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「うまい」の深淵|どーしてこんなにうまいんだあ! 椎名誠

人生最高のワイン

2018年、北イタリアのワイナリーを巡る出張へと出かけた。
「仕事でワインを飲めるなんて」と友人はうらやましがったけれど、ワインと真剣に向き合うのは思いのほか重労働だ。

この出張も例に漏れず、朝から車で長距離移動、猛暑の中で畑を見学して周り、駆け足で10~20種類のワインを試飲、また長距離移動、ほろ酔い&猛暑のなか別の畑を視察、10~20種類の試飲…といった具合で、身を削って必死にワインを飲んでいた。

そんなハードスケジュールを消化する中、アルプス山脈の麓、斜面に美しいぶどう畑が連なるボルツァーノというワイナリーを訪れたとき。

「せっかくだから畑で試飲しますか?」

オーナーの一言で、まさにそのワインを育んだ畑のど真ん中でワインをいただいた。

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2000円台で買える、素朴なワイン。
西には傾いた太陽、アルプスを吹き下ろす涼しい風、飾らずひたむきな畑の責任者、見渡す限り広がる深緑のぶどう畑、土の匂い。

「瓶の中にこの全てが詰まっている」という当たり前の事実を飲み込んだとき、冗談抜きで、泣きそうになった(実は隠れてちょっと泣いた)


「お醤油お湯」で泣く男たち

この本にはレシピがたくさん記されているが、正直にいって内容は酷い。プロの料理人が目にしたら泡を吹いて卒倒するんじゃないか、とさえ思えるほど、雑だ。

でも、それなのに。これでもかと「うまい」の本質が散りばめられた本なのだ。

本書の中で「これまで口にした涙が出るほどおいしい料理第一位」として、「お醤油お湯」という狂気の料理が紹介されている。
調理法は超絶シンプル、沸かしたお湯に醤油を垂らして飲む。以上。

なんでも美味しく食べられる僕からしても、気を失いそうになるほど、絶対においしくない、工夫のカケラもない、とんでもない料理である。

このとんでもない、料理と呼ぶことさえ憚られる「お醤油お湯」を、筆者は過酷な南米旅の途中、奇跡的に手に入れたキッコーマンの醤油を惜しげもなく使い、発明(?)した。

旅を共にした仲間と、「うまい」の一言さえ誰も発せず、目に涙を浮かべながら必死にすすった「お醤油お湯」の美味しさは、なんとなくだけれど、分かる(飲みたいとは決して思わない)

「うまい」の深淵を覗くということ

食欲やおいしさや満足は、すべて相対的なものである(P.19)

「うまい」を巡る旅は、すべてこの相対性との真剣勝負である。答えがないから終わりがない。

ただひたすら「うまい」を探して、ある人は一生をかけて寿司を握り、ある人は必死にレストランをめぐり、ある人は毎日畑に出る。「うまい」の正解を探し出すには人生は短すぎると悲観したくもなる。

その一方で、必ずしも難しく考える必要がないことを僕は知っている。

なぜなら人は、「お醤油お湯」で、泣ける。







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