chatnoir
短編小説を不定期で作成しています。
日々の雑感や思い出話を、不定期で書いています。
読んだ本の感想を、不定期で挙げていきます。
自作の小説を連載しています。
羽田空港は、喧騒にまみれていた。 その一角で、私はボストンバッグを足元に置き、いつかサトシが私に送ってくれた写真をスマホで見ていた。 「福岡の家の契約書。同居人の…
朝。いつも通り7時に埼玉の実家を出て、副都心線に乗る。渋谷に着くのは8時半で、スクランブル交差点を渡り公園通りの坂道をのぼる。途中のセブンイレブンでブラックの缶コ…
「…それで、栄枝さんはサトシくんについていくのですね。」 喫茶店シャノワールのマスターは、静かに口を開いた。 「はい…今までお世話になりました。」 「そうなんだ……
「すごい!それってプロポーズよ。」 涼子さんが大きな声で叫ぶと、喫茶店シャノワールの狭い店内に声が響いた。普段無表情なマスターが、この日ばかりは目を丸くする。 「…
ここのところ、サトシが浮かない顔をしている事が増えた。 明け方、うっすら目を開けて隣に寝ているサトシを見ると、彼は眼鏡もかけずに空中を睨んでいる。 「サトシ」と…
「まきちゃん、最近何か楽しそうだね。」 職場の先輩の涼子さんが、小声で話しかけてきた。「彼氏でも出来たの?」 私はドキリとする。サトシとの話は、みんなには内緒にし…
ロックハート城は、群馬の山の中にひっそりと佇むイギリスの古城のはずだった。 ところが。 中に入ると、「お姫様体験」を楽しむ女の子たちが、あちこちで写真を撮っていた…
その日も私は喫茶店シャノワールに向かっていた。古田サトシさんとの待ち合わせ場所は、いつもシャノワール。 コーヒーを飲んで他愛もない話をして帰る日もあり、出かける…
夕暮れの渋谷。 公園通りの坂を下っていると、微かにポケットのスマホが動いた。ふと、立ち止まる。 この時間にいつも連絡をくれるのは…古田さんだ。 はじめて喫茶店シャ…
シャノワールの扉を開けると、カランコロンと鈴が鳴った。昔ながらの、小さな喫茶店。シャンソンが流れていて、少し無愛想なマスターが「いらっしゃい」と小声で呟く。 「…
「栄枝さん」 私の名前が呼ばれて、ドキッとする。 男性にしては、少し高い声。 後ろを振り向くと、古田さんがこちらを覗き込んでいた。 古田さんは、多分30代後半くらい…
それから一カ月くらいは「何もない」日々が続いた。 実際にはヘマして怒られたり、新メニューが出てきたり、忙しかったのだが、記憶に残るような出来事はなかったので「何…
「大学に残れば、麻記だって今だに若手扱いしてもらえたのに。」 旦那が愉快そうに笑う。 私は憮然として、そのカラカラ笑う声を聞き続けた。 「無理無理。転勤族の妻にな…
第三章 仕事始め 私は、実は学生時代のバイトで接客をやっていて、この手の仕事は慣れている…つもりでいた。 ところが。「甘く見ていた」と言ってもいい。 20年前の機敏…
店長の話が終わると、隣の女性がふわりと立ち上がった。 「お時間頂き、ありがとうございました。」私も慌ててガタガタっと立ち上がる。 (えーと、ナニさんだったっけ?)…
第二章 トレーニーから出発 日曜日の午後。 その日の駅前商店街は、人通りが多かった。 商店街を入ってすぐ、駅からだと2分くらいのところに、健太フーズはある。 私は一…
2024年5月7日 12:33
羽田空港は、喧騒にまみれていた。その一角で、私はボストンバッグを足元に置き、いつかサトシが私に送ってくれた写真をスマホで見ていた。「福岡の家の契約書。同居人のところに、まだ入籍してないけど「妻」って書いちゃった。」ちょっと照れたようにサトシが話してくれたっけ…。「フルタマキ」という、よそ行きの洋服を着せられたような名前を、私はじっと見つめた。これからは、私は「フルタマキ」になるのか。羽
