新卒0年目の方に送る「やりたいこと」と「活躍」辞典 ~第一章 「やりたいこと」と「MISSION/VISION」の育て方 §5発達段階を上げるための経験学習は難しい~

§4では発達段階の向上のために必要な経験学習サイクルについてお話ししました。しかし、実際にこのサイクルを回して発達段階を向上させていくことは一筋縄ではいきません。

サイクルを回すことの何が難しいのか?
そこの理解をしたうえで、後のセクションの「実践的経験」と「内省」それぞれのコツについての内容につなげることが本セクションの目的です。

結論としては、サイクルを難しくしている要因は二つです。

・価値観のアップデートを阻害する「裏の目的」や「固定概念」が存在し、そのため実践的経験が必要とされること。
・「裏の目的」や「固定概念」の言語化を行う内省も「内省的知能」という能力的素養が求められる

上記の単語に理解のある方は2.や3.は軽く読んでいただき、4.だけでも一読いただければともいます。実践的経験と内省に限らず、自己の成長において重要なポイントもまとめました。

それでは実践的経験による発達段階の向上の難しさから入っていきましょう。

1. 価値観のアップデートを阻害する「裏の目的」の存在
例えば、皆さんが内省の結果「自分はどうやら他者との協力が必要な仕事を心理的に避けてしまうようだ」という課題が見えたとしましょう。

しかしこの課題、言語化できても「それでは直そう!」と思って直せるものでもないですよね。
一定の深さの内省によって出てきた課題は、皆さんのこれまでの人生に紐づいて価値観や思考の癖として定着しています。自分に深く定着しているのですから、それをアップデートしようとすることも難しいのです。

では、どうすればいいか?
その方法は「なぜ人と組織はかわれないのか?」という本に詳しいです。

その方法を解説すべく、思考の癖が深く定着しているとアップデートがなぜ難しいのか?ともう少し深く考察してみましょう。

例えば具体例として出した「他者との協力が必要な仕事を避ける」という思考の癖について考えてみましょう。便宜的にこの癖に囚われている方をAさんとします。

これは癖として定着しているくらいなので、何回もAさんの人生の中で繰り返されてきたはずです。人の行動、しかも定期的に繰り返されるようなものには無意識/意識的にかかわらず目的や自分にとってのメリットがあるはずです。

ここではAさんと対話をすることで「幼少期の体験から人に本音を話し否定されることを恐れている」とわかったとします。その結果として、他者との協力が必要な仕事を避けていることが分かったとしましょう。
この場合、Aさんは「人に本音を話さないようにする」「否定されないようにする」という自分を守るための目的に対して正直に行動を重ねた結果、「他者との協力が必要な仕事を避ける」という思考の癖が定着したと考えられます。

すなわちAさんは「人に本音を話さない」「否定されない」という裏の目的に対して忠実に行動をしているわけです。

このように大抵の場合、思考の癖や価値観には「裏の目的」が存在します。
そしてこの裏の目的がある限り、課題である「他者との協力が必要な仕事を避ける」というものは解決されないのです。

何か自分の価値観や思考の癖をアップデートしたいと思ったとき、この「裏の目的」がその進歩を阻むことが多いのです。だからこそ言語化し、自分の深い課題を認識しても実際に変わることは、もう一歩も二歩も難しくなります。

裏の目的

2.  人のもつ「裏の目的」をどう打破する?
それでは「裏の目的」が言語化できたとして、それをどう打破していけばいいのでしょうか?

