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福岡の主婦です。 小説を書いてみたい夢があり、登録してみました。

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記事一覧

羽田から福岡へ

羽田空港は、喧騒にまみれていた。 その一角で、私はボストンバッグを足元に置き、いつかサトシが私に送ってくれた写真をスマホで見ていた。 「福岡の家の契約書。同居人の…

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1か月前
6

最後の日

朝。いつも通り7時に埼玉の実家を出て、副都心線に乗る。渋谷に着くのは8時半で、スクランブル交差点を渡り公園通りの坂道をのぼる。途中のセブンイレブンでブラックの缶コ…

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1か月前
4

シャノワールにて

「…それで、栄枝さんはサトシくんについていくのですね。」 喫茶店シャノワールのマスターは、静かに口を開いた。 「はい…今までお世話になりました。」 「そうなんだ……

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2か月前
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決意

「すごい!それってプロポーズよ。」 涼子さんが大きな声で叫ぶと、喫茶店シャノワールの狭い店内に声が響いた。普段無表情なマスターが、この日ばかりは目を丸くする。 「…

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2か月前
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福岡

ここのところ、サトシが浮かない顔をしている事が増えた。 明け方、うっすら目を開けて隣に寝ているサトシを見ると、彼は眼鏡もかけずに空中を睨んでいる。 「サトシ」と…

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2か月前
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同僚

「まきちゃん、最近何か楽しそうだね。」 職場の先輩の涼子さんが、小声で話しかけてきた。「彼氏でも出来たの?」 私はドキリとする。サトシとの話は、みんなには内緒にし…

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2か月前
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ドライブ

ロックハート城は、群馬の山の中にひっそりと佇むイギリスの古城のはずだった。 ところが。 中に入ると、「お姫様体験」を楽しむ女の子たちが、あちこちで写真を撮っていた…

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3か月前
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はじめての遠出

その日も私は喫茶店シャノワールに向かっていた。古田サトシさんとの待ち合わせ場所は、いつもシャノワール。 コーヒーを飲んで他愛もない話をして帰る日もあり、出かける…

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3か月前
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東京タワー

夕暮れの渋谷。 公園通りの坂を下っていると、微かにポケットのスマホが動いた。ふと、立ち止まる。 この時間にいつも連絡をくれるのは…古田さんだ。 はじめて喫茶店シャ…

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3か月前
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喫茶店シャノワール

シャノワールの扉を開けると、カランコロンと鈴が鳴った。昔ながらの、小さな喫茶店。シャンソンが流れていて、少し無愛想なマスターが「いらっしゃい」と小声で呟く。 「…

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健太フーズの日々8

それから一カ月くらいは「何もない」日々が続いた。 実際にはヘマして怒られたり、新メニューが出てきたり、忙しかったのだが、記憶に残るような出来事はなかったので「何…

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健太フーズの日々7

「大学に残れば、麻記だって今だに若手扱いしてもらえたのに。」 旦那が愉快そうに笑う。 私は憮然として、そのカラカラ笑う声を聞き続けた。 「無理無理。転勤族の妻にな…

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7か月前
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健太フーズの日々6

第三章 仕事始め 私は、実は学生時代のバイトで接客をやっていて、この手の仕事は慣れている…つもりでいた。 ところが。「甘く見ていた」と言ってもいい。 20年前の機敏…

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7か月前
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健太フーズの日々5

店長の話が終わると、隣の女性がふわりと立ち上がった。 「お時間頂き、ありがとうございました。」私も慌ててガタガタっと立ち上がる。 (えーと、ナニさんだったっけ?)…

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8か月前
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健太フーズの日々4

第二章 トレーニーから出発 日曜日の午後。 その日の駅前商店街は、人通りが多かった。 商店街を入ってすぐ、駅からだと2分くらいのところに、健太フーズはある。 私は一…

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8か月前
6

羽田から福岡へ

羽田空港は、喧騒にまみれていた。
その一角で、私はボストンバッグを足元に置き、いつかサトシが私に送ってくれた写真をスマホで見ていた。
「福岡の家の契約書。同居人のところに、まだ入籍してないけど「妻」って書いちゃった。」
ちょっと照れたようにサトシが話してくれたっけ…。
「フルタマキ」という、よそ行きの洋服を着せられたような名前を、私はじっと見つめた。これからは、私は「フルタマキ」になるのか。

