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またたび日記4「ガラスのブルース」

 BUMP OF CHICKENの代表曲の一つ「ガラスのブルース」僕はこの曲が大好きでたびたび歌う。バンドの最初期に作られた曲でメンバーの初期衝動みたいなものが感じられ、歌っているとこっちまで初心に戻ったような熱い気持ちになる。何が何でも突き進んでやろうという気持ちになれるのだ。

 夕方、大学の課題を一通り終えると無性に音楽が聴きたくなった。ちょうどその時、部屋では四匹の猫が食後の運動で部屋中を矢のように走り回りドタバタと騒がしい音を立てていた。仕方ないので、ウォークマンを取り出しイヤホンで曲を聴くことにした。
 ジャンルはロックで、ランダム再生するとちょうど「ガラスのブルース」が最初に流れてきた。僕はボーカルの藤くんの鼻にかかったあの声を真似しながら、曲を口ずさんだ。

  ガラスの目をした猫は歌うよ 大きな声で りんりんと
  ガラスの目をした猫は歌うよ 風にひげをゆらし りんりんと
  声が枯れたなら川に行こう 水に映る顔をなめてやろう
  昨日よりましな飯が食えたなら 
  今日はいい日だったと 空を見上げて笑い飛ばしてやる

 曲が中盤に差し掛かったとき、膝の上が急に重くなるのを感じた。見ると茶トラのもちが膝の上に載っていた。もちはそのまま膝の上で丸くなると、ガラスのようにきらきらした目を細くして、そのまま眠ってしまった。微笑みながらもちの背中を撫でていると、あることに気づいた。
 さっきまで部屋に満ちていた喧噪がぴたりと止んでいる。
 部屋を見回すと、ソファーの上、ベッドの上、椅子の上、そして僕の膝の上で、猫たちがそれぞれ眠っていた。ほんの三分前まであんなにうるさかったのに、すっかり熟睡していた。
 どうしてだろう? お腹がいっぱいだからか?
 でも、普段ならもう十分は遊んでいるはず。
 そこで気づいた。

 ああ、僕の歌か……

 演劇サークルの打ち上げでカラオケに行ったときのことだ。
 本番の緊張から解放された役者たちは酒の力も借りて、普段の何倍も高いテンションで歌っていた。へべれけにも関わらず普段の発声練習のおかげで彼らの声はカラオケボックスを震わせるほどに響いていた。先輩方が肩を組みながら歌い合う中、とうとう僕にもマイクが回ってきた。それまで皆、アニソンやボカロなど、比較的テンションの高い曲を歌っていたのだが、僕が歌える曲の中には残念ながらそんなハイテンションな曲はなかった。
「あの……静かめの曲でもいいですか?」
 僕が問うと先輩は「いいよ、いいよ! なんでも好きなの歌いな!」と言ってくれた。僕は安心して星野源さんの「くせのうた」を歌った。それがいけなかった。
 くせのうた、そのピアノの前奏が流れ始め、Aメロを僕が源さんの少し掠れたような声を真似、歌い始めると、しだいにあれだけ高まっていた周囲の熱気が冷めていくのを感じた。そして僕が曲を歌い終え、曲が途切れると、ほんの五分前には揺れるほど騒がしかったカラオケボックスに、人々の寝息だけが静かに響いていた。

 そして今日、僕の歌声は猫をも眠らせることが分かってしまった。
 なぜだ。確かに最初はつぶやくように歌っていたかもしれないが、サビは絶唱していたのだぞ!
 あゝ、おそるべし我が声。
 今度カラオケに行くときはセットリストをよく考えた方がいいかもしれない。
 だが、考えようによっては夜中騒がしい猫を寝かしつけるにはこの声はちょうどいいのかもしれない。
 そんなことを僕は猫の背中を撫でながら考えていた。

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