必要なことはいくつかありますが、最も重要なものは適切な難易度の課題とそれに取り組む中での実践的経験だと考えています。(その他心理的安全性等も重要ですが、この内容はのちのセクションに譲ります)

§4で社会人の学びはアンドラゴジー的な考え方に基づく、自律的で仕事等の実際の課題から学ぶことが必要なものだ、と書きました。この考え方を「裏の目的」を乗り越えるためにも使うのです。
すなわち「裏の目的」を認識したら、それを適切な難易度の課題に分解し、仕事等での実際の課題として担い小さな成功体験を積み重ねることで、徐々に「裏の目的」を緩和していく、ということです。

ある種、「仕事」という環境の力を借りているともいえるでしょう。
(※逆に仕事やアサインという概念のない学生の方や起業家の方はこの発想は少しずれるかもしれません。こうした方々がどうすればいいかは§6の実践的経験のコツで触れます)

ここで環境の力を借りることで、小さな実践的経験を積み重ね、徐々に「裏の目的」が緩和されます。
そうして初めて自分の深い課題が解決されていくわけです。

Aさんの場合を用いて、具体的な例を示していきましょう。

Aさんの場合、「人に本音を話さない」「否定されない」という裏の目的がありました。この目的の結果として、「他者との協力が必要な仕事を避ける」という行動があります。

しかし、これは「人に本音を話したり、協力を仰ぐことにより自分が否定されたり嫌われてしまう」という固定概念に基づいています。実際にはこの固定概念は、論理的に必ずしも正しくはありません。

仕事の中で本音を話すことは関係性構築上重要だったりしますし、協力を仰いだからといって内容や関係性によって必ずしも嫌われるわけではないでしょう。考えれば当たり前のことですが、積み重なる経験により固定概念が強く定着してしまっているのです。

この固定概念を少しずつ柔らかくしていくために、小さく課題に分解し小さい成功体験を積みます。

固定概念の柔軟化

例えば「本音を話す」という課題を分解してみましょう。
本音を話すとはいっても、突然見知らぬ人に自分の深い部分を話すのは無理があります。よって「社内で比較的信頼できる自分のチームの人に本音を話す」「話せる人の輪を広げていく」というステップに分けましょう。

「社内で比較的信頼できる自分のチームの人に本音を話す」という課題ももう少し分解したほうがいいかもしれません。
分解の方法はいくらかありますが、ここではオーソドックスに認識→振り返り→改善という3STEPに分けましょう。「本音を話せなかった場面を認識すること」「その場面でどうすべきだったかを振り返ること」「振り返ったものをアクションにつなげること」の3つです。

こう考えると最初のスモールステップとしての課題は「本音を話せなかった場面を認識すること」です。これであれば日々や週次での振り返りを設定することで達成できそうですよね。

自分のできる範囲に分解

そうして「本音を話せない場面」の認識というステップをクリアしてから、上司や支援してくれる方に相談し「その場面でどうすべきだったか」を考えるステップに行けばよいでしょう。

最後に「本音を話せなかった場面を認識すること」を仕事等の課題と紐づけます。このくらいのスモールステップであれば「上司に対して週次の1on1で報告することをタスクにする」くらいで問題ないでしょう。

改善のステップまで行ったら、もう少し実務に近い形でのタスクにしてもいいかもしれません。例えば上司と相談し「自分のチーム内の生産性向上プロジェクト」を立ち上げて、強制的にチーム内メンバーとのコミュニケーションや仕事内容について会話する場を設けるなどです。

ちなみに初めから「自分のチーム内の生産性向上プロジェクト」の立ち上げに行く場合もありますが、それはAさんのキャパと状況に応じて変えるべきです。
どの程度のステップ/難易度の大きさにするかは周囲の支援や「心理的安全性」や「自己肯定感」などが関わってくると考えられますが、こちらは後のセクションで扱います。

このように小さなステップを仕事上の課題として経験していくことで徐々に固定概念が柔らかくなり自身の価値観をアップデートしていくことができます。

ちなみによく見られる失敗例が、ここでひたすらに「なぜ私は本音を言えないのだろうか」「人に協力を求められないのだろうか」と考え続けるパターンです。このような思考をし続けても今までの経験に基づく固定概念がなくなることはありません。

ゆえに実践的経験はとても重要なのです。

3.  内省も慣れないと難しいということ

さて、細かい内容がふえましたが「実践的経験の重要性」についてお話ししてきました。
しかし実践的経験と同じ重要なものに「内省」があり、この「内省」も非常に難しいのです。

