見出し画像

◇多摩市・永山付近を歩く:③多摩市役所付近を歩く

東京都多摩市。多摩センターや聖蹟桜ケ丘を中心とした新しい街が主な場所という感じがしますが、実は旧鎌倉街道沿いを中心に、とても古いものもあるという場所です。前回までに乞田川沿いを中心に歩いてきました。
(前回の記事はこちら)

今回は、鎌倉街道を乞田川から聖蹟桜ケ丘方向に歩くと到着することができる、多摩市役所周辺を歩いたのでそれを紹介したいと思います。

■今昔マップで確認から

今回ご紹介する範囲。昔の多摩村が多摩市に変わりました。
役場の位置は大正時代からほぼ変わっていないようです。
多摩ニュータウン通りの、乞田新大橋交差点からスタート。
非常に交通量の多い交差点です。
交差点に古びた案内板が。
「まちかど庭園」:トレリスの庭として整備されているようです。

トレリスの庭と言われるこの場所。土木技術者としてはちょっと興味深いので、説明板の記載内容を転記します。

まちかど庭園
「トレリスの庭」
ここは、鎌倉街道と多摩ニュータウン通りの交差点、つまり歴史と新たな街の交差点でもあります。この小庭園は、新しい街の顔としてトレリスの庭と名付け、コニファー(針葉樹)とトレリスでシンボリックな庭としました。また鎌倉街道の歴史をふまえ新たな一里塚として、小休憩コーナーを設けました。
多摩市内にはこの他4か所のまちかど庭園を計画しています。これらも、憩いの場にふさわしいテーマをみつけ、楽しい場所にしていきたいと思います。散歩の途中に、まちかど庭園を見かけたら、ちょっと立ち寄ってみてはいかがですか。きっと街のちがった顔が発見できますよ。
               東京都南多摩東部建設事務所

正直なところ、この看板が無ければここが庭園だということを誰も知らないようなスペースです。この場所がここまで交通量の多い交差点になるとは予想できなかったのでしょうか。

トレリスの庭は、この写真の右手に見える角のところです。
ちょっとこの景色を見ても落ち着きませんよね(笑)。
旧鎌倉街道を歩きます。右手に見える電波塔のようなものは、
NTT東日本の多摩乞田電話交換所です。
少し歩くと、複雑な形状の交差点が。
乞田五差路と呼ばれる交差点です。

乞田五差路は、昔から鎌倉街道の府中と鎌倉を結ぶ道と、立川方面に向かう道が分かれる場所でした。

バス停の名前が、ずばり「乞田五差路」ですね。

ここから市役所方面に向かう道が、旧鎌倉街道です。これまでのニュータウンの中の大きな幹線道路から、少し昔ながらの街道筋の雰囲気に変わってきます。

昔ながらの街道筋を思わせる通りです。左上に坂を登る古そうな道が。
恐らく鎌倉街道の旧道だと思われます。少し谷から登る感じになります。
そちらめがけて「多摩市役所 ↑」と誘導されています。
この場所で見つけた、「送電線注意」の旗には、この場に似つかわしくない
JRマークが。武蔵境と八王子を結ぶ電車への電気供給用の送電線のようです。
市役所に向かう古い坂から尾根の上に分岐する小径。
こんな道が昔の生活では重要だったのでしょうね。
多摩市役所前に到着。傍らに説明板が。
ここは「古市場」と言う場所。昔は関戸集落の中心で、市が建ったそうです。
多摩市役所。昔ながらの坂の上に建つ役所です。
市役所のある高台の上は、いろんな庁舎が建っています。
その北端に、何やら大きな石碑がある一角が。こういうところには大抵・・
戦没者を追悼する石碑が建っています。
右の「彰忠碑」は明治時代のもの、その左の碑は、志那事変のもの
もう一つ左に、太平洋戦争のものが建っています。

市役所の高台の片隅にある、戦没者追悼碑。この地域の街歩きをしていると、各村のどこかに必ず建っています。それだけたくさんの方が亡くなった戦争で、その思いを刻む必要があったことを知らせてくれています。

戦没者の碑のある場所の片隅に建つ、浅間神社の石碑。
市役所のある高台は、昔ながらの多摩丘陵の香りがする場所。
乞田川の向こう側には、ニュータウンの団地が見えます。
忠魂碑の北隣には、古い道と石積みの擁壁が。
昔ながらの丘陵に車道を通した感がある風景。
その北側には、ケヤキの大木が保存樹木として残されています。
市役所の北側に広がる、貴重な昔ながらの谷戸の風景。
今では貴重な都会の中に残された田園、と言う感じでしょうか。
市役所に向かう古い小径は、再び旧街道に合流します。
合流する場所にあるバス停の名前は、「坂下」です。
やはり昔の街道は坂を昇り降りしていたのでしょうね。
少し歩くと、「原峰公園」と書かれていたので、入ってみることに。
ここだけは多摩丘陵の緑地がそのまま残っているそうです。
公園の中の谷戸に架かる木橋があると知り、行ってみました。
やはり土木好きが公園に行くと、こうなります(笑)。
なかなか立派な木橋でした。
橋の下の谷戸の池は今は水が枯れています。
谷底から木橋を見上げたところ。
公園から市役所側を見たところ。
思いのほかのどかな風景でした。
もう少し北東に歩くと、熊野神社の交差点があります。

熊野神社前までやって来ました。今回はここで折り返すことに。ここから先の街歩きは、1年前に訪れている際のレポートをご覧ください。聖蹟桜ヶ丘駅まで、やはり古い街道の匂いのする楽しいウォーキングでした。

熊野神社にある、私の好きな石碑をご紹介。

御大礼記念 混凝土詣道碑 當所青年中

昭和天皇の御即位(昭和3年頃)に合わせて、神社の参道をコンクリートで作ったという記念碑です。ある意味とても土木屋さんとしてはうれしい記念碑です。

さあ、永山駅に戻り始めます。

多摩若者会議さんの拠点、Michi Cafeの前を通過。
一度ゆっくり訪問したいものです。


この辺りの乞田川は、少し下流であるためか、川幅もちょっと広いのですかね。
乞田川に架かる、永山橋です。
永山橋のそばには、お地蔵さんが大切に祀られていました。
【都市計画の為に此処に移転す。昭和50年10月吉日】
多摩消防署が駅前にあります。
永山駅の高架下から発車するバス乗り場。
聖蹟桜ヶ丘まで約10分で到着し、本数も多く便利なバスです。
鎌倉街道が、府中と鎌倉を結ぶ歴史の道であることを紹介する石碑。
何だか少々忘れられた感のある石碑です。
名所案内等がある広場だったようですが、残念ながら閉鎖中。
恐らく立地からして、放置自転車等の問題で悩まされているのでしょうね。

■終わりに

永山駅周辺の旧鎌倉街道を歩きました。多摩市役所は昔ながらの尾根の上に立地しており、敷地の周辺は多摩丘陵の香りがする感じがしました。多摩市にはこんなに古いものがあるのかと気づかされた散策でした。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?