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【南大沢土木構造物めぐり】No.12(番外編)「地図から消えた北大沢」を歩く

前回の投稿で、「南大沢」という地名の由来を歩いて探訪しました。「南大沢」とは、明治の市町村合併の際、八王子市にあった旧南多摩郡の中に、2つの「大澤村」が誕生したため、紛らわしいので「北大澤」「南大澤」というような名前を付けたことを紹介しました。

南大沢という地名は、多摩ニュータウンの西側の地区センターとして、京王相模原線の駅や、東京都立大学のキャンパス、アウトレットモールなどに名前が使われ、広く知られている地名になりましたが、「北大澤」については、現在は、
    東京都八王子市加住二丁目
という地名になってしまい、地図からも消えてしまいました。同じ八王子市内なので、そんなに遠くなく探訪することができます。今回はこの「北大澤」を含む、加住地区を歩いてきましたので、それを紹介したいと思います。

【北大澤の位置】
「北大澤」は、前回記事の地図情報を「今昔マップ」を使って再掲しますが、八王子市の北端に流れる多摩川・秋川と八王子市内との間にある、比較的標高の高い丘陵である「加住丘陵」の真ん中を削ってできた川、「谷地川」が作った谷があるのが、「加住地区」です。この谷筋には、「滝山街道」と呼ばれる、八王子市とあきる野市を結ぶ比較的交通量の多い道路が走り、丘陵の上には、創価大学や東京純心大学などができています。丘陵の上には、「滝山城跡」があり、最近は「続日本の100名城」にも認定され、歴史散策も楽しい地区です。

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【北大澤を歩く】
北大澤の主役は、何と言っても沢を作った川、「谷地川」です。「やじがわ」と読みます。写真前方に見えているのは、加住丘陵の南側で、この丘を越えると、八王子中心部です。谷地川のまわりには、新しい住宅が建ち並んでいます。大学のそばなので、学生向けアパートなども多いのでしょう。

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善太郎坂下交差点。交差する道が、「新滝山街道」という、この地区の大動脈の道路です。バスが側道から出てきましたが、側道を上がった写真右側に創価大学があります。創価大学には、「箱根駅伝往路優勝、復路2位」という横断幕が掲げられていました。新年の熱闘が記憶に新しいです。

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善太郎坂下交差点から新滝山街道沿いに少しあきる野方向に歩くと、左に分岐して丘陵側に向かって延びていく道があります。この先が、地図上では「北大澤」集落のようです。「北大澤」の痕跡を探すべく、左に見える灯篭に注目しました。「古い地名は神社脇の石碑等に注目せよ」との考えからです。

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神明神社という名前の神社です。丘の上にあるのでしょうか。社殿が見えません。由緒正しそうな場所なので、行ってみることにしました。

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参道をしばらく歩くと、右に折れてさらに石段をどんどん登ります。丘陵の上のほうまで歩いていく参道に少し驚きながら上に登ります。

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坂の頂上には、非常に立派な社殿がありました。ただ、古い石碑等を探してみたものの、残念ながら何も見当たりませんでした。

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石段の途中から、「北大澤」と名前の付いた谷の全景を一望できる場所がありました。前の寺は、「曹洞宗龍源寺」というお寺。かなり立派な寺院でした。この神社や、創価学会関係施設なども含め、この地区には実に多数の宗教施設が林立していました。

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石段の下に、神明神社の石碑がありました。何かヒントが無いか、その記載を裏側に回って拝見しました。

【神明神社略記(※西暦は追記)】
社殿は天正十年(1582年)、寛文三年(1663年)、明治十一年(1878年)、大正九年(1920年) 修造再建された。昭和四十一年(1966年)九月二十四日台風二十六号により本殿倒壊し、全山の松竹梅もこの嵐に倒され、応急の本殿を再建したが、昭和四十三年に再営を発願、(中略)、五年の歳月と氏子の奉仕により、参道社殿を竣工した。(昭和47年(1972年)竣工)

ということで、この社殿は、500年くらいの歴史を持つ由緒正しいものでしたが、約50年前に再建されたものだということです。この地区は、この時の台風で壊滅的な被害が発生したようです。八王子市の災害記録によると、八王子市内で死者1名、負傷61名、り災者 58,795名という甚大な被害が出たようです。ちょっと不思議な参道は、台風災害を乗り越え、再建するにあたって試行錯誤した痕跡と考えられます。残念ながら、北大澤の歴史を伝える痕跡は、見つけることができませんでした。
【八王子市災害記録】
https://www.city.hachioji.tokyo.jp/emergency/bousai/m12873/002/p007768_d/fil/10-01.pdf