2024年5月2日 01:31
朝。いつも通り7時に埼玉の実家を出て、副都心線に乗る。渋谷に着くのは8時半で、スクランブル交差点を渡り公園通りの坂道をのぼる。途中のセブンイレブンでブラックの缶コーヒーを買い、オフィスのロッカールームで一気飲みして眠気を吹き飛ばす。朝礼で、接遇用語を唱和。その後、膨大な事務処理を淡々と片付けていく。ランチはいつも通り公園通りの無印カフェ。食べ終わってぼんやりし、またオフィスに戻る。書類の封入に、
2024年4月27日 22:53
「…それで、栄枝さんはサトシくんについていくのですね。」喫茶店シャノワールのマスターは、静かに口を開いた。「はい…今までお世話になりました。」「そうなんだ…寂しくなるな。」「また、埼玉の実家に戻った時には、お邪魔させてください。」すると、マスターは黙って首を振った。「ここも、もうじき閉店するんですよ。」「えっ!」私は耳を疑った。シャノワールがなくなってしまうなんて。「仕方ないね。
2024年4月7日 22:01
「すごい!それってプロポーズよ。」涼子さんが大きな声で叫ぶと、喫茶店シャノワールの狭い店内に声が響いた。普段無表情なマスターが、この日ばかりは目を丸くする。「涼子さん、待ってください。私まだどうしていいか分からなくて…何も決めてないんです。」「何をグズグズしているの?好きなんでしょ?そしたら、ついていく、一択に決まってるじゃないの」涼子さんは私の顔色を無視して、一人で盛り上がっている。(
2024年4月5日 11:02
ここのところ、サトシが浮かない顔をしている事が増えた。明け方、うっすら目を開けて隣に寝ているサトシを見ると、彼は眼鏡もかけずに空中を睨んでいる。「サトシ」と私は声をかけてみた。あぁ、とサトシは微笑みを浮かべ「起こしちゃったね、ごめん。」と呟いた。「何かあったの?」「ううん、何もないよ。ただ、寝付けなかっただけ。」サトシは手を伸ばして、私の髪を撫でる。ふわっと、やさしい匂いがした。サト
2024年4月1日 11:28
「まきちゃん、最近何か楽しそうだね。」職場の先輩の涼子さんが、小声で話しかけてきた。「彼氏でも出来たの?」私はドキリとする。サトシとの話は、みんなには内緒にしていたからだ。「そんな事…ないですよ。普通です。」「またまたー。で、本当はどうなの?」「いや、本当に何も…。」涼子さんは、まるで新しいオモチャを見つけた子どものような顔で、食い下がってくる。(助けて。)私は内心悲鳴をあげた。
2024年3月29日 00:29
ロックハート城は、群馬の山の中にひっそりと佇むイギリスの古城のはずだった。ところが。中に入ると、「お姫様体験」を楽しむ女の子たちが、あちこちで写真を撮っていた。「何か…イメージと違うな」ごめんね、と謝るサトシさんがかわいいと私は思った。「行きましょ。」私は自然に手を握っていた。観光地の雰囲気、嫌いじゃないなと思う。思い思いに浮かれて、楽しそうなお客さんたち。そこにあるのは、非日常の空
2024年3月25日 19:49
その日も私は喫茶店シャノワールに向かっていた。古田サトシさんとの待ち合わせ場所は、いつもシャノワール。コーヒーを飲んで他愛もない話をして帰る日もあり、出かける時の待ち合わせ場所にしている日もあった。そして…今日は後者。「ロックハート城っていうのがあってね」その日。サトシさんはコーヒーを一口飲むと、おもむろに話し始めた。「イギリス貴族のお城を日本に移築してあるんだって。」「本物のお城なの
2024年3月22日 09:53
