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#5ヘルスケアとクリエイティブの本棚 ーヘルスケアとデザインをつなぐことばー  ゲスト:吉岡純希さん

 第5回チア!ゼミでは、看護師からデザインやエンジニアリングの領域に飛び込み活躍する吉岡純希さんをゲストに招き、ケアの現場におけるデジタルアートや3Dプリンターを用いた取り組み、ヘルスケアとデザインをつなぐための越境的な考え方についてお話しいただきました。

チア!ゼミとは?
 チア!ゼミは、医療福祉従事者、クリエーター、地域の人々、患者さんやその家族、学生など様々な背景を持つ人たちが集まり、参加者同士の対話によって、医療や福祉におけるアート・デザインの考えを深めるプラットフォームです。実践者や当事者の方に話題提供していただいた後、参加者同士で対話しながら、異なる視点や考えを共有します。多職種の方が集まって話し合うことで生まれた発想や新しい視点を、参加者のみなさんがそれぞれのフィールドに持ち帰ることで、医療や福祉環境を変えていく社会的なアクションへ繋がることを期待しています。

ヘルスケアとデザインをつなぐことば

吉岡 純希/株式会社NODE MEDICAL 代表

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 僕が主に実践していることは、ケアのなかで、デザインやエンジニアリングをツールとして生かしていくことです。これまでに、救急救命センターや在宅での看護師として5年ほど働き、その後、デザインエンジニアリング分野の修士号を取得しました。現在は、病院でのデジタルアートの活動や、看護と3Dプリントに関する研究に携わっています。

どのようなケアの目的を設定するか
 医療現場でデジタルアートを実践する際、ケアにおいてどのように役に立つのか、常に整理しながら取り組んでいくことが重要だと考えています。

 具体例ですが、生まれてからずっと呼吸器をつけながら生活し、病院から一度も出たことがない、重症な心身障害のある寝たきりの子どもに向けたコンテンツをつくったことがあります。その子の目線の先に、プロジェクターを通じてコンテンツを投影し、その子にあったセンシング方法を検討し、普段の拘縮予防のリハビリにプラスアルファして活用できる方法を検討しました。また、終末期のケアとしてのデジタルアートにも取り組みました。末期がんで、多くの時間をベッドの上で生活を送る患者さんは、車いすで、家族との最期の時間を過ごそうにも、状態によっては、5分も座っていると気持ち悪くなってしまいます。そこで、患者さんの目線の先である天井に、想い出の写真を投影するといった終末期のケアのサポートを行いました。

 これらは、どのような患者さんが対象なのか、どのようなケアの目的を設定するか、現場へのヒアリングをしながら、制作を進めていくことを大切にしています。

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3Dプリントと看護ケア
 看護ケアの手技のなかに、吸引というものがあります。患者の痰が詰まってしまった際に、喉にストローのようなものを入れて、痰を吸引するのですが、在宅で過ごしている患者の場合、家族が吸引を行うことも多いんです。家族が、どのように吸引を練習するかというと、やり方を教えてもらって、患者本人で練習するしかないんです。これでは、患者にも負担がかかりますし、「痛くないかな」「本当にこれでいいのかな」と不安を抱きながら練習するので、家族にとってかなり高いハードルとなります。

 こういった医療行為を練習するツールが足りていないのが現状です。そこで、私が慶応義塾大学の研究員として取り組んでいるFab Nurse Project では、3Dプリンタで医療の現場で必要とされるツールを出力し、プロトタイプを制作しながら開発しています。

コロナ禍における医療とものづくりのズレ
 コロナ禍においては、感染防止のための物品が不足し、個人でも3Dプリンタでフェイスシールドを制作する人が自立分散的に出現しました。このとき重要とされたことは、医療の専門家ではない人たちがつくったものが、果たして実際の医療現場で安全に使用できるものなのかという点でした。医療従事者からすれば、フェイスシールドは「飛沫を押さえ、洗浄や消毒できるもの」という認識が当たり前に存在しています。ですが、普段、医療について詳しくない個人が3Dプリンタを使って作ったものは、フェイスシールドの形をしているけれど、医療現場で使用する際のことについて、消毒をはじめとした運用のことまで考えられてないものが生まれてしまうことがあります。

 他にも、ビニール袋で作られた感染防止用エプロンなど、病院にはボランタリーな営みから生まれたさまざまなものが届いたという事例もありますが、現場としては、善意であるからこそ、感染するリスクがあることはわかっていても断りにくい場合もあります。誰かのためを思って、ものをつくった人たちが、かえって医療現場を危険にさらしたり、それによって責任を問われたりする可能性もあります。そういった事態を避けるために、Fab Safe HUB というプラットフォームをつくり、 フェイスシールドの作り方や、それらを配布する際のガイドラインなどの情報を発信しています。

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“ホスピタルアート” と呼ばれるものへの違和感
 さきほどもお話ししましたが、僕は、看護ケアの延長として、デジタルアートを使いたいと考えていました。 “ホスピタルアート” と呼ばれる取り組みがありますが、違和感を抱きながら活動してきました。いわゆる日本でホスピタルアートと認識されているものには、空間を彩ったり、壁面に絵を描いたりしたものが多い印象があります。ですが、本質的な課題を見落とし、表面的な部分のみにとらわれてしまうと、ケアのなかでそれほど必要ではないものが、病院のなかに実装されてしまう可能性もあります。装飾としては悪くないものかもしれませんが、医療現場で、せっかく予算を立て、アーティストやデザイナーの方々が関わってくれるのであれば、ケアに役に立つものが生まれてくるといいなと思っています。