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最後の日

朝。いつも通り7時に埼玉の実家を出て、副都心線に乗る。渋谷に着くのは8時半で、スクランブル交差点を渡り公園通りの坂道をのぼる。途中のセブンイレブンでブラックの缶コーヒーを買い、オフィスのロッカールームで一気飲みして眠気を吹き飛ばす。
朝礼で、接遇用語を唱和。その後、膨大な事務処理を淡々と片付けていく。ランチはいつも通り公園通りの無印カフェ。食べ終わってぼんやりし、またオフィスに戻る。書類の封入に、

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シャノワールにて

「…それで、栄枝さんはサトシくんについていくのですね。」
喫茶店シャノワールのマスターは、静かに口を開いた。
「はい…今までお世話になりました。」
「そうなんだ…寂しくなるな。」
「また、埼玉の実家に戻った時には、お邪魔させてください。」
すると、マスターは黙って首を振った。
「ここも、もうじき閉店するんですよ。」
「えっ!」
私は耳を疑った。シャノワールがなくなってしまうなんて。
「仕方ないね。

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決意

「すごい!それってプロポーズよ。」
涼子さんが大きな声で叫ぶと、喫茶店シャノワールの狭い店内に声が響いた。普段無表情なマスターが、この日ばかりは目を丸くする。
「涼子さん、待ってください。私まだどうしていいか分からなくて…何も決めてないんです。」
「何をグズグズしているの?好きなんでしょ?そしたら、ついていく、一択に決まってるじゃないの」
涼子さんは私の顔色を無視して、一人で盛り上がっている。

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福岡

ここのところ、サトシが浮かない顔をしている事が増えた。

明け方、うっすら目を開けて隣に寝ているサトシを見ると、彼は眼鏡もかけずに空中を睨んでいる。
「サトシ」と私は声をかけてみた。
あぁ、とサトシは微笑みを浮かべ「起こしちゃったね、ごめん。」と呟いた。
「何かあったの?」
「ううん、何もないよ。ただ、寝付けなかっただけ。」
サトシは手を伸ばして、私の髪を撫でる。ふわっと、やさしい匂いがした。サト

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同僚

「まきちゃん、最近何か楽しそうだね。」
職場の先輩の涼子さんが、小声で話しかけてきた。「彼氏でも出来たの?」
私はドキリとする。サトシとの話は、みんなには内緒にしていたからだ。
「そんな事…ないですよ。普通です。」
「またまたー。で、本当はどうなの?」
「いや、本当に何も…。」
涼子さんは、まるで新しいオモチャを見つけた子どものような顔で、食い下がってくる。
(助けて。)
私は内心悲鳴をあげた。

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ドライブ

ロックハート城は、群馬の山の中にひっそりと佇むイギリスの古城のはずだった。
ところが。
中に入ると、「お姫様体験」を楽しむ女の子たちが、あちこちで写真を撮っていた。

「何か…イメージと違うな」
ごめんね、と謝るサトシさんがかわいいと私は思った。
「行きましょ。」私は自然に手を握っていた。
観光地の雰囲気、嫌いじゃないなと思う。思い思いに浮かれて、楽しそうなお客さんたち。そこにあるのは、非日常の空

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はじめての遠出

その日も私は喫茶店シャノワールに向かっていた。古田サトシさんとの待ち合わせ場所は、いつもシャノワール。
コーヒーを飲んで他愛もない話をして帰る日もあり、出かける時の待ち合わせ場所にしている日もあった。そして…今日は後者。

「ロックハート城っていうのがあってね」
その日。
サトシさんはコーヒーを一口飲むと、おもむろに話し始めた。「イギリス貴族のお城を日本に移築してあるんだって。」
「本物のお城なの