実は、ある理論の中では「内省力」というものが「対人能力」や「論理的思考能力」と同じような基礎能力である、とされています。(ガードナーの多重知能理論というものです)

この理論の信ぴょう性についての議論もありますが、「対人能力」や「論理的思考能力」に個人差があるように「内省力」にも得意不得意があるというのが事実かと思います。

内省になれていない状態で、例えばいきなり「自分はなぜ他人に嫌われたくないのか」などの抽象的かつ自分の本質的な部分を言語化しようとしてもうまくいきません。結果として「内省しようしても言語化できず何も進まない」というアウトプットになります。

ですから、2.でもお話ししたように内省自体もスモールステップで考えていくと前に進みやすいはずです。
論理的思考能力を向上させるためにロジカルシンキングを勉強したり、ケースワーク等を行うことがあるように、内省力も自身にとって考えやすい抽象度のものから徐々に入っていくとよいと思います。

あるいはある程度自分で内省して限界が来たら、早めに他者からのフィードバックを入れるようにしましょう。自分のことを客観視するためには他者の視点を入れることが手っ取り早いことも多いのです。

この内省力の育成についてはいくつかヒントをご提案できるかと思います。たとえばそもそも自分の能力や思考パターンの凹凸を知ること自体が内省には役立つのですが、それらの方法論は後のセクションで触れることにします。

内省力も育成できるものです。
しかし、だからこそ慣れないうちはなかなか進まず、自分の課題や固定概念の言語化が難しいのです。

4. 実践的経験と内省のサイクルで重要なこと

さてここまで、「実践的経験」と「内省」のサイクルを回すことの難しさについてお話してきました。

価値観のアップデートを阻害する「裏の目的」や「固定概念」、そのために必要な実践的経験。一方で「裏の目的」や「固定概念」の言語化を行う内省も能力的素養が求められる、ということです。

では、この「実践的経験」と「内省」のサイクルを回すためにはどうするか?
それぞれのコツについては後のセクションで扱いますが、自己の成長において本質的に重要なことを先んじてお伝えします。

それは「焦らずスモールステップで」ということと「他者の支援を得る」ことの二つです。
※学問的には「ニューウェルの三角形」で知られており、社会人は適切な課題および適切な環境があって初めて成長するとされています。私の場合、この概念に時間軸というもの(焦りすぎず課題の大きさに合わせた時間軸をもつこと)も重要だと思っています。

本セクションの内容でも課題を分解しスモールステップで、抽象度の低いものから徐々に入っていく、という内容が出てきました。
自身の価値観ベースでのアップデートは日進月歩、数年のスパンで行われていくものです。一足飛びに考えず少しずつ歩いていく、マラソンを走る気持ちでいることが大事です。

そして他者からの支援を得ることも、実践的経験や内省の内容でよく出てきました。心理的安全性や信頼関係、他者からのフィードバック、そもそも仕事としてアサインしてくれる上司などはとても重要なのです。もし皆さんの周りで自分に対してそういった支援をしてくれる方がいらっしゃったら、ぜひ大切になさってください。

スモールステップ

この2点をうまくつかんでいないと、徐々に自身の成長を追わなくなってしまいます。例えば、新卒で最初は張り切っているのに2~3年後は変に丸くなって勢いも削がれてしまった、という現象がよくあります。
これはマラソンを走る姿勢や周囲の人や環境の支援を求められなかった部分が大きいのではと思っています。

ぜひ「焦らずにスモールステップで」、「他者の支援を得る」をご認識いただければと思っています。

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本セクションの内容は以上です。

今回は経験学習サイクルの難しさについて扱いましたが、次回以降は「実践的経験」と「内省」のコツや詳細な考え方について触れていきます。

§7では実践的経験を積む上での考え方のコツについて扱います。
実際の仕事の中でどうやってアサインを取るか、などの話は「活躍」の章で扱う予定です。



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