させています。さらに、上部を独立させ、こちらを向いてくれているイメージのデザインにしています。上部は、上下することで「がんばれ、がんばれ」と応援されているように感じたり「こっち、こっち」と優しく誘導されているように感じたりすることができます。足は、オムニホイールを使って自由自在に動き回れます。このロボットの開発においては、既存のエビデンスを凌駕する、動きや曲線美などに基づいた感性的な働きかけをデザインに組み込んでいるのです。

抱っこでバイタルサインを測定できるロボット

 もう一つは、抱きかかえることでバイタルサインを測定できるロボットです。怖さに泣き叫びながら体温を測っている患児を目にし「これで本当に正確な体温が測れるのだろうか」 と疑問を抱いたのがきっかけです。本来、センサーがあれば、非接触での測定が可能ですが、抱きつくという行為は、安心感を与えるという点で大きな意味があると思います。患児を対象とした検証は、COVID-19で中断を余儀なくされていますが、今後、柔らかさなど具体的な検証に取り組んでいく予定です。

子どもの気持ちを「誘発」するロボット

 現在、リハビリに使用する廊下に液晶のパネルを取り付け、そこにバーチャルのロボットが出てくる設計も始めています。リアルなロボットとバーチャルのロボットがシームレスに行き来するのです。リアルなロボットと比べ、バーチャルなロボットは自由度も高く、子どもたちの心を動かす表現ができるはずです。それによって気持ちを表出させてあげたいのです。私はそれを「誘発」と言っています。看護学の専門家からは、よく「患児がどんなことを思っているのか知りたい」という声を聞きますが、このロボットはその一助になるはずです。

子どもの本当の気持ちを理解するためのツール

 子どもの心理状況を知ることは、とても難しいことです。私は、医療者の主観だけでは恣意的要素が含まれてしまい、正確な評価ができないのではないかと疑問を抱きました。そこで、心理量や感覚量を物理的に置き換えて計測するツールを作ろうと考えたのです。大事なことは「表現したい」と思えるような、子どもたちにとって無理のない仕組みづくりをすることです。大人だって5段階評価をしたいと思わないですよね。それができるのはアンケートを取りたい人を慮ることができるからです。しかし、そうであってはならないのです。年齢に関わらず最適な評価の仕組みを考えなければいけません。 

重さで心理状況を伝えるツール

 心理量や感覚量を物理量に置き換えて評価するツールとして、まず1つ目に、心理量を重さに置き換えるツールを開発しました。同じ大きさをしている7つの木製の球の中に、それぞれ異なる重さのステンレス柱を入れたものです。患児たちには、今の気持ちを表現するのにふさわしい重さの球を選んでもらいます。7つの球の見た目は全て同じなのでどれを選んだのか、その場の医療者には分かりません。実際の入院患児に「つらさ」の評価をしてもらったところ「どれだけ辛いか5段階評価で聞かれたときは、本当は辛くても、それほど辛くないくせにと思われるのが嫌で4を選んでいたけど、このツールだとどれを選んでいるか看護師さんに分からないからいい」と言ってもらえたのです。それを聞いて、このツールを作って良かったと思えました。

面積で心理状況を伝えるツール

 より扱いやすいツールとして、心理量を面積に置き換えるツールも開発しました。トランプと同じ大きさの木の板に、大きさの違う四角形や丸の穴が空いています。このツールは、もともとはネガティブな心理量を測るものとして開発しました。なぜなら小児医療の現場において「どれくらい楽しいか」というのは基本的に尋ねないからです。しかし、幼稚園で実施した実験では「今日はどれくらい楽しいのか、どれくらいの調子が良いか」など、幾つかの項目で検証しました。いつも元気なある男の子は、毎回最大の穴を選んでいたのですが、ある日小さな穴を選んだので、こっそり「どうしたの?」と尋ねてみると「○○くんとケンカした」と言ったのです。このツールを貸し出した医療機関では、ポジティブな心理量を測るものとして使ってもよいでしょうか、とわざわざ尋ねる方もいましたが「是非、現場にあった目的と方法で使ってください」と答えています。ポジティブなことを毎回尋ねることでネガティブな気持ちの変化が捉えやすくなるのですから。
 
 「重さ」「面積」の評価ツールと「7段階評価」の3種類を入院患児に使用してみると、「重さ」「面積」の評価ツールの意義を実感できる出来事がありました。お母さんが面会に来ることができなかった日に、口では「大丈夫」と言って7段階のうちの5を選んでいるのに、ツールだと最少から2つ目を選び、本当はとても落ち込んでいることが分かったのです。子どもは、やせ我慢をして嘘を言うことがあります。だからこそ、医療現場でこうしたツールを使う意味があると思っているのです。 

