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◇八王子さんぽ◇高尾山を歩く③~薬王院への道のり~
久しぶりに歩いた高尾山。石碑などを見ながら歩いていると、とても新鮮な歩き方ができ、新たな発見の連続に心が躍ります(笑)。
(前回の投稿はこちら)
今回は、ケーブルの高尾山駅から、薬王院を目掛けて歩いていきます。「ザ・高尾山」というくらいの、定番ウォーキングコースです。
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旧甲州街道(小仏峠)側にある蛇滝に向かう道標。とても大きいです。
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左:蛇滝の碑
山内には、大きな古い石碑がいろんなところに建っています。
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常善講は、足立区の北綾瀬駅の近くにあるお寺が関係する講なのかもしれません。周辺地域の念仏講の中心地だったようです。
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高尾山の有名なスポットである、蛸杉。その隣に「蛸供養碑」という石碑がありますが、それは水産加工会社が建てた石碑です。蛸杉の記念碑を水産加工会社が作っているということが、何だか素敵な感じがしました(笑)。
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「霊気満山」と書かれた浄心門。昔も今も、パワースポットだったのでしょうね。
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薬王院への道は、男坂と女坂に分かれます。「飯縄大権現」と書かれた石碑は、群馬県館林市の書道連合会の方の名前があり、隣の常夜燈は、「東京魚がし」の名前があります。やはり養蚕の関係からか、北関東の地域とは昔から八王子と交流がたくさんあったようです。
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男坂と女坂の間に、その名も「三密の道」とあります。苦抜け門という門をくぐっていきます。今風のネーミング(笑)。
ちなみに、ここでいう「三密」は、真言宗の教えの中の、「身密」「口密」「意密」だそうです。勉強になりました(笑)。
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こちらは、男坂と女坂の間の小高い場所にある、佛舎利奉安塔。日泰親善とありますが、タイの国王から贈られた佛舎利が安置されているようです。
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仏舎利塔の周りには、色々な石碑があります。まずは、シベリア抑留者を供養した石碑。隣には、嗚呼シベリア鎮魂歌(レクイエム)という歌の歌詞が書かれています。
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戦前に中国大陸東北部の開拓に尽力した人たちの供養塔です。林業関係者の尽力で昭和49年に建立されました。
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こちらは、日中戦争の頃に中国国内で戦った歩兵の生き残りの皆さんの慰霊碑です。
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このエリアには、戦没者や災害で無くなった方、異国で死を迎えた人などを慰霊する石碑が多く建ちます。高尾山という場所に、色々な魂が眠っているということを知りました。
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こういう記念碑もあります。
高尾の山は様々な人たちの絶え間ない植林等で維持されています。森林パトロール隊や、ボーイスカウト。そういう地道な活動が続いている山です。
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「杉苗五万本」というような石碑がたくさん建ち並ぶ場所。ここを見ただけで、みなぎる霊気を感じることができる神聖な空間です。
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高尾山杉並木の天然記念物の説明文、転記します。
威容を誇った、巨大なる杉の並木は、昭和34年と41年の2度におよぶ台風災害により、その本数はかなり少なくなりました。しかし、現在残っている杉の樹齢は一千年に近いものが立ち並び、都内では例を見ない並木となっております。
高尾山薬王院
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霊気に満ちた聖域、たくさんの石碑に込められた思い、木々も過去の人たちにより植えられ、守られてきたものだということを知りながら歩いて、薬王院の山門に到着しました。高尾山は、この神聖なる雰囲気と、戦災や災害で犠牲となった尊い魂が宿る木々の匂いを感じることができる場だと改めて認識し、だからこそ、他の山と違った魅力を感じることができると改めて実感しました。
今回はここまで。
次回は、薬王院の中から、さらに山頂を目指して歩きます。
(続きはこちら)
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