【気象庁災害記録】

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北大沢と思われる集落。家はあまりたくさんありませんでしたが、農場や養蜂所があります。この農園、カブトムシやタケノコでちょっと名が知れているようです。ちょうどGWがタケノコ堀りのオンシーズンのようです。

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再び滝山街道を渡り、谷地川を渡ります。非常に狭い橋です。加住地区の原風景を見ているようです。古い地形図では、この周りは桑畑があったようです。橋を渡ると、「留所(とめどころ)」地区。今は加住一丁目になっています。

旧留所地区には、滝山街道(国道411号線)が走ります。街道沿いに大きな倉庫のような建物を発見。なかなか凝った作りです。何の建物かわかりませんでしたが・・・。後で調べてみたら、何とここは、「家具の村内」の旧本店跡であることが判明しました。この集落は、村内さんの発祥の地だったのですね。

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滝山街道の「舟木町三丁目」交差点に来ました。ここは、滝山城跡に行くための観光駐車場があるところです。そこに大きな石碑があるのを発見。

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【道路開通記念】
「思う一念中央を貫く」
加住地区中央部の市民が長年に亘り要望した道路を十一か年の歳月を費やし竣工した。関係者によって記念碑を建てる。 
昭和39年秋 発起人代表 村内萬助 書

村内萬助は、村内ファーニチャーアクセスのHPによると、家具の村内の創業者で、この加住で製材木工所を営んでいたようです。碑の裏側を見ると、

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滝町、加住町、丹木町、谷野町の住民が建立したことと、昭和39年にできた道であることからすると、この碑は滝山街道に交差する、加住丘陵を縦断して秋川方面に向かう道路の開通記念碑のようです。もう一つ発見したのは、加住の住民に石森姓の名前も入っていること。現在の石森八王子市長も、プロフィールによると加住地区出身のようなので、その親族にあたる方なのでしょうか。

実はこの道、出来上がったのが「昭和39年」で、その当時の東京オリンピックの自転車競技のコースにもなっていたのです。大きな道路の無かった加住地区に新道を建設し、世界的な五輪を呼び込んだところだったのですね。

南大沢も、現在延期中のオリンピックの自転車競技コースになる予定です。(開催を危ぶむ声もありますが・・)北大沢と南大沢、なんとオリンピックの自転車競技というつながりで結ばれました。

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写真は、南大沢で2019年7月21日に開催された、オリンピックの自転車競技のプレ大会の一幕です。(車の上の自転車は、スペアの自転車です)予定通り開催されれば、多摩ニュータウン通りにロードレースが展開されることになるのですが。

最後に、滝山城址の入り口に訪れました。滝山城は500周年を迎え、観光駐車場も整備されましたが、今は緊急事態宣言により駐車場は使用停止中です。入口に石碑が建っていました。

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【滝山城築城500年記念碑建立趣意書】
滝山城は1521年(大永9年)武蔵国の守護代である大石定重が築城したと言われ、後に北条氏照の居城になりました。加住丘陵の地形を活かして塀や土塁、虎口などを巧みに配置して造られた滝山城は、日本中世城郭の最高傑作とも言われ、国指定史跡になっています。
2017年(平成29年)には、公益財団法人 日本城郭教会より「続日本100名城」に選定されました。
また2020年(令和2年)6月には、滝山城址が構成文化財の一つとして位置づけられ、日本遺産にも認定されました。
これら全国的に歴史的な価値が認められた滝山城は、2021年(令和3年)に築城500年を迎えました。滝山城址文化協会では、加住地区長会、自治会連合会、加住地区住民協議会等地域の皆様方のお力添えを得て、築城500年を記念した石碑を建立いたしました。    令和3年3月吉日

ということで、先月除幕したばかりの石碑だったようです。観光駐車場が再開されたら、是非城址に行ってみようと思います。

【終わりに】
北大沢という場所、地図から消えてしまったので、もう少し寂しい場所を連想していたのですが、道路の開通、その道路を使ったオリンピックの自転車競技、台風による風水害による被災、そこからの復興、タケノコ農家、大きな家具店の発展、学生街、新滝山街道の開通、滝山城址など、見所たっぷりの地域でした。南大沢との共通点は、実はたくさんあります。
 ・昔は、同じ大澤村を名乗っていた
 ・同じ旧南多摩郡で、今は八王子市になっている
 ・大田川、谷地川が、丘陵地を大きく削り、大きな沢ができた。
 ・東京都立大学、創価大学があり、学生が多い
 ・多摩ニュータウン通り、新滝山街道という大通りが谷を通過している。
 ・五輪の自転車競技の会場となる(はず)
南大沢という地名から端を発した今回のプチ散策、非常に勉強になりました。今度は滝山城を登ったついでに、もう少しゆっくり探索したいと思います。

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