夕暮れの渋谷。公園通りの坂を下っていると、微かにポケットのスマホが動いた。ふと、立ち止まる。この時間にいつも連絡をくれるのは…古田さんだ。はじめて喫茶店シャノワールで話し込んで以来、古田さんは毎日LINEをくれるようになった。内容は、今日のランチとか、日帰り出張で乗った新幹線とか、他愛もない話ばかりだ。短いやりとり。でも、私の中では、一番楽しみな時間だった。LINEを開く。「今日、
2024年3月21日 10:41
シャノワールの扉を開けると、カランコロンと鈴が鳴った。昔ながらの、小さな喫茶店。シャンソンが流れていて、少し無愛想なマスターが「いらっしゃい」と小声で呟く。「栄枝さん!こっち。」男性にしては甲高い声の方向を見ると、古田さんが手を振っていた。「来てくれないかと思いながら、待ってたんだ。」古田さんの向かいの席に座ると、彼はそんな事を言った。「用事があると思ったので…」と、メニューに目を遣り
2024年3月17日 00:40
「栄枝さん」私の名前が呼ばれて、ドキッとする。男性にしては、少し高い声。後ろを振り向くと、古田さんがこちらを覗き込んでいた。古田さんは、多分30代後半くらい。若くして管理職になった、「やり手」の人だ。「栄枝さん、この間のメールの件なんだけどね…」丸メガネをずり上げながら、じっと私を見つめている。目のやり場に、正直困る。「よろしくお願いしますね」話が一通り終わると、古田さんは私の肩
2023年11月6日 12:01
それから一カ月くらいは「何もない」日々が続いた。実際にはヘマして怒られたり、新メニューが出てきたり、忙しかったのだが、記憶に残るような出来事はなかったので「何もない」としておく。その日も「何もない」はずだった。仕事が終わり、着替えを済ませて更衣室を出ると、あの子がいた。岡崎ハルコさん。彼女は白いワンピースを着て、大きな重そうな手提げを持って、やや不安げに休憩室を覗いていた。「こんにち
2023年11月3日 10:17
「大学に残れば、麻記だって今だに若手扱いしてもらえたのに。」旦那が愉快そうに笑う。私は憮然として、そのカラカラ笑う声を聞き続けた。「無理無理。転勤族の妻になった時点で、パートか専業主婦の二択でしょ、普通。」「勿体無いなぁ。卒論の評価も高かったのに、大学院進学しないで俺について来ちゃったもんね。」若い頃の私は粋がっていて、パートをやりながら通信制の大学院に所属するつもりでいた。しかし、
2023年11月2日 11:35
第三章 仕事始め私は、実は学生時代のバイトで接客をやっていて、この手の仕事は慣れている…つもりでいた。ところが。「甘く見ていた」と言ってもいい。20年前の機敏さは失われて、体は動かないし頭もついていかない。「吉田さん、ボケっとしない!」「はいっ。すみません!」(ボケっとしてるんじゃなくて、頭で考えた通りに手足が動かないんだよぉ…。)挙げ句の果てには、老眼が始まってしまったのか、
2023年10月30日 11:46
店長の話が終わると、隣の女性がふわりと立ち上がった。「お時間頂き、ありがとうございました。」私も慌ててガタガタっと立ち上がる。(えーと、ナニさんだったっけ?)呼び止めようとしたが、さっき聞いたばかりの名前を忘れてしまい、仕方なく吉祥寺駅方向へ向かっていく彼女を目で追った。「で、さあ。せっかく仲良くなれそうに思ったんだけど、話しかけられなかったんだよねぇ。」私はサーティワンのアイスを食べ
2023年10月29日 11:45
第二章 トレーニーから出発日曜日の午後。その日の駅前商店街は、人通りが多かった。商店街を入ってすぐ、駅からだと2分くらいのところに、健太フーズはある。私は一呼吸置いて、自動ドアをくぐった。「いらっしゃいませ、こんにちは」慣れた感じの接客で、レジの向こうから呼びかけられる。「すみません、本日オリエンテーションを受ける事になっている吉田ですが…」私が健太フーズの採用の電話を受けた日