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スタニスワフ・レム「泰平ヨンの未来学会議」感想

アリ・フォルマンが手がけた『コングレス未来学会議』は公開当時、よく分からない映画であった。しかし、メタバースやVTuberが日常的な話題になると、本作はもはや「仮想」か「現実」か、「ヴァーチャル」か「リアル」かを切り分けることがナンセンスな世界を的確に掴んだ作品だということが分かってきた。

『コングレス未来学会議』は、未来の映画会社において俳優の権利を買収し、本人の意思にかかわらずCGになった俳優で虚構を演じる世界を描いていた。そして、メタバースのような世界で時間を溶解し、その中に人を閉じ込めることで、利益を吸い上げるシステムを構築する暴走した資本主義の成れの果てが捉えられていた。

ふと原作はどうなっているんだろうと読んでみた。すると、難解な映画版を補足するような内容となっていた。

「泰平ヨンの未来学会議」は、人口増加の問題を抱えているコスタリカの会議にヨンが訪れるところから始まる。現場は混沌としており、騒がしい。その中で軍による爆弾投下に巻き込まれてしまう。気がつくと自分は黒人の女の子になっていた。肉体移植が行われていたのだ。そして、混沌の中で、冷凍睡眠する羽目となり、気がつけば2039年の世界に迷い込んでいた。ここでは世界の問題がどうも解決しているようだ。人々は、薬物を摂取することで望み通りのものが手に入る。知識も、砂糖状になった本を食べることでどんなに難解な理論も理解し解説できるようになるという。一方で、過剰摂取すると体調を崩すので、記憶を消し飛ぶ下剤も作られた。

研究者は、精神を次々と肉体に移植することで永遠の命が手に入ると理論づける。法律も、それに伴い変わる。ゲームのように、人を殺しても復活させることができるので、故意に何度も殺すこと、他者の精神に直接干渉することに対して罰則が与えられるようになったのだ。

ヨンは理想郷のような世界を彷徨う中で、上位存在があるものを隠すために人々を薬物漬けにしていることに気付かされていく。

『コングレス未来学会議』は「泰平ヨンの未来学会議」における、薬物によって幻覚を見る状況がフィクショナルなものだったとしても、自己がそれを現実とみなせば、それは現実のものとなる理論を援用した。「泰平ヨンの未来学会議」では、未来の言葉を考えることでその単語自体に意味はなくても、未来の概念を掴むことができるスタニスワフ・レム流の形而上学が展開される。映画は、それを信じ描いたことで、まさしく2020年代のメタバース社会を的確に予言することに成功したといえる。

また、映画では中心のテーマになってはいないが、「泰平ヨンの未来学会議」はSNSやテレビの有毒な側面に触れているような理論が展開されている。人々は幸福になるだけでは不十分であり、他人の不幸が必要だと「悪」が製造される仕組みについて言及されている。これは、まさしくTwitterで不幸や怒りほどバズりやすい状況を言い表しているものといえる。

そしてその「悪」をコントロールすることで知られたくない情報を隠蔽する話は、テレビで過剰な報道がされる裏で、一般市民に不利な法律を採択しようとする国会像にも繋がっているといえる。

人々に快楽を与えることで支配する動きは、企業同士が一般市民の可処分時間を奪い合う戦争の中で現実になりつつある。そんな時代に「泰平ヨンの未来学会議」は刺さる薬物といえよう。



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