 例えば、小児患者を意識してデザインされたレントゲン、CR、MRIといった検査機器があります。現場へのヒアリングを行うと、「機器を可愛くしたい」という話しがあがりますが、この話題の本質は見た目ではありません。「無機質で威圧感のある機器に驚いてしまい、検査を受けたがらない」「検査を受けても、暴れてしまい、正確なデータが取れない」といった課題にあります。どうしても、検査をしなければいけない場合、麻酔での対処も起こり得ますが、それはリスクの高い行為でもあります。こうした課題を少しでも減らすための議論が展開されたからこそ、こうしたデザインにつながったのではないか、つまり、ケアでやるべきことが何であるか、定義されたうえで、提供されているものではないかと思います。

 医療としての一貫性が保てないまま、ものをつくることになると、評価も難しくなります。これでは、その場しのぎのつくり方でつくったものをその場しのぎの評価方法で評価する……といったプロセスが繰り返されてしまいます。僕にとっての “ホスピタルアート” への違和感は、その取り組みが、ケアの何を担っているのか言語化できていないことにあるように思います。

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デザインがケアを担う
 僕は、デザインがケアを担うことができるのではないかと考えています。この仮説については、看護過程をイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。看護過程とは、看護の一般的なケアを提供するための枠組みのことです。例として、看護の現場でもよく見られる患者の誤嚥予防について考えてみましょう。

 まず、アセスメント(情報収集・情報分析)を行います。そのなかで、患者は、食事時にむせ込んでいるということが分かるとしましょう。ここから、さらに具体的な原因として1回に口腔内へ運ぶ量が多いために、誤嚥しているのではないかと推察した場合、1回に口腔内へ運ぶ量を減らすための計画を立ててみようとなりますよね。このときのケアの提供の手段としては、食事時の見守りや介助なども考えられるのですが、小さいスプーンを使うといったアプローチもよく取り入れられます。小さいスプーンを使えば、1回に乗る量が物理的に制限されるうえに、そのスプーンを使って、患者本人が、誤嚥しない量を口に運ぶことができるようになります。食事時の見守りや介助を実施する場合、どうしても、そこにスタッフ1人分のリソースが割かれてしまいますが、スプーンのような、もので代替する方法へ移行することで、人手不足の問題も軽減されます。こういった場面でも、デジタルアートや3Dプリントが導入できるのではないかと考えています。

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ヘルスケアとデザインをつなぐことば
 よりよいケアを目指すうえでは、デザイナーの活躍が不可欠だと感じています。一方で、デザイナーからすると、医療の言葉は、なかなか理解しづらいものだと思います。このように、お互いの領域について、手に取るように分かるわけではない人たち同士がコラボレーションをしていくときに、参考にすべき情報が、かなり不足しているのではないかと思い、「ヘルスケアとデザインをつなぐ、いくつかの本」と題してnoteを書きました。このnoteの記事では、僕が大学院の頃に読んでいた本を中心に紹介していますが、ここに書ききれなかったものを少し紹介したいと思います。

ケアの現場を知る
 『病院で死ぬということ』 では、緩和ケアの場面で、最期まで自分らしく生きるためにはどうすればいいのかといったテーマについて、短編集のような形式で書かれています。この本を通じて、現場の課題について考えることができました。すでに絶版してしまっていますが、『Ns'あおい』もおすすめです。医療系の漫画は、突飛な話も多いですが、この漫画では、現実味のある病院の話が描かれています。
医療やケアの本質を学ぶ
入門・医療倫理』 は、医療現場で必要とされている倫理的な視点について、学ぶことができます。『ケアすることの意味:病む人とともに在ることの心理学と医療人類学』 では、ネガティブケイパビリティという言葉が出てきます。ケアをする人も、さまざまな悩みを抱えながら取り組んでいるといった、ケアの分野の文脈について書かれています。
健康教育における行動変容デザイン
 最近では、『行動を変えるデザイン』 を読んでいます。ケアの分野にも、健康教育といわれる患者の行動を変えるにはどうすればいいかといった考え方があって、まさにデザインに通じる理論だと思っています。

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吉岡純希
株式会社NODE MEDICAL 代表取締役社長、慶應義塾大学SFC研究所上席所員
1989年、札幌市生まれ。集中治療室や在宅での看護師の臨床経験をもとに、テクノロジーの医療現場への応用に取り組む。2014年より病院でのデジタルアート「Digital Hospital Art」をスタートし、患者・医療スタッフとともに病院でのプロジェクションマッピングや、身体可動性に合わせたデジタルアートを制作・実施。2015年より、慶應義塾大学SFCにて看護と3Dプリンタに関する研究「FabNurseプロジェクト」に参画。2017年に慶應義塾大学 制作メディア研究科エクスデザインコースにて修士号を取得。2018年より、研究の実践を社会に実装するため、株式会社NODE MEDICALを設立。
Notion:https://technurse.jp/
Twitter: https://twitter.com/Junky_Inc

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第4回チア!ゼミ「ヘルスケアとクリエイティブの本棚 ーヘルスケアとデザインをつなぐことばー」
日程:2021年2月20日(土)14:00-16:00
場所:オンライン
主催:特定非営利活動法人チア・アート https://www.cheerart.jp/


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