羽田から福岡へ

羽田空港は、喧騒にまみれていた。
その一角で、私はボストンバッグを足元に置き、いつかサトシが私に送ってくれた写真をスマホで見ていた。
「福岡の家の契約書。同居人のところに、まだ入籍してないけど「妻」って書いちゃった。」
ちょっと照れたようにサトシが話してくれたっけ…。
「フルタマキ」という、よそ行きの洋服を着せられたような名前を、私はじっと見つめた。これからは、私は「フルタマキ」になるのか。

羽田から福岡空港は、飛行機に乗ってしまえばあっという間だった。
東京の匂いを残した乗客たちと一緒に、私も空港へ降りた。この人達は、いつか東京へ戻るのだけど、私は新しい人生を福岡で始める。
「まき」
聞き慣れた声が聞こえた。
サトシが手を振っている。
「サトシ!」私は重いカバンによろけながらも、サトシの元へ駆け寄った。
「待たせちゃってごめんね。」
「そんなに待ってないよ。行こう。」

世田谷ナンバーをつけたアウディで、今宿に向かう。そこは、山と海の小さな町だった。
「荷物をアパートに置いたら、公園へ行こう。見せたい景色があるんだ。」
嬉しそうにサトシは言う。
「観光に行くの?」
「ううん、普通の公園。でも、綺麗な夕陽が見えるかも。」
久しぶりに見たサトシの笑顔は、ちょっと可愛かった。喫茶店シャノワールのカップに、挽いてもらったコーヒーを入れ、私はアパートを見まわした。無印良品の家具が揃えられ、まるでずっと二人で住んでいたような空間になっていた。
やっぱ美味いな、シャノワールのコーヒー。サトシがぼそっと言う。「これからはカフェ探しもしなきゃね。」私が言うと、サトシはあははと笑った。

夕方。
私たちは、海沿いの公園に歩いて向かった。
オレンジ色の空を背景に、ダークブルーの波を見せる海。
「神奈川の海は、こういう時キラキラしてるけど、福岡の海は静かに暮れていく感じだね。」
そうなんだよ、と、サトシが頷く。
これから、この海の町から旅路が始まる。
明日は市役所で婚姻届を提出して、それから50年くらい、二人で旅を続けるのだ。
「人生」という旅を。

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