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東京タワー

夕暮れの渋谷。
公園通りの坂を下っていると、微かにポケットのスマホが動いた。ふと、立ち止まる。
この時間にいつも連絡をくれるのは…古田さんだ。

はじめて喫茶店シャノワールで話し込んで以来、古田さんは毎日LINEをくれるようになった。内容は、今日のランチとか、日帰り出張で乗った新幹線とか、他愛もない話ばかりだ。
短いやりとり。
でも、私の中では、一番楽しみな時間だった。
LINEを開く。
「今日、

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喫茶店シャノワール

シャノワールの扉を開けると、カランコロンと鈴が鳴った。昔ながらの、小さな喫茶店。シャンソンが流れていて、少し無愛想なマスターが「いらっしゃい」と小声で呟く。
「栄枝さん!こっち。」
男性にしては甲高い声の方向を見ると、古田さんが手を振っていた。

「来てくれないかと思いながら、待ってたんだ。」
古田さんの向かいの席に座ると、彼はそんな事を言った。
「用事があると思ったので…」と、メニューに目を遣り

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「栄枝さん」
私の名前が呼ばれて、ドキッとする。
男性にしては、少し高い声。
後ろを振り向くと、古田さんがこちらを覗き込んでいた。

古田さんは、多分30代後半くらい。若くして管理職になった、「やり手」の人だ。
「栄枝さん、この間のメールの件なんだけどね…」
丸メガネをずり上げながら、じっと私を見つめている。目のやり場に、正直困る。
「よろしくお願いしますね」
話が一通り終わると、古田さんは私の肩

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健太フーズの日々8

それから一カ月くらいは「何もない」日々が続いた。
実際にはヘマして怒られたり、新メニューが出てきたり、忙しかったのだが、記憶に残るような出来事はなかったので「何もない」としておく。

その日も「何もない」はずだった。

仕事が終わり、着替えを済ませて更衣室を出ると、あの子がいた。
岡崎ハルコさん。彼女は白いワンピースを着て、大きな重そうな手提げを持って、やや不安げに休憩室を覗いていた。
「こんにち

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健太フーズの日々7

「大学に残れば、麻記だって今だに若手扱いしてもらえたのに。」
旦那が愉快そうに笑う。
私は憮然として、そのカラカラ笑う声を聞き続けた。
「無理無理。転勤族の妻になった時点で、パートか専業主婦の二択でしょ、普通。」
「勿体無いなぁ。卒論の評価も高かったのに、大学院進学しないで俺について来ちゃったもんね。」

若い頃の私は粋がっていて、パートをやりながら通信制の大学院に所属するつもりでいた。
しかし、

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健太フーズの日々6

第三章 仕事始め

私は、実は学生時代のバイトで接客をやっていて、この手の仕事は慣れている…つもりでいた。
ところが。「甘く見ていた」と言ってもいい。
20年前の機敏さは失われて、体は動かないし頭もついていかない。

「吉田さん、ボケっとしない!」
「はいっ。すみません!」
(ボケっとしてるんじゃなくて、頭で考えた通りに手足が動かないんだよぉ…。)

挙げ句の果てには、老眼が始まってしまったのか、

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健太フーズの日々5

店長の話が終わると、隣の女性がふわりと立ち上がった。
「お時間頂き、ありがとうございました。」私も慌ててガタガタっと立ち上がる。
(えーと、ナニさんだったっけ?)
呼び止めようとしたが、さっき聞いたばかりの名前を忘れてしまい、仕方なく吉祥寺駅方向へ向かっていく彼女を目で追った。

「で、さあ。せっかく仲良くなれそうに思ったんだけど、話しかけられなかったんだよねぇ。」
私はサーティワンのアイスを食べ

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健太フーズの日々4

第二章 トレーニーから出発

日曜日の午後。
その日の駅前商店街は、人通りが多かった。
商店街を入ってすぐ、駅からだと2分くらいのところに、健太フーズはある。
私は一呼吸置いて、自動ドアをくぐった。
「いらっしゃいませ、こんにちは」
慣れた感じの接客で、レジの向こうから呼びかけられる。
「すみません、本日オリエンテーションを受ける事になっている吉田ですが…」

私が健太フーズの採用の電話を受けた日

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