容積で心理状況を伝えるツール

 小さな木の箱を自分の心に見立て、箱についているくぼみに木の板を差し込み、それで示される容積によって、心が囚われている比率を直感的に伝えるツールも開発しました。ある心理学の専門家は「これは容積でなく、距離で示せる」と言ったのですが、ある看護学の専門家は「いいえ、これは容積でないとダメなんです。心臓と同じで心は立体なので、距離では示せません」って答えたんですよ。面白いですよね。実際の入院患児に、訓練室・プレイルーム・病室の心に占める割合を日を空けて繰り返して使用してもらったところ、ボランティアによるけん玉作りなどのイベントがある場所の割合が大きくなることは当然ですが、身体拭きが楽しかったという割合がとても大きくなることが分かったのです。こうした差を知ることは、ケアをする側にとっても、有効なデータになると思います。

トゲの大きさで痛みを伝えるツール

 それから、心理量だけでなく感覚量を評価するツールも開発しました。その一つが、痛みの評価ツールです。これはトゲがついた球で、トゲの数や大きさが7段階になっています。まずは見ただけで本当に痛さを感じているかを調べたところ、経験値にもよるのですが、見ただけでも痛みを感じる、触る以上に感じるという結果が出ました。感覚モダリティ変換を用いたツールなのです。
 医療者が「どれくらい痛い?」とか聞いたとき、今の痛みの程度にふさわしいカタチを指さしてもらうことで評価ができます。子ども病院では、救急車からストレッチャーに乗って入って来た時に痛みの評価はフィエスケールよりも「すぐ答えてもらえて、医療者にも分かりやすい」と好評を得ています。
 さらに、このツールは、スマートデバイスで使用できるようアプリにしました。指で画面を左右に動かすと、トゲの大きさが変わります。指を上下に動かすと、トゲが「ドクドク」や「ズキズキ」など鼓動のように動きます。トゲの大きさで痛みの強さ、鼓動の速さで痛みの周期を表現することができるのです。アプリケーションであれば、過去のデータを保存することもできるので経過観察が可能になります。この実験で面白かったのは、痛みと周期を合わせた表現で、患者自身が痛みのいろんなバリエーションを表現できるという点でした。痛みの質などが分かるのです。これによって、医療者が思いもよらない病気の発見ができるかもしれないのです。

 これらのツールは、評価だけでなく、コミュニケーション・ツールとしても有効であると考えています。患者中心の医療とは、患者が「今はこんな気分なんです」「これくらい痛いんです」などを的確に表現でき、医療者はそれを十分共有することから始まるのですから。

感性デザインのあり方

 感性デザインとは、心の変化に焦点を当てた問題解決の行為だと考えています。今、感性デザインを謳う学科は心理学部系に吸収されつつありますが、その背景として「感性というものを数値化し、分析しなければいけない」という考えが先立ったからだと思っています。それだと心理学との差が曖昧になってしまいますからね。分析の結果、デザインとしてどのようなものを創り出すのかが重要なはずです。私は、感性デザインとしてのアウトプットの弱さを感じてきました。振り返ってみると、はじめは手術前に使用するプレパレーション・ツールを開発し、その有効性の検証に動作解析システムやアイマークカメラ等による実験を医療の現場で実施していました。子どもの心の働きを数値化しようとしていたのです。しかし、現場の医療スタッフは、処置治療に入る患児の心の働きを今すぐ知りたいのであり、それにどう対応するかが重要なのです。そんな大がかりで時間のかかる方法など現場では求めていなかったのです。

 私は、感性デザインとは、既存の評価方法を用いて感性を数値化するだけではなく、評価方法そのものを創り出していくデザインでなければならないと考えています。なぜなら、直感的に誰に気兼ねすることなく表現したいと思うツールがあれば、患者中心医療の支援になると考えているからです。

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岡崎 章

拓殖大学工学部デザイン学科 教授 [博士(感性科学)]

筑波大学芸術研究科を修了後、東北芸術工科大学 デザイン工学部 生産デザイン学科 助手、筑波大学 芸術学系 専任講師 を経て、2002年より拓殖大学 工学部 工業デザイン学科 助教授、2008年より現職。 工学研究科 情報・デザイン工学専攻主任。キッズデザイン賞審査委員。著書「感性と情報からデザインを考えるために」(Kindle)など。

チャイルドライフ・デザイン https://www.childlife-design.com/

感性デザイン https://www.kansei-design.com/

(※ 感性ロボットは、現在、本学工学部4学科の共同研究として推進しており、リハビリ用のデザインはアルバレス・ハイメ教授、バイタルサイン用のデザインは大島直樹教授が主担当。痛みの評価ツールは川崎医療福祉大学の大姶良義将先生との開発)
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第8回チア!ゼミ「チャイルドライフのデザイン」

日程:2021年10月30日(土)14:00-16:00

場所:オンライン

主催:特定非営利活動法人チア・アート https://www.cheerart.jp/



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